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魔人族の苦労  作者: トマト派の河童
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第4話 異世界の日常①

 「ギル!!もういい加減にしな!!!!」


 「やだ!!!らいばりゅ!!!!」


 「ああああぁぁあもう!!!!モーリス!モーリス!!」



 あ”-、また始まったか…

 俺は内心ため息をついた。今更どうしようもないことは既にわかっていた。なにせ二人の論争は息子が少し話せるようになってからすぐに始まったのだから。


 毎朝にぎやかな親子喧嘩が聞こえてくるなんて幸せだなどと言われることもあるが、全くの誤解だ。人並みの妻と息子の喧嘩なら微笑ましいだろうが、ここにいる女性はそこらの屈強な男どもより何倍も強く何十倍も考えなしの野郎だ。ちょっとした手違いで息子がこの世を去らないかと気が気でないのだ。


 今日も今日とて呼び出された俺は庭先へ向かう。少し癖っ毛な赤髪と真っ赤な瞳から強気な印象を受けるショートヘアの妻と、俺譲りの金髪と母親譲りの赤い瞳を持ったこれまた乱暴そうな気配のする息子は互いに睨み合っている。俺は毎朝この場を収める役だ。はぁ…



 「モーリス、何とか言ってやって!!!」


妻のマーサは俺の姿を確認するなりそう言った。


 「ギルったらライバルが欲しいライバルが欲しいってそればっかり!仕方なくペット候補をいろいろ連れてきてやったのに、泣きわめくばっかりで。仕方ないから全部殺したら、またライバルライバルって、あああああもう!!!!どこでライバルなんて言葉覚えてきたの!?!?!?!!!」


 冷静さを失って喚き散らしているマーサに、俺はできるだけ穏やかに話しかけた。


 「マーサ、落ち着け。ここにいるのはお前の息子でまだ三歳だ。いきなり凶暴な魔獣を連れて来られたら泣きたくもなるだろう。それにライバルはお前の武勇伝からきた言葉だ。ギルは悪くないよ。許してやれ」


 ここで、俺の役目はおしまい。マーサは怒ったまま家に入って行って、十分後にはいつもの彼女に戻っている。しかし今日は俺のフォローの仕方がよくなかったらしい。マーサを益々怒らせてしまった。


 「信じらんない。ギルを庇うの?恩を仇で返すこいつを庇うの?ありえない…いや、いいわ。モーリスがギルのライバルを連れてきなさい。それまで家には入れないわ。ギル。帰るわよ」


 マーサはギルバートと家に入っていった。



 やってしまった。マーサが淡々と怒るのはなかなか機嫌の直らない激怒の方だ。もうライバル候補を連れてくる以外に家に帰る方法はなさそうだ。くっそギルめ。ちゃっかり空気を読んで黙ってんじゃねぇよ!いつか稽古をつけられる歳になった時にけちょんけちょんにしてやるからな!!!

 

 


 丘を下り、街に入る。そこから大通りを西に進んで、街を出る。森の中の街道を歩いた先にある関所を超えれば「ゲミンス村」だ。駆け出し冒険者が昇級を目指すのに最適な弱小モンスターの出現率が高いため、通称「始まりの村」。そして、その住人のあまりの性格の悪さから「ゲス村」という別称も持ち合わせている。


 俺は関税を払って入場した。隣にはガイド役を引き連れている。こいつがいないと、ガイド役を雇うより高い罰金を求められるのだ。民族衣装を購入して着用した後、今度はお食事券を先払いで購入する。これらはこの村のルールだ。もうわかるだろう。この村が冒険者の落とした金でまわっているというのが「ゲス村」と呼ばれる所以である。

 俺は早速ガイド役を撒いた。ガイドを雇ったときに腕に着けるリボンを失くさなければ咎められることはない。非戦闘員などいるだけ邪魔なためいつもこうする。本当に面倒な村だ。


 しかし、いつの間にか森の最深部にまで足を踏み入れてしまったようだ。あまり周囲を確認しないまま森へ飛び込んでしまったからだろう。弱小モンスターしかいないと分かっているとつい気が緩んでしまってよくない。少し気を引き締め直してからペット探しを始めよう。急に出てきた魔物に驚いて勢いで殺してしまったら大変だ。慎重に行動して、背後から捕獲しよう!


 と、そんな風に目論んでいたら、何かと目が合った。


 しまった。

 対面してしまった。


 すぐに戦闘態勢で身構えたが、青い目の魔物は踵を返した。


 何かが引っ掛かった。何処かがおかしかった。そうだ。この辺りにいる弱小モンスターの思考は貧弱で、なりふり構わず突っ込んでくるような奴らばかりのはずだ。そう思うとあの目の青の色でさえ何とも異様な感じがしてくる。慌てて魔物の消えた方角へ走り、その後を追った。



 少し開けた場所に出た。木の陰に隠れて様子を窺う。


 まず、魔物だと思ったそいつは人間だった。ぼろ布を身にまとった汚い子供。薄汚れた髪が魔物っぽさを醸し出している。子供は面をつけると何かを祀るためのものらしい台の上に座して動かなくなった。静寂が訪れる。


 この子供なら俺が攫っても問題なさそうだが、警戒されては面倒だ。どうやって声を掛けようか考えていると後方から村の子供が三人ほどやってきた。


 好都合だ。

 息をひそめて観察を続けることにする。


 「おい!キジャ!今日はいいもん持ってきてやったぞ!」

 村も子が親しげに面の子の名前を呼んでいる。


 こんな身なりでも友達がいるのなら人攫いはやめた方がいいと思ったその時だ。「ほらよ」と一杯の茶を差し出すかのように木製の小槌が振り下ろされ、キジャと呼ばれた子供は地面に倒れこんだ。紅い色が広がって滲んでいく。それを見た子供らはケタケタと楽しそうに笑って満足げに帰って行った。


 好都合だ。

 こんなところにギルと同じくらいの小さな子供を置いていく気にはならない。連れて帰ってギルと一緒に育てよう。ギルも話し相手ができたら喜ぶだろう。


 子供を袋に詰めて森を出る。俺は何気ない様子を装いながら帰路に就いた。


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