〈番外編〉貴族令嬢セレリアと万能メイド、ステラ(後編)
(side off)
それから数日が経ち、セレリアはステラが手配した馬車に乗り、ファルムス軍本隊と共に、魔物の国を目指していた。
本隊と共にといっても、いつでも撤退出来るように、かなり後方の位置だが。
セレリアの思惑はともかく、ステラの中では戦場となるであろう魔物の国に乗り込ませる気はない。
初めから、ある程度進んだら、適当な理由を作って引き返すつもりである。
なんだかんだ、未知数である危険な魔物の国に、セレリアを連れて行くつもりはないのである。
「魔物の国に向かっているというのに、平和な進軍ね。魔物一匹、出て来ないじゃない」
「おそらくは、先遣隊がすでに討伐済みなのでしょう」
「そうなると、もうとっくに魔物の国は降伏しているかもしれないわね。わたくし達の出番がないじゃない」
「それが一番なんですけどね」
退屈そうなセレリアの言葉にステラはそう返した。本当に何事もなければ一番だと、ステラは本心から思っていた。
その後も何事もなく進み、休憩のため、一時的に歩みを止めた。
周囲の騎士達も、各々に食事や談笑をして、身を休めている。
「はあ〜、ここまで何もないなんて、魔物の国も大したことないわね。ずっと座っていたから、腰が痛いわ」
セレリアも馬車から降りて、休憩を取る。
ステラもそれに追従した。
「お嬢様、勝手な行動は······」
「わかっているわよ。ちょっと、周りを眺めているだけじゃない」
現在、セレリア達がいるのは、周囲は木々に囲まれている穏やかな場所だ。
魔物の気配はなく、耳をすませば風の音しか聞こえない。
「こんな自然に囲まれたところでピクニックなんて、ずいぶん久しぶりね。いつ以来だったかしら?」
「今はピクニックではありませんけど、そうですね、お嬢様がもっと小さかった頃以来ですね。あの頃のお嬢様は素直で純真でしたのに、いつから、こんなに傍若無人になられてしまったのか」
「ちょっと、わたくしのどこが傍若無人なのよ!」
ヨヨヨ、と泣き真似をするステラにセレリアが全力で突っ込んだ。
何はともあれ、休憩時間も平和に過ぎていく。
しかし、このまま何事もないと思われたが、突然、雰囲気が変わる。
「ねえ、ステラ。何かしら、コレ?」
セレリアが目の前に現れたものを指差す。
周囲に前触れなく、いくつもの水の球と思われるものが浮かび上がっていた。
騎士達やステラも、その正体がわからずに首を傾げている。
――――――――――!!!!!
「きゃあああっ!!?」
次の瞬間、周囲に稲光のような、まばゆい光に覆われた。
突然のことで、セレリアは思わず悲鳴をあげる。
「な、なに······今の光は? ねえ、一体何があっ······」
おそるおそる、セレリアは周囲を見回す。
すると、近くにいた何人かの騎士達が倒れていた。
何が起きたかわからず、セレリアは倒れている騎士に声をかける。
「ひっ······!!? し、し、死んで······っ」
倒れている騎士は頭部や胸に、焼け焦げたような穴が開いており、すでに事切れていた。
それを見たセレリアは、腰を抜かしてしまう。
「お嬢様、伏せてください!!」
二度目の稲光が起き、咄嗟にステラがセレリアを庇う。
幸いにも、二人は何事もなかったが、生き残っていた騎士の何人かが、その光によって命を失っていた。
「ス、ス······ステラ、い、一体何が起きているの!?」
「わかりません! ですが、間違いなく敵の魔法攻撃によるものだと思われます!」
まだ生きている騎士達は、訳もわからず逃げ惑い、周囲は阿鼻叫喚の地獄と化していた。
――――――――――!!!!!
「ひぃいいっ······!!?」
「顔を上げてはいけません、お嬢様!」
再び光が起き、セレリアは完全にパニックに陥っていた。
光が起きるたびに、誰かが命が刈り取られていく。ステラは、この場に留まるのは危険だと判断した。
「お嬢様、魔法の使い手の姿が見えない以上、ここにいても狙い撃ちにされるだけです。すぐに、この場を離れますよ!」
「あ、あ······ああっ······」
ステラの言葉に、もはやまともに答えることも出来ない。
そんなセレリアを、ステラは抱きかかえた。
「しっかり掴まって、舌を噛まないようにしていてください」
セレリアを抱えた状態で、ステラは光から逃れるべく、全力で走り出した。
ステラの脚力は強靭で、足の速いウルフ系の魔物の群れからも、逃げおおせることも可能なのだ。
セレリアを、光の届かない安全な場所まで連れて行くため、ステラは一心不乱に全力疾走した。
――――――――――!!!!!
「あぐっ······!!?」
「きゃああっ!?」
何度目かの光で、ステラがバランスを崩した。セレリアに怪我をさせないように、庇いながら、転げ落ちる。
「ス、ステラ······? ステラ!?」
今の光が、ステラの身体を貫いていた。
ステラは何度か光を見る内に、あの裁きの光は人体の急所を的確に貫いていることを把握していた。
そして、今の光が自身を狙っていたことに、天性の勘で察知し、回避していたのだ。
しかし、回避しない方が幸せだったかもしれない。急所を避け、致命傷は免れたが、完全に避けることは出来ずに重傷を負ってしまっていた。
傷口は焼け焦げたようになっているため、出血は少ないが、身体に風穴が開き、命の危険のあるほどの重傷だ。
「ステラ、ステラ······!! しっかりして!」
「お、お嬢様······私は······も、もうダメです。お嬢様、だけでも······お逃げ、くだ······さ、い······」
「な、何を言っているの!? ステラ、あなたも一緒に行くのよ······!!」
息も絶え絶えに、ステラがセレリアの身を案じる。そんなステラの言葉に、セレリアはイヤイヤと首を振る。
――――――――――!!!!!
もう、何度目かわからない裁きの光が降りそそぐ。セレリアは自身の命よりも、ステラの身を案じ、空に向かって声をあげた。
「お、お願い······降伏するから、もうやめて!! これ以上は、ステラが死んでしまうわ! ステラは、わたくしに従っただけで、何もしていないわ! 寧ろ、魔物の国の住人のことを案じていたのよ! だ、だから······お願い······」
「······!! いけない、お嬢様っ!!!」
――――――――――!!!!!
再び、裁きの光が放たれた。
今の光はセレリアの額に向けて降ってきていたが、寸前でステラがセレリアを突き飛ばし、難を逃れた。
しかし、代わりに裁きの光はステラの頭を貫いていた。
「え······ス、ステラ······?」
ステラの身体が力なく倒れる。
急所を貫かれたステラの瞳に光はなく、すでに絶命していた。
「う、うそっ······ウソでしょう!? お願いだから、返事をして、ステラ!!!」
ステラの身体を揺さぶりながら、セレリアは大粒の涙を流す。
すでに、ステラが事切れているのはわかっているのだが、頭が理解を拒否していた。
「ステラ、あなた······いざとなったら、わたくしを見捨てて逃げるって言っていたじゃない!? なのに、なんでこんな······」
セレリア自身も気付いていなかったが、ステラの存在はセレリアにとって大きなものだった。
常に一緒にいた、かけがえのない人を失ったことで、セレリアは後悔の念に苛まれていた。
自分が、魔物の国に行こうなどと言い出さなければ、こんなことにはならなかった······と。
まだ生き残っていた騎士達が空を指差して、ざわついている。
セレリアも空に目を向けると、そこにはヒビ割れた仮面を付けた人物が浮かんでいた。
子供のように小柄な体躯だが、セレリアは確信した。あの人物が裁きの光を放った張本人だと。
「なんで······どうして、こんな酷いことを平然と出来るのよ!? わたくし達が、一体何をしたって言うの······!?」
宣戦布告もなく、交渉の余地もなく、ただ一方的な蹂躙劇を前に、セレリアは叫ばずにはいられなかった。
セレリアは知らなかった。
ファルムス軍先遣隊が魔物の住人を虐殺していたことを。そして、そのために魔物の国の主の怒りを買ってしまっていたことも。
魔物の国の主にとって、ファルムス軍に所属するすべての人間が憎悪を向ける対象である。
ファルムス軍と行動を共にしている以上、ステラもセレリアも殺すべき対象であり、情けをかける理由などないのである。
何も知らないセレリアからすれば、魔物がその本性を剥き出しにして、人を襲っているようにしか見えなかった。
セレリアの声が聞こえているのかわからないが、空に浮かぶ元凶はそれに応えることなく、再び裁きの光を放った。
「ごめん、ごめんなさい······ステラ。もっと素直に、あなたの言う事を聞いておくべき、だったわ······」
逃げることは出来ないと悟ったセレリアは贖罪の言葉を吐きながら、ステラの亡き骸を強く抱きしめた。
次の瞬間、裁きの光がセレリアの額を貫き、無慈悲に彼女の命を刈り取った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「·····················っっ!!??」
セレリアがベッドから飛び起きた。
自身に何が起きたかわからず、何度も周囲を見回した。
ここは、ファルムス国にある屋敷の自室。
見慣れているはずの懐かしい光景に、さらに頭が混乱してしまう。
「ど、どうなっているの······? なんで、わたくしは生きて、いるの? 今のは······夢?」
夢というには、あまりに現実味がありすぎた。考えが上手くまとまらない中、入口の扉がノックされ、開かれた。
「ようやくお目覚めですか、お嬢様。今日はずいぶんと遅い目覚めですね」
「ス、ステラ······ステラ!!!」
そう言って入ってきたのは、万能メイドのステラだった。
失ってしまったはずの、自身にとってかけがえのない人を目の前に、セレリアは泣きながら抱きついた。
「どうしたのですか、お嬢様? いい年して、怖い夢でも見たのですか?」
「ステラ、生きてる! よかった······よかった、うあああっ」
思っていた反応と違う様子のセレリアに、茶化している場合ではないと、泣きじゃくるセレリアを優しく抱き寄せた。
「ほら、もう大丈夫ですから。ご安心ください、お嬢様」
セレリアが泣き止むまで、ステラは子供をあやすように優しく撫で続けた。
「落ち着きましたか、お嬢様?」
「うん······ありがとう、ステラ。もう、大丈夫よ······」
しゃくりあげながらも、セレリアは落ち着いてきていた。
混乱も大分収まり、そうなると、さっきのは本当に夢だったのかと疑問が湧いてくる。
「ねえ、ステラ。今日の日付を教えてくれる?」
「今日、ですか? ああ······そうそう、報告があったのでした。魔物の国に遠征するファルムス軍本隊と行動を共にする許可が下りましたよ。3日後に、魔物の国に進軍開始するそうです」
「3日後に······魔物の国に」
ステラの話から、今は魔物の国に向かう、3日前だとわかった。
今までのは、ただの夢だった?
それとも時間が巻き戻っている?
答えが出ないが、少なくとも感じた恐怖は本物だった。セレリアは魔物の国に向かっては駄目だと、確信した。
「ステラ、せっかく根回ししてくれて悪いのだけど、やっぱり遠征に参加するのは、やめにするわ」
「あれだけ乗り気でしたのに、どうされたのですか? いざとなったら、臆病風に吹かれましたか?」
「ええ、そうよ······。やっぱり魔物は恐ろしい存在だわ。あんな恐ろしい存在と交渉なんて、わたくしには無理だわ」
ステラの軽口にも乗らず、セレリアは身を震わせて言う。
「············本当にどうされたのですか? そんな弱気な発言、お嬢様らしくありませんよ」
「恐ろしい夢を見たのよ······。ううん、あれは多分、夢じゃないわ。これから起きる現実······」
セレリアは先ほどの夢の内容をステラに話した。夢の話など、普段なら軽く聞き流すのだが、セレリアの真剣な様子に、ステラも耳を傾けた。
「裁きの光により、騎士団が全滅······ですか。恐ろしい話ですが、やはりただの夢なのでは? そんな魔法、聞いたことありませんし、そもそも宣戦布告もなく、一方的に虐殺してくるなんて、いくら魔物でも、そこまで無慈悲なことをしてくるでしょうか?」
「そんなこと、わたくしにもわからないわ。でも、あれがただの夢とは思えない······」
ステラの疑問にセレリアが首を横に振る。
恐怖に身体を震わすセレリアを、ステラが優しく抱きしめる。
「············お嬢様の話では、夢の中の私は、お嬢様を守り切れずに死んでしまったのですね? 不甲斐ないことです。こうして今も、お嬢様を恐怖に怯えさせて」
「そんなことないわ。ステラは、最後までわたくしのために行動してくれていたわよ」
「結果として、お嬢様を死なせてしまったのなら、護衛失格です。現実の私は、そんなことさせないので、どうかご安心ください」
ステラの優しさに、セレリアの身体の震えもだんだんと収まっていった。
「ねえ、ファルムス軍の魔物の国への進行······中止にさせることは出来ないかしら? このままでは、犠牲者を出すだけになるわ」
あんな超常的な力を使う魔物を相手にしては、たとえ勇猛な騎士団長フォルゲンや異世界の勇者であっても敵うはずがない。
ファルムス国の敗北は、もう目に見えていた。
「無理でしょうね。お嬢様の夢の中で騎士団が全滅したから、進軍をやめようなどと言ったところで、鼻で笑われて終わりです」
「なら、せめて······ステラの話に耳を傾けてくれる人だけでもいいわ。一人でも、犠牲者を減らしてあげて」
「············わかりました。出来る限り、遠征に参加しないよう、声をかけておきます。騎士には親しい知り合いもいますからね。私としても、無駄に犠牲にしたくありません」
「お願いね、ステラ······」
こうして、セレリアは魔物の国へ向かうことを取りやめることにした。
そのおかげで、二人と一部の騎士は悲劇から逃れることが出来たのだった。
その後、魔物の国に向かったファルムス軍は、暴風竜の復活に巻き込まれ、一人残らず消滅してしまったという話が、国中に広まった。
しかし、セレリアはその話を信じず、自身の見た夢が現実になったのだろうと確信していた。
とはいえ、そのことを吹聴するようなことはせず、自身の胸の内にしまっておくことにした。
なんとなく思い付いた話なので、短いですが令嬢の話はこれで終わりになります。
続きも考えていますが、投稿するかは未定です。