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婚約者に裏切られたので、子爵令嬢から王妃付き侍女にジョブチェンジしてみた  作者: 雉間ちまこ
第2章

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第57話

 夜会から一晩が経ち、私はエルことエスメラルダ陛下に王宮の一室で問い質していた。部屋の中央にある円卓には、エルと私以外にキース、そしてクライブ様がいた。


「エスメラルダ陛下。取りあえず、今私に隠していることを全て洗いざらい吐いて貰いましょうか」

「陛下と呼ぶではない。エルと呼べと申したであろう?」


 ぷぅと頬を膨らませて不満を訴えるエルだが、私のマイラ様と違ってちっとも可愛らしくない。むしろ今の状況を考えると憎らしいとすら思う。


「もう一度申します。()()()()()()()()、私が微笑んでいる内に包み隠さず全てを吐け、と申しているんですよ。ちなみに二度目はありません」


 強く『エスメラルダ陛下』に力を込めると、エルは口をへの字にひん曲げる。だからちっとも可愛くありません。無駄な抵抗はやめて、さっさと吐きなさい。


「むぅ? まーちゃ?」


 おっと、おっと、忘れてはいけない。この場にもう一人。東屋で遭遇した小さくて可愛い女の子、改めソレイユ君。なんと男の子である。

 本当だったら、昨夜のうちにこの子の存在を問い詰めたかったのだが、何せ発作を起こして満身創痍状態だった私だ。シエルからも必死に止められ、泣く泣く問い詰めるのを諦めたのだ。

 そうして一晩経ち、呼び出されたソレイユ君が部屋にいると言うことは、エルも説明する気があるのだと思っていたのだが、焦らしているのかエルはなかなか口を開かない。


「どしたの。ぷんぷんしてるのぉ?」


 ダメよー、と頬に手を伸ばしてくる小さな紅葉の手に、私は睨み付けていたエルから視線を外して頬を緩めた。


「ぷんぷんなんてしていません。ほら、マーシャのお顔はにこにこしているでしょう?」


 そう私が笑って言うと、膝に乗っていたソレイユ君は屈託無く笑う。

 荒んでいた心が一気に癒される可愛さに、思わずきゅっと抱きしめてしまう私は悪くない。抱きしめて、と言わんばかりに愛嬌を振りまく可愛い子ちゃんがいけないのだ。更に私の腕の中で愛らしい笑い声を立てるものだから、胸がきゅんきゅんしっぱなし。どうしよう、もう手放せないかもしれない。

 この子はもしかしたら、リアム君という癒しを連れて来られなかった私に与えられた妖精さんなのかも。


「おい、いい加減にしろ! 遊んでいる場合じゃないだろうが!」


 妖精さんと戯れる私の癒やし時間を邪魔するのは、まるで癇癪を起こしているみたいなキースである。


「まぁまぁ、そう怒鳴るでないわ。少しは落ち着くのじゃ」

「そうそう。そんなに怒鳴るとソレイユ君が吃驚しちゃうでしょう?」


 ついさっきまでエルを問い詰めていたことは、棚の上にぽーんと放り投げている私である。だって優先すべきは可愛い妖精さん一択でしょ。


「きーしゅ、めっよ?」

「くぅ、可愛いぃぃいいっ!」


 小さな人差し指を立てて、めっ、ですって! 舌足らずなのも可愛さ倍増。


「マーシャは相変わらず『可愛い』に弱いのぅ。顔が崩れまくっておるぞ」

「あら、それは失敬」


 いくら妖精さんの前とはいえ、みっともない顔を晒したままというのはいけません。ムニムニと頬を元の位置に戻します。直ぐに鼻の下は伸びそうだけれども、そこは頑張るのよ、私!


「まーちゃ?」


 だがしかし、そんな私の頑張りをフル無視して、コテンと小首を傾げて見上げる可愛さにノックダウン。私の両腕は再度ソレイユ君にガッシリと回されましたとも、当然でしょう。


「きゃあ♪」


 こんな誘惑、耐えられる訳がない。もう、堪りません! 吃驚したその声もご褒美ですとも!


「マーシャリィ嬢は子供がお好きなんですね。意外です」


 そう声を上げたのはエルの隣に座っているクライブ様だ。


「あら、そうですか。大半の女性は可愛い子供は好きですわよ」


 辛うじて、本当に辛うじてではあるが淑女のお猫様が残っていたのか、私は笑顔でクライブ様に言った。え、もちろん腕の中の温もりを堪能しながらですが、何か?


「限度があるって話だろ。人に見せられない顔しているぞ、お前」


 キースは黙らっしゃい。あとお前とか言うのも止めて。

 一応これでも筆頭侍女として王宮に勤めている時や、特例親善大使のお役目の際は、顔に出さない努力をしているのだ。ちょっと最近、お猫様や仮面が外れやすいだけで。

 でも、この場では無理しなくても良くないかなって。元々私が可愛いが好きなことを知っているエルですし、キースに対しては隠す事すら阿呆らしいというか、別になんと思われても気にしない。クライブ様も同様、気にするだけ無駄な気がして。何より面倒なのだ。無駄な努力をしないで良い場面なら、無理にしたくない。


「ところで、なぜクライブ様がここにいるんですか?」


 部屋に入室した際にクライブ様の姿を見た時、てっきり護衛の為だと思った。けれど護衛のわりに着席しているし、エルとの距離が妙に近い。キースの後輩というのは知っているが、何かが変だ。


「ご心配は無用です。僕は陛下の味方ですから!」


 うん、そういうことじゃあない。味方であるのは結構だが、それで納得するかどうかは別だ。私は困ってキースに目で問いかける。説明して、と。


「お前、俺様を良いように扱いすぎじゃないか?」

「気のせいよ」


 とは言うものの、使い勝手が良いと思っていたりする。何だかんだ言いながら世話を焼いてくれるものだから、ついね。怒るから絶対に言わないけど。


「まぁ、もう暫し待て。役者が足りん」


 ということは、私たちの他に誰か来るのだろう。


「テイラー男爵夫人ですか? 彼女が時間に遅れるなんて珍しいですね」


 そう私は言った。この場にはエルが信頼を置いている人が集められているのだから、てっきりテイラー男爵夫人を指しているのかと思っていたのだ。けれど、


「あやつには他の仕事を頼んでおってな、今日は不参加じゃ」

「では、」


 どなたです? と訊こうとしたタイミングで扉のノックが鳴った。


「いいタイミングじゃな」


 ひっひ、とエルが笑うと、さっと立ち上がったクライブ様がゆっくりと扉を開いた。


「あ、あいりーんだぁ!」


 鈴のような可愛い声に誘われるように、エル曰く『役者』の一人なのだろうアイリーン様が優雅な笑みで御登場である。キースがまた渋い顔して「アイリーン様がなぜ…」とぼやく。夜会の時にも思ったが、キースは随分とアイリーン様が苦手なようだ。


「あら、もうお揃いでしたのね。わたくしが最後かしら。ごめんあそばせ」

「よいよい。余裕がないのは、そこにいる阿呆だけじゃ」


 エルはキースを指して、それから軽く手を振りアイリーン様を座るように促した。


「マーシャ、昨夜ぶりですわね。お加減はいかが?」

「おかげ様でこの通りです。昨夜は大変ご迷惑をおかけいたしました」


 隣の椅子に腰を下ろしたアイリーン様に、私は座ったまま頭を下げた。


「可愛い後輩のフォローをするのは先輩の務めですもの。当然のことでしてよ」


 そうでしょう? と悪戯っ子ぽく笑うアイリーン様に、私も笑った。だって、それは留学生時代、初めてアイリーン様と話した時の台詞だったからだ。


「ふふ、懐かしいですね」

「美しき思い出ですわよ」


 そう言って笑い合う私達を、大きな瞳でじぃっと見つめているソレイユ君。


「まーちゃとあいりーんはおともらちなのぉ?」

「えぇ、そうですわ。マーシャとはお友達ですのよ」


 憧れのアイリーン様にお友達と言ってもらえるなんて、光栄も光栄である。


「それじゃあ、かーちすともおともらち?」


 おおっと。それは想像もしていない質問である。


「大公閣下とは、うぅんっと、そうね。お友達になれたらいいわね」


 としか、言いようがない。


「えー?? あいりーんとはおともらちなのに、かーちすはちがうの??」


 ソレイユ君は、なんで? と言わんばかりに目をぱちくりさせている。いくら夜会で気さくに対応してくれたとはいえ、そう軽々しく『お友達』なんて言える程に親しくはないから、なんて幼いソレイユ君に言っても、分かってもらえるかどうか。


「そんな大きく見開いたら、おめめが零れ落ちちゃうわよ」


 こういう時は話を逸らすのが効果的である。ずるいと思われようが、これは大人の対応であって逃げたわけじゃない。


「えぇ! ソルのおめめ、おちちゃメッよぉぉ」


 小さな紅葉のような手で目を抑えるかわい子ちゃんに、内心大興奮な私が出現するが、うん、大丈夫。顔は溶けまくっているかもしれないが、鼻血までは出していない。


「ソルのおめめは、お約束を守れない悪い子の言うことを聞いてくれるのかしら?」

「いやいやぁ、ソル、わるいこじゃらいもん!」


 私に便乗したアイリーン様。


「あら、そうかしら? カーティスが迎えに行くまで大人しくするってお約束したのに、お部屋を抜け出したのはだあれ? おかげでわたくし、とても寂しい思いをしましたのよ」

「やっ、やっ!」


 ふむふむ。どうやら夜会でヘロニア大公閣下がアイリーン様のエスコートが出来なくなった理由が、ソレイユ君脱走騒動だったようである。

 顔を押さえたまま、大きく首を振るソレイユ君。駄々をこねるお子様だなんて可愛すぎて、また悶えそうになるのを必死に堪える。だってお説教中ですからね、ここで赤の他人の私が甘やかすなんてしてはいけないのだ。

 私は無条件にかわい子ちゃんを庇いたくなる気持ちをぐっと抑え、代わりに状況の分析をすることへと思考を変えた。

 昨夜、東屋に突然現れた女の子と見間違うようなソレイユ君の存在。そのソレイユ君と親しそうなアイリーン様。いえ、これはアイリーン様個人というよりは、今の話を聞く限り大公夫妻と親しいと思える。

ソレイユ君の朱金の髪と紫の瞳は、クワンダ国王家が持つ色だ。エルの叔父であるヘロニア大公閣下の血を引いているのであれば納得だ。

 だがしかし、アイリーン様がご出産したなんて情報を、公認お友達の私が知らされていないなんて思えない。アイリーン様はそんな不義理をするお方でない。例え、私がお友達という関係じゃなかったとしても、だ。クワンダ国大公夫妻の間に子供が生まれたなんて情報を、マイラ様付き筆頭侍女の私が知らないなど、国としてもっての外なわけで。

 ということは、このクワンダ王家の色を持つソレイユ君は一体何者なのだろう。それに、東屋で明らかに私を指し、舌足らずで「見つけた」と言っていた。

 私とは面識はない。これは絶対だ。だってこんな可愛い妖精さんを私が忘れるなんて、そんなまさか、である。自分のこの性癖にかなり自信を持っているのだ。忘れるのはあり得ない。けれど、どこか誰かの面影は感じる。

 最初はそれを感じた時、ソレイユ君と同じ色を持つマイラ様を思い出した。少し瞳の色が違うが、ソレイユ君をもう少し成長させたらマイラ様に確かに重なりはする。だが年齢のせいか、美しいマイラ様とは違い、可愛らしい印象が強い。同じく、マイラ様の姉であるエルもだ。


「ま、まーちゃあ!」

「ん?」


 駄々をこねるソレイユ君を膝の上であやしながら思考に没頭していた私は、かわいらしい声に現実に戻された。そして、何事もなかったように、なあに? と涙目で私を上目遣いで見るソレイユ君に微笑む。


「ソルのおめめ、おちてなぁい?」


 ぱちぱちと大きく瞬きをして問うてくるソレイユ君の瞳から、大粒の涙が零れた。私はそれをハンカチで拭って言った。


「落ちていないわよ。でもそうね、()()落ちていないだけかもしれないわ」


 その私の言葉にソレイユ君はぷるぷると身体を震わせた。これは子供が本気で泣き出す一歩手前の表情だ。


「ねぇ、どうしてお部屋を抜け出したの?」


 私はソレイユ君の瞳をじっと見つめて、なるべく優しい声音で訊ねる。


「……ぅぅ。まーちゃ、おこってる…」

「あらぁ、ソレイユ君のおめめには、私が怒っているように映っているの?」


 おかしいわね、と頬に手をあてて小首を傾げる。


「だってぇ、あいりーんはおこってるもん。ソルがわるい子らってぇ!」

「そう見えるのはソレイユ君が悪いことをしたって、思っているからではない?」

「でも、でもぉ……」


 うんうん、本当は分かっているんだよね。お約束を守らなかった自分が悪いって。目が落ちるのを心配するってことは、そういうことでしょう? ほぉら、素直になっちゃいなさいな。まぁ、ぐずっている姿も可愛いんだけどね。


「それにアイリーン様はね、怒っているんじゃないのよ。ソレイユ君が大好きだから、心配しているのではないかしら?」

「んぅ…?」


 本当に? と言わんばかりにアイリーン様にちらりと視線をやったソレイユ君の瞳に映ったのは、慈愛に満ちた女神の笑み。


「マーシャの言う通りよ。貴方が急にいなくなるものだから、わたくし胸が押しつぶされそうでしたのよ」

「おむね、いたいいたい?」

「そう、痛かったわ。わたくしだけじゃなくてよ。カーティスもソルを探すために、王宮内を駆けずり回っていたわ」


 わたくしのエスコートをすっぽかすくらいにね、とアイリーン様は眦を下げて笑った。ソレイユ君はアイリーン様の様子を見てからお腹の上で小さなこぶしを握り、きゅっと唇を結んだ。それから少しの間があって、


「…………あのね…、ソル、まーちゃに会いたかったの」


 そう小さな声で言った。


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