第五十三話 順調
開店早々忽ち満員―――とはいかなかったものの、執事喫茶はそこそこの入客数を確保していた。初めは慣れないだろうと多めに動員しておいたこともあり、今のところ大きなトラブルは発生していない。メニューを間違えたり、釣銭勘定を間違えたりと細かなミスはあるものの、それでもフォローに回っている俺を含めた数名がミスを指摘することで悲劇までには至っていない。ちなみに入客の八割が女子、一割がその彼氏らしき人物、残りの一割はよくわからん男子となっている。話したこともない女子に執事的サービス(笑顔、丁寧な物腰、要求の対応)をするのは骨が折れる……というより心労がきつい。
「ふう……、入客が途切れないな、原君」
空いた食器を片づけながら、小声で話す俺。不真面目だろうか。
「いいことだ。それでもまだ満員でないのが恐ろしいな」
「そうだな、昼飯時になったら嫌でも増えるだろうし……」
「その前に休憩行っておきな、三井。もうすぐ時間だろ?」
確かに、いつの間にか休憩時間まであと少しと迫っていた。集中していたせいか時間がたつのが早い。
「あまり疲れてないから、残ってもいいぞ?」
特にやることも、回るところもないし。
「後で疲労が来るかもしれん。休めるときに休んどけ」
それもそうか。実際、こんな仕事やったことがないから、どうなるか見当もつかんし。
「そういう原君はまだ休憩じゃないのか?」
「ああ。俺は昼の忙しい時休ませてもらえるらしい」
うわ、ズルイ。不公平だ。俺は忙しくなりそうな時間帯(最初、昼飯時、三時頃)全部入ってるのに。
「シフト作ったのは俺じゃないし」
「作ってもらって贅沢は言えんか。じゃあもう少ししたら休憩入るわ」
もう少し頑張るか。ん?客か?
「あ、いらっしゃいませお嬢様……ってなんだ、保護者か」
「先輩、私も今はお客様ですよ」
まだ営業中だった。営業モードに入らんと。
「いらっしゃいませお嬢様、御注文を伺ってもよろしいですか?」
今ではこんな言葉と笑顔を躊躇いもなく提供できる。慣れって恐ろしい。
「…………」
「どうかなさいましたか?」
「……はっ!何でもないです!」
俺の顔を見てフリーズしたかと思ったら、急に大声で否定しよった。何なんだこいつは。
「それで、ご注文は?」
「……先輩を一人、持ち帰りでお願いします」
「お帰りはあちらの扉となっております」
「いつもは滅多に見せないさわやかな笑顔でそんなこと言わないでください!」
先に営業妨害をしたのは保護者だと思うんだが、どうなのその辺。
「このクレープと紅茶のセットをください」
「かしこまりました。クレープ、紅茶セット一つ!」
「クレープ、紅茶ですね、かしこまりました!」
バックに注文を伝え、手が空いた。手持無沙汰な様子が伝わったのか、保護者が話しかけてきた。
「先輩、ちょっといいですか」
「なんでしょうかお嬢様?」
「暇ですか?」
「暇ではありませんが」
少なくとも今は仕事中だ。
「え?もうすぐ休憩ですよね?」
「なぜ知ってる」
「それは……杉田先輩と石井先輩がそんなことを言ってました」
個人情報をなんだと思ってるんだあいつら。
「それがどうかなさいましたか?」
「それでですね、あの……」
保護者が言いよどむ。どうしたのか。
「あの……」
うん?あ。
「一緒に文化祭回りませんか!?……っていない!?」
「お待たせしました。クレープと紅茶のセットとなります。それで、先ほどの御用件はなんですか?」
危なかった。商品が完成しているのに提供しないで、冷ましてしまうところだった。気付いてよかったよ。
「…………」
「あれ、保護者さん?どうしてそんなに怒っているのかな?顔が怖いよ?」
黒いオーラが立ち上っているようにすら見える。怖くて逃げ出したいのに立場上逃げ出せない。拷問だ。
「……先輩、休憩に入ったら私のところまで来てください」
「はい」
即答してしまった。このオーラにだれが逆らえようか。俺まだ死にたくないし。
「……それならいいです」
「……ごゆっくりどうぞ」
……おかしいな。……喫茶店ってこんなに殺伐とした場所だっけ?