〈番外編〉貴族令嬢セレリアと万能メイド、ステラ(前編)
本編の二人の少女とは関係ない、ファルムス国に住む、もう一人の少女の物語です。
ファルムス軍進行時の舞台裏の話になります。
(side off)
「ステラ、聞いたかしら? エドマリス国王様が、ついに魔物の国に攻め入るみたいよ」
ファルムス国に住む、ある貴族の令嬢が、世話係であるメイドに声をかけた。
令嬢の年は16〜18くらい。
メイドは20代前半か後半くらいに見える。
「また噂話ですか、セレリアお嬢様。本当に、そういう話が好きなのですね」
呆れたようにそれに答えるメイド。
いつものことなので、半ば投げやり気味の言葉だ。
セレリアはファルムス国に住む高位貴族の令嬢で、プライドが高く好奇心旺盛で、常に新しい物や噂話に興味を持つ性格だ。
そして、そんなセレリアに振り回されるのが、世話役の美人メイド、ステラだ。
セレリアが幼い時より仕えているステラは、メイドという立場でありながら、遠慮なしの発言で彼女を窘めることが多い。
「噂話なんてものじゃないわよ、これは国を大きく変えることになるはずだわ。魔物の国はとても豊かな資源に恵まれているそうじゃない。そんな土地を手に入れれば、ファルムスはもっと豊かになるのよ」
セレリアの言う通り、魔物が統治するというと、秩序のない荒れた国を想像するが、その実は大国と呼ばれているファルムスよりも恵まれた環境らしい。
エドマリス国王も、そこに目をつけ、他の国よりも先に魔物の国を手にしようとしていた。
「私はあまり良い話だとは思いませんけどね。魔物とはいえ、私達人間と変わらない生活をしているそうじゃないですか。そんな国を一方的に攻めようなどと······」
「何を言っているのよ、ステラ。相手は所詮は魔物なのよ? わたくし達人間が統治した方が、いいに決まっているじゃない」
魔物など今は良くても、いずれは本能のままに動き、国を崩壊させる。
下手をすれば、周辺諸国に攻め入ってくるかもしれない。
そんなことになる前に、人間の手で統治した方がいいというのがセレリアの意見だ。
「しかし、上手くいくとも限りませんよ。魔物の国というからには、それこそ恐ろしい魔物がたくさんいるでしょうし。屈強なファルムス軍といえど、勝てる保証はありません」
「そんな心配無用よ。だって、そのためにエドマリス国王様は精鋭中の精鋭の騎士を選別しているそうですもの。あの勇猛なフォルゲン様を団長に、宮廷魔術師長ラーゼン様、それに異世界から召喚した勇者達も参戦するそうだわ」
セレリアは高位貴族の令嬢ということもあり、異世界から召喚された人物とも面識を持っていて、その力も、その目で見たことがあった。
「異世界人のショウゴという人は粗雑であんまり近寄りたくない人物だったけど、実力は確かだったわ。キョウヤさんは紳士的な振る舞いで、わたくしも見惚れるくらいの方だったし。キララとかいう女は、わたくしとは馬が合わない、いけ好かない人物だったけど、能力は強力だったわ」
異世界人は三人いて、それぞれが強力な能力を所持していた。
さすがに能力の全容を見たわけではないセレリアだが、その一部の力だけでも、凄まじさが理解出来ていた。
「ふふっ······寧ろ、そんなファルムス軍に攻め入られる魔物の国が気の毒だわ。無駄な抵抗をせずに、早々に降伏する知能を見せてくれればいいのだけど」
エドマリス国王が率いる騎士団は二万を超える大軍となるという。
しかも、騎士一人一人が選び抜かれた精鋭だ。魔物の国に敗れることなど、万に一つもあり得ないと、セレリアは確信していた。
「この魔物の国への遠征、わたくしも参加しない手はないわね」
「はあ? 一体、何をおっしゃっているのですか、お嬢様」
本気で意味のわからないセレリアの言葉に、眉をひそめるステラ。
しかし、冗談という雰囲気ではなく、セレリアの目は本気であった。
「今回の遠征での功労者には、魔物の国の統治を任されるという話が出ているのよ。エドマリス国王様自ら出陣なさるのだし、本気度が伺えるわ。実際、統治権を狙う貴族は何人もいるみたいだし、ウチも乗っておくべきだわ」
「そうだったとして、お嬢様が参加する意味がわかりません。当主様に相談して、判断を仰ぐべきです」
「駄目よ。お父様は慎重というか、臆病というか、少しでも危険と思ったことには手を出さないわ」
「よくわかっているじゃないですか。そういうわけで、駄目です」
「だからこそ、わたくしが参加しようとしているんじゃない! 危険だからと手をこまねいているようでは、チャンスを逃がしてしまうわよ!」
セレリアの一歩も引かぬ態度に、ステラは大きく溜め息を吐く。
これは何を言っても無駄だと、長年の経験から明らかだとステラは思った。
「······遠征に参加するとして、どうやって参加するつもりですか? 選ばれた騎士は精鋭ばかり、非戦闘員の貴族も、国王様に認められた者でしょう。お嬢様が入る余地はありませんよ」
「そこはあなたの出番よ。期待しているわよ、ステラ。あなたの伝手なら、わたくし一人、ねじ込むくらいできるでしょう? もちろん、お父様には内緒でよ」
ステラは高位貴族のメイドとして働いているだけあり、大抵の上流階級の人物に顔が利く。
それだけでなく、メイドという立場でありながら、ある程度の発言権も持っていた。
「結局、私が根回しするのですか。遠征に参加するといっても、お嬢様に何か出来るのですか? 簡単な初級魔法くらいしか使えませんよね? 魔物相手に戦えるのですか?」
「戦いは騎士達の仕事でしょう? わたくしの役目は主に交渉よ。魔物とはいえ、言葉は通じるのでしょうからね。騎士達に蹂躙される魔物達を、わたくしが慈悲深い心で救ってあげるのよ」
ステラの疑問に、セレリアは得意気に答える。実際、貴族の令嬢として、セレリアはある程度の交渉術に長けていた。
それが魔物に通用するかは、わからないが。
「それが実現したとして、お嬢様自身の意向とはいえ、危険な戦場に連れて行ったとあっては、私が当主様に罰せられてしまいます。下手をすれば打ち首ものですよ。お嬢様は私に死ねとおっしゃるのですか?」
「心配いらないわよ。後でちゃんと、お父様には口添えしてあげるから」
それとなく、やめさせようとするステラだが、セレリアの中では、すでに決定事項のようで、意見を曲げることはなかった。
「それに、恐ろしい魔物が現れても、ステラがわたくしを守ってくれれば、何も問題はないでしょう?」
いたずらっぽい笑みでセレリアはステラに問う。
ステラはメイド兼、護衛の役割を担っていて、その美しい容姿とは裏腹に、腕が立つ。
たとえ、Aランク級の魔物であっても、ステラは単独で討伐可能なのだ。
まさに万能メイドであり、セレリアもステラに全幅の信頼を寄せていた。
「ちゃ〜んと、わたくしを守ってちょうだいね、ステラ」
「保証しかねますね。いざとなったら、お嬢様など見捨てて、我先にと逃げ出すかもしれません」
「ちょっと、そこは命に代えても守りますって言うところでしょう!?」
「申し訳ありません。私はウソをつけない性分なもので」
憤慨する様子のセレリアに、ステラは真顔でそう返した。
付き合いが長いだけに、主従関係にありながらも、そういった冗談を言い合えるくらい仲が良い。
冗談かどうかは、わからないが。
結局、セレリアの意見を変えることは出来ず、ステラは渋々、魔物の国への遠征に参加出来るよう、根回しを始めた。
そして、数日後にファルムス軍本隊とともに魔物の国に向かえるよう、話を通していた。
「さすが、ステラね! よくやったわよ」
「護衛に、私以外にも騎士数名をつけてもらいました。言っておきますが、絶対に勝手な行動は取らないでくださいね」
「ふふふっ、わかっているわよ。心配性ね、ステラは」
自身の願望が叶って、半ば浮かれているセレリアを、ステラは大きく溜め息を吐きながら見ていた。
セレリアは豊かだと言われる魔物の国を、早くこの目で見たいと、たいして深く考えず、純粋に楽しみにしていた。
そこで、想像を絶するほどの恐怖と絶望を味わうことになるとも知らずに······。




