第六十三話 賢者
「健三さんー、こいつどうするんですかー?警察に通報しますかー?」
……こうなった以上、通報しないわけにはいかんだろう。しかし健三さんの答えは予想外のものだった。
「いや、それはやめておきましょう」
「どうしてですか!?犯罪ですよ!?庇いだてをするのなんておかしいですよ!」
何を言っているんだ健三さんは。どうかしているとしか思えない。
「三井、違いますよ。私が言っているのはですね」
「なんだって言うんです!」
「このまま通報したら、文化祭は台無しになりますよ?それでもいいんですか?」
「……!」
「怒りと正義感はごもっともです。しかしそれと引き換えにこの文化祭は終わりを告げますよ?」
「……だからといって……」
「もちろんこの男は警察へ突き出します。ただし、私の教え子に警察関係者がいますから、それを通して内密に処理させます」
「……盗撮された女子は……」
うちの店員はスーツ姿のため、男が机の下に設置したローアングルからの盗撮画像には関係ないだろう。問題は制服姿で来た他のクラス及び他校の生徒だ。
「それは私が探し出します」
「どうやってですか!?」
混雑していなかったとはいえ、それでもかなりの女子生徒が来店していた。男は一時間以上席を動いていないため、十人二十人ではすまない数のはずだ。
「目と頭を使うんですよ」
「……?」
「わかりませんか?簡単なことです」
俺にはまだわからない。目?頭?
「私が覚えていますから問題ないということです」
「そんなわけないでしょう!?不可能です!」
「疑いますか?」
「いつもの行動で信じろという方が無理です」
「……三井の評価を改める必要がありますね」
しまった、つい本音が。
「冗談ではなく本気ですよ。うちの生徒で見覚えがない人は来店しませんでしたし、他校の生徒は一度見れば覚えます」
「……そんなことが……」
「できますよ。思い出すのが面倒ではありますが……警察から下手な事情聴取受けるよりマシでしょうから」
……そういえば誰かから聞いたことがある。
健三さんは図ることのできない天才なのだと。
「……任せてもいいんですね?」
「思い出すところまでは任されましょう」
「……はい?」
「だからそれを調べ、盗撮されたことに対する謝罪に行くのはもちろん三井です」
「……面倒なことは俺任せですか?」
「はい」
清々しい即答をありがとうございます。
「むしろこれだけ手伝ってあげるのですから、感謝はいくらしてくれても構いませんよ?」
高騰状態にあった、健三さんへの尊敬と感謝の気持ちが急激に萎むのはどうしてだろう。
「さて、その男は文化祭終了まで軟禁しておきますか」
「くそが!離せ!」
「おやおや、罪状を増やしたいんですか?おとなしくした方が身のためですよ?」
教師とは思えない発言です。
「後は頼みましたよ。やることはやっておきますので。勿論余分なことはしませんけど」
……尊敬していいんだか悪いんだか。