表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約者に裏切られたので、子爵令嬢から王妃付き侍女にジョブチェンジしてみた  作者: 雉間ちまこ
第2章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

137/138

第53話

「げぇ…」


 キースが振り返って嫌そうな声を出したような気がしたけれど、私の瞳には麗しい彼女しか映っていない。


「ご機嫌麗しゅう、マーシャ様」


 凜とした声も素敵な彼女の正体。それは私が留学生時代にとてもお世話になった、元王太子アッシュの婚約者であったアイリーン・ブラウ侯爵令嬢だ。

 現在は先代国王の弟君であるヘロニア大公家に嫁ぎ、美貌もさることながら淑女として中身まで美しい人。どんな場所でも気後れすることなく堂々と振る舞い、その優雅な立ち居振る舞いと思慮深さには脱帽の一言だ。

 当然、グラン国にも才色兼備の代名詞ヘロニア大公夫人として名が知られている。

 そして何を隠そう、私が階段を降りながら頭の中で思い浮かべていたのは、アイリーン様である。

 私の知っている美しい女性の中で誰よりも『優雅』『華麗』『美しい』の三拍子が揃っており、私が心から憧れ、見本としている女性だ。ちなみに私がお育てしたマイラ様は『清楚』『可憐』『愛らしい』の三拍子が揃っているのは言うまでもない。


「アイリーン様、お久しぶりにございます。またお会い出来て嬉しいですわ」


 自分でも分かる満面の笑みだ。親善大使としての仮面だけでなく、淑女の仮面もどこかにいってしまったのか、自重しなくてはと思うものの表情筋が言うことを聞いてくれない。私の被っていた仮面、もしくはお猫様がまたまた行方不明になってしまったようである。


「長い間、手紙のやりとりしかできておりませんでしたが、相変わらず美しい。流石にございます!」


 背中の大きく開いた体のラインに沿った水色と銀糸のマーメイドドレス。螺旋状にドレスを彩る上品なレースは着る人を選ぶに違いない。それを完璧に着こなしている、流石アイリーン様である。素敵過ぎて年甲斐もなくキラキラした目で見てしまう私を誰が責められようか。


「まぁ! おーほっほっほっほっほ」


 きた、これよこれ! 扇を口元に、そして軽く背を反らして遠くまで響き渡る高笑い。一見、高飛車や下品に見えがちな高笑いを、ここまで美しく体現する人をアイリーン様以外見たことがない。


「再会早々、可愛いことを」

「あら、事実を口にしただけですわ」

「ほほ、マーシャ様も深いネイビー色のドレスに向日葵色の髪が映えて、とても素敵でしてよ。ホールへ降りてくる様には目が離せない魅力がありましたもの、ねぇ?」


 そうアイリーン様が斜め後ろに居た男性に同意を求めた。アイリーン様の夫であるヘロニア大公閣下ではない、年若いといっても私よりは年上だろう茶髪の男性だ。


「えぇ。大公夫人のおっしゃる通りです」

「そうでしょう。ほほほ」


 得られた同意に、満足げに笑うアイリーン様。


「ふふふ、ありがとう存じます」


 ここで謙遜なんてしませんとも。頭の片隅で、それはキースの無駄な美貌のおかげ、と思っていても、だ。せっかくアイリーン様とそのお連れ様に褒めて頂いたのに、素直に受け取らねば失礼である。


「失礼ですがアイリーン様。そちらの男性のお名前をお伺いしても?」

「あら、私としたことが無作法をごめんあそばせ。既にキースから紹介があったとばかり思っていたものだから、失礼してしまったわ」


 キースから? と横目でキースを見ると、彼は気まずそうにして視線を合わせようともしない上にアイリーン様に挨拶すらしようとしない。ちょっと、キース! と窘めるように洋服の裾を強めに引っ張ると、


「ご機嫌麗しゅう、アイリーン様…」


 渋々と言った体ではあるが、やっとキースが挨拶の言葉を口にした。


「ふ、今更ですわね、キース」


 私とは違い、鼻で笑うアイリーン様も優雅である。なんでこう絵になるんだろう、この方は。


「まぁ、許して差し上げますわ」


 アイリーン様がさっと扇を広げ小首を傾げるように微笑んだ。それからアイリーン様が何やらキースに意味深な瞳を細め、おもむろに扇で口元を覆い隠して視線を連れの紳士にやる。


「こちらは、急遽夫の代わりにわたくしをエスコートして下さった方ですの」


 それを認めた紳士は一歩進み出て、お手本のようなボウ・アンド・スクレープを私に向けて披露したのだ。


「ご挨拶が遅くなりまして失礼を致しました。ミラー伯爵家が嫡男アルノーと申します。光栄にも特例親善大使閣下のエスコートを賜る栄誉に授かりました、そこの愚弟の兄にございます」

「まぁ!」


 一瞬だけ頭を過った疑問。けれどそれをすぐに頭の片隅に追いやって、私は口元に手を添えて大袈裟に驚く。

 キースの無礼と捉えられてもおかしくない態度が許されているのは、兄弟がゆえの甘えなのだろう。でも身内だからと言って宜しくない。ここは公式の場なのだ。公私混同はしては駄目。相手が誰であろうと、侮られる隙を与えてはいけない。後で説教決定である。


「ご丁寧にありがとう存じます。若輩の身ではありますが、グラン国特例親善大使を務めますマーシャリィ・グレイシスと申します」


 アイリーン様との再会で外れてしまった特例親善大使の仮面をしっかりと付け直して、キースの兄であるというミラー小伯爵に挨拶を返す。


「キース様のお兄様でしたのね。存じ上げず失礼致しましたわ」

「いいえ、お気になさらず。大使閣下がご留学されていた時より十年も経っておれば、クワンダ国も色々と面変わりしておりますゆえ。何よりその頃、私とキースは両親と共に他国に長期滞在していたのです。ご存じではないのが当然かと」

「そう言って頂けると心が軽くなりますわ」


 あはは、うふふ、とこれが社交である、という見本のようなやりとり。ふむ、ミラー小伯爵はキースと違い腹芸の出来る文官寄りのタイプのようだ。


「正直申し上げますと、大使閣下の評判はかねてから耳にしていたのですが、実際にお会いしてみると少々驚きました」

「まぁ、どのようにお聞きになっていたのか分かりませんが、それはさぞがっかりなさったでしょう?」


 謙遜半分、自嘲半分。だって私のクワンダ国での評価は、むやみに高いものだと知っているからこそ口から出た言葉だった。

 十年前、留学を終えた私がグラン国へ帰国した後、王太女となったエルが事実であるなし関係なく彼是(あれこれ)と噂を吹聴してくれた。それも都合の良い噂ばかりを、だ。

 女性の地位を上げる為に利用したい、というエルの意図があったのは理解ができる。それは成功し、クワンダ国の発展に繋がったのは周知の事実。だが実際の私はその吹聴された噂通りの人間なのかと言うと、キースの例が良い答えになるだろう。

 誇張された噂話を鵜呑みにして長年理想の私に恋い焦がれていたキースは、実際の私を目の当たりにして幻想が壊され、相当なショックを受けていた。それについてだけは心から申し訳ないし、哀れになるくらいには可哀想だと思う。意地悪もしちゃったし、こじらせた恋心というのは結構心を抉ってくれるのを私も経験済み。痛いくらいに気持ちは分かる。

 理想というのは高く見積もれば見積もるほどに、実際を目の当たりにした時の落胆は大きくなるもの。どんなに着飾ろうが、己をよく見せるために努力をしようが、私の外見から受け取れる印象は貧弱。目の肥えた貴族には隠しきれない。

 幼さを圧倒的なカリスマ性で補ったマイラ様とは違い、私にそれを補うだけの魅力はないのだ。だからどんなに落胆させようが、これが現実なのだ。私にはそれを真正面から受け止めるしか出来ることはない。

 更にグラン国でも解体されたラウル率いる前近衛第4部隊の失態により、少しは評判が上がったが、未だに女狐だとか諸悪の根源だとか嫉妬に駆られた悪女だとか、一部の層からの評判はすこぶる悪い。どちらの国の評判を耳にしていたのか知れないが、どちらにしても拍子抜けされると、そう思っていた。

 けれど、予想と違ってミラー小伯爵が大袈裟に首を横に振った。


「そんなまさか。がっかりなんてとんでもない。アイリーン様も仰っていましたが、階下を降りてくるお姿は大変お美しかった。大勢の者が大使閣下に魅入られておりましたとも!」

「まぁ、ありがとう存じます」


 ほほ、と私は微笑む。それはそうか。社交だもの。内心はどうであれ、謙遜や自嘲を肯定するわけない。キースしかり、エルしかり、あまりにも正直な人達とばかり一緒にいたせいか、私の頭はすっかり呆けていたようだ。


「ふふ、実はアイリーン様を頭に描いていたのですよ」


 立派に見えて居たのであれば、それはアイリーン様の功績ですわ、とこっそりと内緒話をするように微笑み、アイリーン様に視線を移して告げる。それはまるで恋する乙女のような所作である。我ながら気色悪い。


「ほほほほほ。謙遜が過ぎましてよ、マーシャ様」

「本当のことです、うふふ」


 後ろから「うわぁ…」とどん引きしたキースの声がしたが、知らん。放っておいてちょうだい。


「大使閣下は謙虚な方ですね」

「お褒め頂き光栄ですわ」

「いいえ、事実ですよ。かく言う私も目を奪われた、なんてものではありません。私の心を一瞬にして盗んで行かれた、なんて大袈裟でしょうか」

「ま、まぁ…、お上手ですね、ほほほ」


 爽やかな見た目と裏腹な、とてつもない流し目と共に吐かれた台詞。うっかり間が開いてしまったのは、これがご貴族様の手練手管かと、感心してしまったから。頭の中では意味あり気に微笑むライニール様が浮かびましたとも。『警告!警告!』ってね。更に言えばこっそりとキースがドレスを引っ張って私の冷静さを促してくれたので、うっかり本気にして頬を染めなくても済んだのもある。


「まぁ、まぁ!」


 代わりに頬を染めて興奮しているのはアイリーン様だ。10年前に出会った頃もそうだったけれど、どうやら人様の恋バナが大好物なのは変わっていないようだ。


「あまり私を揶揄わないで下さいませ。私が本気にでもしたら小伯爵様はお困りになるでしょう?」


 こちらは新しい婚約者捜しをしている身ですよ、とやんわりと忠告だ。


「揶揄ってなどおりません。私は嘘が苦手ですので」

「まぁ、ほほほほ」


 アイリーン様、嬉々と見物していないで止めて下さいよ! チラチラと視線で訴えても、麗しい笑顔で躱される。もう!


「……アル兄…」

 咎めるようなキースの声に、ミラー小伯爵は肩を苦笑して竦める。止めてくれるなんて期待してなかったのに、でかしたキース!


「何か文句でもあるのかな、愚弟は」

「文句ではありませんが、名目上彼女は親善大使としてこの場にいるので、そのような対応はどうかと思っただけです」


 そうだ、そうだ! 私は親善大使として外交中の身。私の卑屈発言が原因かもしれないが、おべっかとはいえ口説くような真似は遠慮願います。いちいちライニール様の意味あり笑顔が脳裏に浮かんで、とてつもなくいたたまれない気持ちになるんです。

 マイラ様やマリィの生暖かい眼差しとか、面白げなラインハルト陛下の顔とか、ついでにいやらしい顔したダクラス様が次々と脳裏に浮かんできてうんざり気味なのだ。クワンダ国にいる間くらいは婚活から遠ざかっていたい。


「一人の女性を兄弟で奪い合う……それも一興、ほほ」

「「違います」」


 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ