57.好きな人の愛する人
一世一代の大勝負。そんな言葉が頭をよぎるような真剣な表情で、硬く結んだ手をほどいて前に。
次に紡いだ言葉は、端的だけど気持ちの乗ったものだった。
「俺と付き合ってください!」
彼の名前はなんだったか……確か……
「……ごめんなぁ洋介。ウチ、今は誰とも付き合う気ないんよ……」
あぁ、そうだ。二組の早川洋介君。
日向の事、好きだったんだ……
人懐っこい笑顔で誰彼構わず接する彼女を、男の子が憎からず思うのも仕方ないかな。
放課後、日向とともちんと、それぞれ部活へ向かおうとしていたところで、早川君に呼び止められた。
校舎裏へ呼び出された日向に部活に行くことを告げると、意外にも早川君は「二人もいて欲しい」と言った。
晴れ晴れとしたその表情を見ると、こうなることも分かっていたみたいだ。
交友関係が広い日向は、私が知らない人と話していることもある。
男の子と楽しそうに話しているのを見ると、彼女が色んなものを乗り越えたことに嬉しくなる反面、ちくりと胸が痛む。それを、世間では嫉妬って呼ぶのかな……
「やっぱり……好きな人とかいたりするの?」
「…………うん」
ほらっ、また。
彼女のその表情に、私の心がまた少し音を立てる。
分かりきってることだ。日向の中の一番大きな存在は、私ではない。
ぽんっと頭に乗せられた手に顔を上げると、ともちんが眉を八の字にして私を慰めてくれていた。
「大丈夫だよ……ヒナにとって、いっかちんは特別だから」
「……そうだと……いいんですけど」
とぼとぼ帰ってくる日向は俯いていて、これじゃあどちらが告白に失敗したか分からない。
やるせない表情で小さくため息を吐くと、私とともちんの手を握って、悲しそうに溢した。
「洋介……申し訳ないことしたなぁ……」
「でも、スッキリした顔してたよ。分かってたんじゃない?」
「うん……誰とも付き合わへんよーって、言うといた方がええかな……?」
「誰とも付き合わない」日向がそう思っているのは分かっている。そんな彼女を好きになって、絶対に振り向かせるって決めたけど、もうあまり時間が残っていないことに焦りを感じてしまう。
卒業したら離れ離れになる道を選んだのは私だけど、後一年も一緒にいられない事を思うと、心がざわつく。
こんなことなら、勉強なんてしなきゃよかった……
——好きって言ってくれたけど、本当はどうなんだろ?
「はぁぁ……モヤモヤすんなぁ」
「ふふっ、そういう時は甘いものでも食べませんか?」
そんなこと考えていると胸がぎゅーってなって、日向のことが欲しくなる。
どこにも行ってほしくないし、私のものになってほしい。
「土曜日、一緒に出掛けましょうっ」
焦っていた。いつまで経っても親友のままじゃ、嫌だから。
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そう、焦っていた。
服が決まっていない。
髪もうねりまくっている。
こんな日に限って、右目が腫れてるっ!
「あぁぁ……もう出発なのにぃ……」
濡れタオルで目を冷やしながら、昨晩決めた服をリセットして、再度タンスの中身をひっくり返す。
あんなに時間をかけて決めたのに、今朝、鏡で見たらなんだか気に入らなかった。
髪も、何度ブラシを当てても言うことを聞いてくれない。
もう時間がないのに……泣きそう……
弟の大樹に見てもらい、なんとか服は決まった。
右目の腫れも、とりあえずは落ち着いたと思う。
お気に入りのローファーのかかとをつぶしながら履いて、ブラシを片手に家を出る。
「大樹、何かあったら電話してね」
「……姉ちゃん、なんか気合い入ってるね」
呆れ顔の弟を見て、焦る気持ちが少し落ち着く。
そうだ、今日は日向とカフェに行ってケーキを食べて、二人でゆっくりショッピングだ。
「えへへ……今日は日向とデートなの。いってきます!」
足取り軽く家を出ると、ちょうど真上からの日差しがポカポカと心を暖めてくれた。
焦ったままだと分かんなかったかな?大樹に感謝しなきゃ。
自転車に乗ったら髪がボサボサになっちゃうから、ちょっと贅沢だけどバスに揺られる。
窓の外を流れる地元の風景が、なんだかいつもより鮮やかに見える。あぁ、好きだなぁ。
待ち合わせ場所に着くと、日向はまだ来ていなかった。
失敗したかもしれない。こんなにドキドキしたまま、あと二十分も待ってなきゃいけないぐらいなら、もうちょっとじっくり服を選べばよかった。
「あれま……一華、早かったんやなぁ」
「えっ!日向、随分はやいっ……」
一目見て、嬉しくなった。ちゃんとデートだって思ってくれている。
淡い春色のワンピースに生成りのカーディガンを羽織って、綺麗に編まれた髪は、時間をかけてくれた事が分かる。
明るめのリップを引いた可愛らしい唇が、彼女の言葉に合わせて動くのが、やけにリアルに映った。
「ごめん、待たせてもうたな」
「……あぃ」
「ふふっ、照れるわぁ……そんな褒めんでも。ありがとっ!一華も、そのピアス可愛いな」
「……あぃ?」
「うんうん、ほな行こっか?」
間の抜けた私の手を自然にとって、歩くたび跳ねるように揺れる髪が、彼女がご機嫌だって教えてくれる。
「日向……今日ね、二人で……何かお揃いのもの、買いたいなって……」
私の言葉に小さな右手が一瞬ぴくりと反応した。
目線を上げると、彼女はほんのり頬を染めて、照れくさそうに微笑んだ。
「何にしよっか!キーホルダーとか、小物とか、ケーキ食べたら探しにいこっか!」
——嬉しい。
「……うんっ!」
そういって、日向は繋いだ手を軽く引っ張った。
人が行き交う中を歩いていると、定期的に存在を確かめるようにギュッギュッと握ってくるのが、たまらなく愛おしい。
「日向、今日行くところ、コーヒーで有名らしいですよ」
「ほぅ!ケーキとコーヒーかぁ……むふぅ」
嬉しそうに笑う日向につられて、私も頬が緩む。
不安を胸に始まった一日が、彼女の笑顔に満たされていく。
——嬉しいっ。
しばらく歩いて、目的のカフェに到着した。
店内は落ち着いた雰囲気で、コーヒーの香ばしい匂いが漂っていた。
窓際の席に案内され、二人でメニューを覗き込む。
「…………」
「ふふっ、悩んでますねぇ」
「悩むよぉ……だって全部美味しそうやもん。一華はどれにすんの?」
「そうですねぇ、私はこの——」
この後どこに行きたいとか、日向が頼んだコーヒーのこだわりとか……
そんな他愛のない話を、注文したケーキが運ばれてくるまで楽しんだ。
ケーキが運ばれてくると、日向は携帯で写真を撮りだした。
あんまり馴染みがないけど、彼女の言う未来では、こういう時は写真を撮るものらしい。
真似してケーキと紅茶の写真を撮ってみる。確かに、なんか良いかも。
「ほな、実食!」
「ふっ……なんですかそれ。いただきまーす」
生クリームの甘さとイチゴの酸味が合わさって、思わず笑顔になってしまう。
普段は男の子っぽいところもある彼女だけど、ケーキの甘さに頬をおさえて悶える姿は、男の子だったっていうのが信じられないぐらい女の子らしい。
着ている服も、身につけている小物も、去年の今頃からどんどん女の子らしくなってきている。
いつかこのまま、日向の中の男の子はいなくなっちゃうのかな。
そうなったら日向は、男女を好きになるんだろう……
でも、秋さんが好きってことは……女の子も好きってことなのかな……
突き刺すような胸の痛みとともに、嫌な自分が顔を出す。
そんな一瞬を、ぬるくなってしまった紅茶のカップを手でもてあそび、揺れる中身を見て誤魔化す。
「……そろそろ行こっか」
「ぁ、そうですね。お買い物いきましょう……」
紅茶を一気に飲み干して、会計を済ませると、胸に残ったもやもやを晴らせないまま、近くのお店を見て回る。
考え出したら止まらなくなって、ぎこちない愛想笑いをしてしまう。
頑張るって、決めたのに。
いつか日向に振り向いてもらうって決めたのに。
私は、日向の一番にはなれないのかな。
「一華、ちょっと休憩しよ」
「えっ……疲れましたか?」
「うん!ほら、ベンチ座ろ!」
「……そうですね。ちょっとだけ……」
人通りの少なく、ちょうど木陰になったベンチに、並んで二人で腰を下ろす。
すると隣で、日向が膝をぽんぽんと叩きながら、こちらを見て目を細めていた。
「ほれ、一華おいで」
「……いやいや、疲れてたんじゃないんですか?」
「一華もやろ?ちょっと元気ないし、寝てないんかなって。ほれっ!役得や役得」
「あっ!ちょっと……もう……」
ちょっと強引に引き寄せられて日向の膝に頭を乗せると、柔らかい感触と心地よいぬくもりが伝わってきて、心がふわふわと溶けていく。
彼女の右手が私の左頬を撫でると、くすぐったい感触が、自然と笑顔にさせてくれた。
彼女は私を見て微笑むと、反対の手でタバコを吸うふりをしておどけてみせた。
「ふふっ……ダメですよ?二十歳になってからです」
「えー、どうしよっかなぁ……」
「もう……絶対ダメ」
「はいはい」
気持ちいい。昨日は遅くまで起きてたからか、微睡むような浮遊感がする。
好きな人の膝で眠れたら、どれだけ幸せなんだろう。
「好き。日向……大好き」
「ウチも、大好き……」
大好き…………
このまま……眠れたら………………
……………………………………。
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ゆっくりと意識が持ち上がって、最初に感じたのは頬の暖かさだった。
下から見た日向が、気持ちよさそうに目を閉じて鼻歌を歌っている。
そのメロディに聞き覚えがあるのは、彼女がよく口ずさんでいるのを聴くからだ。
「その歌……」
「ん?あ、起きた。おはよーさん」
「…………あれっ!?なんでっ!!」
なんとなく、結構な時間が経っていることがわかった。
慌てて携帯を取り出して時間を確認すると、もう充分夕方と言える時間だった。
目を丸くしてこちらを見る日向に、自分も多分、同じように目を丸くする。
「な、なんで……起こしてくれなかったんですか……」
「えっと……気持ち良さそうやったから……」
慌ててもう一度携帯を見る。
今日、日向と一緒にいられる時間は、もうほとんど残っていない。
手を離した風船のように体から力が抜けていく。あんなに楽しみにしていた時間が、日向とのデートが、もう終わる。
「……嘘。ずっと見ときたかってん」
心の中で、ため息をつく。
それならいいやと、そう思えた。
「……もうちょっとだけ、膝枕してください」
「うん、どうぞ」
また寝転がって、日向を見上げる。今度は照れくさそうにしている彼女に、仕返しするように頭を預ける。
ジロリとわざとらしく視線を送ると、苦笑いしながらまた頬を撫でてくれた。
「さっきの歌、なんて曲名なんですか?」
「えっ……?ふふっ、あれはなぁ……もうちょい未来で、友達と作った曲や」
まだ私が知らない、日向の未来の物語。
当然、これからもこの人の人生は続いていく。色んな人に再会して、素敵な人生を歩むだろう。
——それを、私は隣で見ていたい。
「なあ一華。来週また遊びにいこ」
「ふふっ、やったぁ……お揃い、探しに行きましょう」
ゆっくりと、でも着実に時間は過ぎていく。
焦って不安になることもあるけれど、その時はまた、こうして膝枕してくれると嬉しいな。
愛してるよ、日向。
ラブを書くのは難しいなぁ......




