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婚約者に裏切られたので、子爵令嬢から王妃付き侍女にジョブチェンジしてみた  作者: 雉間ちまこ
第2章

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第54話

 アイリーン様の独り言に私とキースの否定が重なる。どこを見たらそうなるの。


「ははは、アイリーン様も人が悪い」

「だって、ねぇ? こんな風にマーシャがくるくる表情を変えるなんて、何か楽しいことでもあったのかとばかり。揶揄いたくもなるというものでしてよ」


 クスクスと人の悪い顔してアイリーン様。ほら、仮面やお猫様が行方不明になるから変な勘違いが生まれてる。仮面もお猫様も、お仕事はちゃんとしてちょうだい、もぅ。


「アイリーン様、少しお控えくださいませ」


 恋バナが大好物なのは十年前から知っていますけどね、私とキースの間に色恋沙汰は起こらない。もちろんミラー小伯爵とも、である。


「あら、おかしいですわね。キース、貴方今まで何をなさっていたのです?」

「何を、とは随分と唐突で…」


 笑みを崩さなかった先ほどとは違い、ナルシストキースのくせに顔が歪むのを気にもせず、口をひん曲げる。何、そのお子様みたいな表情は。


「唐突とはおかしなことを。貴方、あれだけマーシャ様に恋い焦がれておきながら、この様子では口説き文句の一つさえ囁いていないのでしょう。何をなさっていたのかと叱責されても仕方ないことではありませんの」

「ちょ…、アイリーン様!」


 慌てて制止した私の声音が低くなったのは許して欲しい。だってこんな衆人環視の中で、キースが私に恋い焦がれているなんて吹聴されるのは困る。だがアイリーン様は扇だけで黙らっしゃいと私を黙らせた。


「あー…、それは少々問題がありまして…」

「問題も何もございませんわ」 


 ペシペシと扇でキースの頬を(はた)く。と言っても力を込めたものではなく、アイリーン様らしく優しくも厳しく、だ。その所作も美しいけれど、気にするのはそこじゃない。


「アイリーン様。少し落ち着きましょう。その言いようでは周囲に誤解を招きますわ」


 確かに居もしない理想の私に恋焦がれていたのはそうなのですけれど、彼は現実を知ってしまったのですよ。ほら、理想を現実は違うって言うじゃないですか。だから口説き文句なんて言わなかったのではなくて、言う必要がなくなっただけなんですよ!

 ほら、キースもしどろもどろしていないで、はっきりきっぱり言いなさい。そんな事実はありませんって! 幻想は木っ端みじんに砕け散りましたって! この際、私を悪くいう事になっても構わないから、これ以上私の不本意な噂をバラまくの止めてくださいませぇ!


「大使閣下、ご心配は無用ですよ」

「え?」


 心配が無用なんて、そんなわけがあるか。只でさえ面倒事が起こっているのに、これ以上の面倒はいらないんですよ。それなのに、続いたミラー小伯爵の言葉に私は愕然。


「我が愚弟がグラン国才女マーシャリィ・グレイシス嬢に心を奪われているというのは、我が国では周知の事実です」

「…………………………はい?」


 私の聞き違いですよね、と念の為の確認。だが無常にもキースは私から視線を逸らし、爆弾発言を落としてくれたミラー小伯爵はさわやかな笑みで深く頷く。


「キースが大使閣下のエスコートを会得したと聞いて、上手くやったものだと思っていたのですが…」


 これは私の付け入る隙がありそうですね、とミラー小伯爵はおべっかを続行したのだが、私の耳には届かない。

 無駄に顔も声も良い、しかも女王陛下お墨付きの騎士という肩書も良いキース。さっきもホールへ降りてくるまでに突き刺さる殺人的な視線は実に痛かった。

 もしかしてクワンダ国滞在中、両国の同盟にケチを付けてきた輩だけではなく、こっちにも気を配らないといけなかったりするんだろうか。これはちょっと、否、大分頭が痛い事態発生である。


「少しは有難く思えよ、お前も」

「えぇ?」


 何を言ってくれているのかな、このお馬鹿さんは? 何を有難く思えって? まさか勘違いとは言えキースに恋焦がられていたことを有難く思えと? どこに有難く思える要素があるのかな? 私にはこれっぽっちも検討が付かないけれども⁉ むしろ多大な迷惑を被っているけれどぉ‼


「……」


 私の無言の怒りを感じ取ったのか、キースが顔を背けるが後で覚えておけ、絶対に許さん。


「なんと情けないこと。あんなに大口叩いて置きながら、この体たらく。そのご自慢お顔は役立たずですのね、ほほ」


 朗らかに、けれど大分辛辣である。キースも苦虫を嚙み潰したよう顔して何も言えないようだ。


「まぁ、でもマーシャ。少しは考えてみてもいいのではないかしら?」


 どう? と私を窺うように見つめてくるアイリーン様。その瞳が楽しげにキラキラしているのが癪に障る。


「えぇ…と。一応伺いますけれど、何をです?」


 アイリーン様が何を言いたいのか、それが分からないほど馬鹿じゃない。けれど敢えて聞き返したのは、それを察してくれるかは別として、私のささやかな無言の抵抗である。


「私にとってキースもアルノーの兄弟のようなものですの。貴女の婚約者として、申し分のない相手であると考えていますのよ」

「……」


 残念なことに私のささやかな抵抗は、軽くポイっとされたようである。正直、もう何もかもを放り出してグラン国に帰りたい。そしてメアリの膝に顔を埋めて何も考えずに深く眠ってしまいたい。そう言う訳に行かないのは重々承知ではあるが、本当にしんどい。


「アイリーン様!」


 窘めるキースをアイリーン様は華麗に無視。ミラー小伯爵なんてニコニコ顔が傍観している。


「そんなに驚くようなことかしら。年齢的にも地位的にも何の問題もなくてよ。それは私が保証しますわ」


 そう言われても、いきなりの事で困ってしまう。返事に詰まっている私に畳みかけるように、アイリーン様はまだまだ言葉を紡いでいく。むしろたたみかける勢いである。


「ほら、二人ともこの年齢まで独身でしたでしょう。私、とても心配していましたのよ。キースなんて一途に貴女を想い続けていたのですもの。出来るなら成就を、と思ってしまうのは姉心のようなものかしら、ほほ。アルノーも中々の好青年だと思いますの。でも不思議と女性の影すらなくて…。嫡男の身でありながら、このまま独身を貫くのはどうかと思いますの。もしかしたら女性の理想が高いのかしら、とも。そこでキースには悪いけれど、マーシャならお眼鏡に叶うのでないかしらって。私の慧眼も中々だと思いませんこと?」


 確かに幻想への片想いを拗らせていたキースは別として、ミラー小伯爵は嫡男なのに独身であるというのは珍しい。すでに子供が数人いてもおかしくはない年齢ではある。だが、女性の私と違って男性の適齢期は長いのだから、そんなに心配することでもない。だから私を宛がうのは止めてあげて下さい。理想の高い男性が私で満足するわけがないでしょう。慧眼も何も、お世辞を真に受けないで下さいませ、アイリーン様!


「あら、そんなお顔をするということは二人に何か不満でもあるのかしら?」


 アイリーン様からの指摘に、ハッと頬を抑える。被り直したはずの仮面はどこにいってしまったのか、目を細めて私を見つめるアイリーン様に内心はタジタジだ。


「不満なんて、私如きが思うわけはございませんわ。勿体ないご提案に吃驚してしまっただけです」


 それでも私のお口からは社交用の言葉がスルスルと出てくる。表情筋はおかしな事になっているが、長年の王宮勤めで鍛えられた私のお猫様は頑張って踏ん張っているようだ。


「勿体ないですって? 貴女、本気でそう思っていて?」


 え、思ってますが。アイリーン様は眉を潜めてそう聞き返してくるけれど、逆に聞きたい。アイリーン様だって内心そう思っているでしょう? って。


「ご存じのように私は長く婚約関係にあった方と婚約破棄をしたばかりです。アイリーン様のお心遣いは大変有り難いのですが、私ではお二方の隣に立つには分不相応です」


 これは謙遜ではなく事実である。アイリーン様が言ったように身分的に問題はないかもしれない。だが私はこの場は特例親善大使としてとしても、グラン国に戻れば高級女官と言えども一介の侍女だ。それもすっかりとうの立った、婚約破棄した傷有り子爵令嬢。それを言うとライニール様しかり、アイリーン様もそんな風に思ってはいけないと諫めてくるのが想像するに容易いが、残念なことに事実は事実。目を背けてはいけない問題だ。


「アイリーン様が私をかって下さっているのは分かっていますわ。ですが、さすがの私も厚顔無恥ではありません」


 もうひとつ付け加えると、そんな身でクワンダ国高位貴族に嫁ぐ勇気も私にはない。


「私如きがお二方どちらかの隣に居座るなんて、とてもとても」


 だから、ほほほほ、と淑女モードで誤魔化させて頂きますとも。だって、とっても面倒。それでも納得がいかなさそうな顔をしているアイリーン様なのだ。


「キースもそう思うでしょう?」


 正直に言ってもいいのよ。というかむしろここで長年の片想いは幻想でした、と公言してちょうだい。ダメ押しをするように、絶対に肯定してくれると思っていたキースに同意を求めた。それなのに、


「俺様にそれを頷けと言うのか?」

「え、頷かないの?」


 逆に返されて、ちょっと吃驚。私が好きって訳でもあるまいし、同意してくれなくてはキースも面倒な目に遭うだけよ? あぁ、でもそっか。優しいものね、キースは。と変に納得したのは私を見るキースの瞳がどこかの誰かさんと重なったせいだろうか。

 相手が私といえど、こんな公の場では女性を悪くは言えないよね。キースも可哀想に、と思ったけれど、元を言えば幻想への片想いを周知の事実にしていたのが悪いんだよね。逆に謝罪を貰う立場だわ、私。


「キースは貴女で良いみたいですわよ。もちろんアイルーも先ほどの言葉は嘘ではないのでしょう?」

「えぇ、私は嘘が嫌いですから」


 貴方は社交辞令でしょうが! と言いたいけれど、そんな無作法な真似は出来ません。


「まぁ、お口がお上手ですね」


 ほほ、って誤魔化されてくれないかなぁ、と甘い考えですよね。だってアイリーン様の瞳は本気だもの。その気持ちは有り難い。本当に心から私を案じてくれているのは決して自惚れじゃない。だからこそ、簡単に頷けないのだ。


「アイリーン様。私は帰国すれば、グラン国王妃マイラ様の筆頭侍女でございます」


 そして次期グラン国王太子の乳母になる身。もし私が彼らのどちらかに輿入れとなったらクワンダ国へ籍を移す必要がある。つまりマイラ様の侍女を、次期グラン国王太子の乳母を辞退すると言うことだ。それはあり得ないし、選択肢にすら入らない。

 私が何のために新しい婚姻相手を求めているのかというと、マイラ様がお産みになるお子の乳母になる為だ。

 だから婚姻相手に求める第一の条件は、マイラ様の侍女を続けさせてくれる人。そして次期グラン国王太子の乳母になる私を支えてくれる人。

 つまりは、他国伯爵家の嫡男であるアルノー様や、女王付きの騎士のキースには到底無理は話でしょう。今の立場を捨てて女の私に付いてこい、と言っているようなものだから。

 欲を言えば、政治的野心がない人で、清廉潔白を地で行く人がいいけれど、そんな奇特な男性がまだ独身でいるとは思えない。だから必然的に、私の婚姻相手は脛に傷の一つや二つ、むしろ三つくらいあった、強制的に私の条件に当てはまらざる得ない人になるだろう。

 でもこれを言葉にするとアイリーン様は怒ってしまうだろう。脛に傷もこぶも付いていない好条件の男性を私にと薦めるくらいなのだから。


「私の婚姻を、私が勝手に決めるわけにはいかないのです。お二方はとても素敵な方ですわ。けれど私如きがお断りするというのもおこがましいのですけれども、お返事は出来ませんわ」


 もしかしたら只の軽口だったかもしれない申し入れに、こうやって断るのは社交的にも体面的にも問題がありそうだけれど、ここまで言わないと納得してくれなさそうだったから。


「……それが恋い慕う相手でなかったとしても? いいえ、違うわね。愛情を絶対に抱けない相手であっても、国が決めた婚姻をすると?」

「えぇ、私に選択肢はございませんわ」


 政略結婚なんて貴族なら別におかしいことではない。私を望んでくれるという方がいるだけで有り難いのだ。


「昔はあんなに恋に恋するような可愛らしい乙女だったのに、いつの間にそんなにで捻くれてしまいましたの?」


 はぁ、と大きな溜息をついてアイリーン様は言った。キースの「は? 可愛らしい、だと…っ」という訝しげな表情をしたのも見逃さない。


「昔は昔ですから」


 キッとキースを睨め付けつつ、そう返した私にアイリーン様は呆れたような溜息を吐いた。


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