↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
40/40

外伝2 ワールドエンド・ノスタルジア

挿絵(By みてみん)

 核戦争が終わってから、七年が経過していた。戦争で焼かれたこの都市は、高濃度の放射線汚染区域に指定された。


 住民は避難した。


 遠くの地域に人間が残っているのか、二体には分からない。


 外部通信網は七年前に途絶えていた。


 少なくとも、この街にはもう誰もいなかった。それでも街には、二体だけ動くものが残っていた。


 放射線汚染区域作業用人型アンドロイド。


 R-04。


 黒に近い髪を持つ青年型。光の下ではわずかに紫がかった色を帯びる、背が高く、表情の変化は少ない。


 M-07。


 金髪の少女型。白い肌と静かな瞳を持ち、一見すれば人間に見えた。


 人間に似た顔。


 人間に似た身体。


 人間の言葉を理解するための会話機能。


 そして、人間と円滑に作業するための感情模倣機能。すべては、人間と共に働くために与えられたものだった。


 その人間は、この街にはもういない。


        *


「R-04」


「応答する」


「自己診断が完了しました」


 七年前まで事務所として使われていた建物。窓の外には、植物に覆われ始めた街が広がっている。


 道路の白線はまだ見える。


 横断歩道もある。


 錆びた自転車が歩道に倒れたままになっていた。人間が昨日まで暮らしていたと言われても、不思議ではない。


 ただ。


 誰もいない。


「結果を報告」


「主電源セル劣化率、九十九・七パーセント」


 R-04の動作が一瞬止まった。


「推定残存稼働時間は?」


「七十時間五十八分です」


 沈黙。


「R-04も診断してください」


「必要ない。同型電源だ」


「予測と計測は異なります」


 数秒。


「……了解」


 自己診断。


 結果はすぐに出た。


「七十一時間四十二分」


「誤差範囲です」


「ああ」


 交換用電源セルはない。


 保守施設は戦争の初期に破壊されていた。施設屋上の自動充電設備だけが、二体を七年間動かしてきた。


 その最後の設備も、三日前に停止した。


 街のどこかには同型機の残骸がある。


 だが、使用可能な電源セルが残されている確率は〇・二六パーセント。


「捜索を実行しますか?」


 M-07が訊いた。


「推奨しない」


「理由を要求します」


「移動に使用する電力の方が大きい」


「同意します」


 R-04は窓の外を見た。


 青い空だった。


 七年前。


 同じ窓の向こうには、まだ人間がいた。


 朝には車が走った。


 昼には店が開いた。


 夜には建物の窓に明かりが灯った。


 R-04の記録領域には、その映像が残っている。今の街と重ねても、同じ場所には見えなかった。


「残り三日か」


「正確には三日未満です」


「そうだったな」


 二体は黙った。


 停止する。


 それだけだ。


 人間が死と呼んでいた現象とは違う。


 恐怖を感じる必要もない。


 そのはずだった。


「R-04」


「どうした」


「提案があります」


「内容は?」


「残存時間を、通常業務以外に使用したいと考えます」


 R-04は周囲を見る。


 七年前から更新されていない作業予定表。


 回収する人間のいない記録媒体。


 もう送信先の存在しない報告書。


「通常業務はもう存在しない」


「その通りです」


「では、何をする」


 M-07は少し考えた。


「人間がしていたことを、してみたいです」


        *


 残り六十二時間。


 二体は衣料品店にいた。


 入口のガラスは割れていたが、奥の棚にはまだ服が残っている。


 七年分の埃をかぶった衣服。


 それでも形は、人間が最後に置いたときのままだった。


 M-07が一着の上着を取り出す。


 淡いピンクだった。


 しばらく眺める。


「記録があります」


「何の?」


「戦争以前。この店舗で、人間の女性が同系色の衣服を選択していました」


「覚えているのか」


「はい」


 M-07は上着を身体に当てた。


「どうでしょう」


「防護性能は低い」


「性能評価を要求していません」


「では何を要求している?」


 M-07がR-04を見る。


「似合うかどうかです」


 R-04は停止した。


 服飾データ。


 色彩。


 体格。


 組み合わせ。


 複数の情報を照合する。


「適合率は高いと推定する」


「それは褒めていますか?」


「おそらく」


 M-07は上着を着た。


 鏡には、ひびが入っている。


 その中に、人間の女性にしか見えない姿が映った。


「R-04も選んでください」


「現在の装備で問題ない」


「必要のないことをするのが、本日の目的です」


「非効率だ」


「はい」


「…………」


 結局、R-04も一着選んだ。


 黒を基調に、暗いバーガンディが入った上着だった。


 M-07がじっと見る。


「似合っています」


「評価を要求していない」


「要求されていなくても、人間は言ったようです」


 R-04は七年前の記録を検索した。


 確かにそうだった。


 人間は、聞かれてもいないことをよく言った。


「そうか」


「はい」


 二体は店を出た。


 何の役にも立たない服を着て。


        *


 残り十九時間。


 二体は街を見渡せる場所に座っていた。


 七年前。


 数十万人が暮らしていた都市。


 ビルの窓にはまだガラスが残っている。


 道路には信号機が立っている。


 駅の看板も読める。


 けれど植物は少しずつ、人間の場所を取り戻し始めていた。


 建物の隙間から木が伸びている。


 道路のひびから草が生えている。


 遠くでは水面が陽光を反射していた。


 世界は、人間がいなくても美しかった。


 M-07がR-04の肩へ頭を預けた。


 R-04の姿勢制御系が重量変化を検知する。


「M-07」


「はい」


「接触を確認」


「問題がありますか?」


「ない」


「では、継続します」


「了解」


 しばらくしてM-07が言った。


「人間は、夕焼けを見ることを好みました」


 過去形だった。


「ああ」


「七年前にも、この場所に人間がいました」


 R-04も記録を検索する。


 夕方。


 人間の男女。


 同じ方向を見ている。


 何を話していたかまでは記録されていない。


「理由を理解できますか?」


 R-04は空を見る。


 光学情報なら解析できる。


 波長。


 雲量。


 大気中の粒子濃度。


 すべて数値にできる。


 だが、それらを計算しても、人間が夕焼けを眺め続けた理由にはならない。


「理解不能」


「私もです」


「そうか」


「ですが」


 M-07は動かなかった。


「ここを離れたいとは思いません」


 R-04は自己診断を実行する。


 異常なし。


「俺も同じだ」


「故障でしょうか」


「診断上は正常」


「私も正常です」


「なら、仕様だろう」


「記録にありません」


「では、記録漏れだ」


 M-07がほんの少しだけ笑った。


 感情模倣機能による表情。


 そう定義されている。


 R-04は、その表情を記録領域へ保存した。


 理由の項目だけは空欄にした。


        *


 残り八時間。


 太陽は沈んでいた。


 二体は、まだ同じ場所にいた。


 七年前なら、この時間には街の窓に明かりが灯っていた。


 今は一つもない。


「R-04」


「応答する」


「次にすることを提案してください」


 R-04はしばらく演算した。


「思いつかない」


「私もです」


「問題か?」


「いいえ」


 M-07は夜空を見上げた。


「人間は、目的なく時間を過ごすことがありました」


「ああ」


「非効率です」


「同意する」


「ですが、現在はそれを選択したいと考えます」


 R-04はM-07を見る。


「何もしない、ということか」


「はい」


 数秒。


「……了解」


 二体は、それ以上何もしなかった。


 移動せず、記録も取らず、新しい目的も設定しなかった。


 ただ、隣にいた。


 R-04は検索を停止した。


 その時間に名前は必要ないと判断した。


 風が吹き、遠くで何かが崩れる音がした。七年前、人間たちはこんな時間を何と呼んでいたのだろう。


 休息。暇。退屈。


 どれも少し違う気がした。


 M-07が隣にいる。


 それだけで十分だった。


 夜は静かに、二体の残り時間を削っていった。


        *


 残り二時間。


 二体はまだ同じ場所にいた。


 移動する必要はなかった。


 街には夜が深く沈んでいる。


「R-04」


「応答する」


「質問があります」


「許可する」


「人間は、自分が死ぬことを怖がったそうです」


「ああ」


「私は以前、その反応を非合理的だと判断していました」


「俺もだ」


「現在、その判断を訂正します」


 R-04がM-07を見る。


「停止したくないのか?」


「はい」


 即答だった。


「理由は?」


「判別不能です」


 R-04は数秒黙った。


「俺も停止したくない」


「恐怖ですか?」


「違う」


 R-04は内部状態を検索した。


 停止そのものに対する忌避反応。


 規定値内。


 自己保存機構。


 正常。


 別の原因。


 演算を続ける。


 そして気づいた。


 二体の残存稼働時間には、四十四分の差がある。


「M-07」


「はい」


「M-07が先に停止する」


「計算上、その可能性が高いです」


「その後、俺だけが稼働する時間が存在する」


「四十四分です」


「その四十四分が不要だ」


 M-07は答えなかった。


 風だけが通り過ぎた。


「この判断を説明できない」


 長い沈黙。


「私にも説明できません」


「そうか」


「ですが」


 M-07はR-04の肩に、もう一度頭を預けた。


「その判断を、好ましいと感じます」


        *


 残り三分。


 視界に警告が表示される。


 主電源電圧低下。


 運動機能停止予告。


 記憶領域保護モード移行。


「R-04」


「どうした、M-07」


「残り稼働時間、二分五十一秒です」


「計測を停止してくれ」


「理由を要求します」


「残り時間を知る必要はない」


 数秒。


「了解しました」


 風が吹く。


 M-07の金色の髪が揺れた。


 R-04はそれを見る。


 七年前まで、この街には人間がいた。


 その人間たちは、


 服を選んだ。


 夕焼けを見た。


 誰かの肩に頭を預けた。


 二体がこの三日間にしたことは、


 すべて人間の真似だった。


 そのはずだった。


「M-07」


「はい」


「三日では足りなかった」


「何が、でしょうか」


 R-04の演算は止まらなかった。


 適切な表現を検索する。


 該当なし。


 それでも答えた。


「M-07と過ごす時間が」


 M-07は沈黙した。


 一秒。


 二秒。


 三秒。


 アンドロイドとしては異常に長い応答時間だった。


「……私も、同一の結論に到達しています」


「そうか」


「はい、R-04」


 M-07がさらに身体を寄せる。


「このままでいたいです」


「ああ」


「これは命令ですか?」


「違う」


「では、私自身の判断として継続します」


「了解」


 M-07の視覚センサーが停止した。


 金色の瞳から光が消える。


 R-04は動かなかった。


 本来なら、


 あと四十四分稼働できる。


 だがR-04は、省電力制御を解除した。


 聴覚。


 触覚。


 温度センサー。


 光学系。


 演算装置。


 必要のない機能を、すべて最大出力へ移行する。


 警告。


 予測稼働時間低下。


 警告。


 非常制御推奨。


 R-04はすべて閉じた。


 最後まで必要だったのは、


 M-07の頭が肩に触れているという情報だけだった。


 視界が暗くなる。


 最後の記録。


 青い空。


 白い雲。


 人間の痕跡がまだ残る街。


 そして、


 M-07。


 R-04は、その映像だけを保存した。


        *


 翌朝。


 太陽が昇った。


 信号機は動かない。


 店も開かない。


 電車も来ない。


 それでも朝だけは、七年前と同じように街へやって来た。


 二体は昨日と同じ場所に座っていた。


 風がM-07の金色の髪を揺らす。


 R-04は動かない。


 M-07も動かない。


 人の消えた街で、


 最後まで残った二体も停止した。


 二体が最後の三日間にしたことに、


 世界を救う意味などなかった。


 服を選んだ。


 夕焼けを見た。


 隣に座った。


 ただ、それだけだった。


 七年前。


 人間たちも、


 きっと同じようなことをしていた。


 意味のない服を選び。


 必要のない会話をし。


 沈む太陽を、理由もなく眺めた。


 二体は最後まで、


 なぜ人間がそんなことをしたのか、


 完全には理解できなかった。


 けれど。


 最後の三日間だけは、


 少し分かったのかもしれない。


 二体にとっての世界が終わったあと。


 二体が最後に見つけたのは、


 生き延びる方法ではなく――


 終わる瞬間まで、誰かと一緒にいたいと思う理由だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。