第3話 死後の世界②
2日目
結衣はただ黙って下界を眺めていた。
否。
誰の言葉にも耳を貸さない無気力な兄を眺めていた。
「ずっとあぁなのか?」
背中から声を掛ける。
「いや、私が死んだせい」
結衣は振り返りもせずに応えた。
なるほど。
妹が死んで悲しんでいるらしい。
…わかりにくい
結局、結衣は昨日からたったの一度も兄から目を離すことはなかった。
到底理解できないが理解するつもりもない。
ただ、こんな兄を見て結衣が心変わりをしないか心配だ。
「これからはずっとあぁかもな」
今こんなことを言うのは我ながら意地悪だと思うが、現実は早いうちに突き付けておかねばならない。
「それはないと思う」
「ないとは言い切れない」
「うん、でも大丈夫」
「過信しているだけだ」
「大丈夫だよ」
「信じられんな。大抵の場合、大事な人を失った人間は…」
「死神さん」
ふいに呼ばれて言葉に詰まった。
結衣は続ける。
「7日間でお兄ちゃんが立ち直らなくても私は大丈夫だよ」
振り向くことはなかった。
ただ、無気力な兄をじっと見つめたまま。
それはまるで自分に言い聞かせるようで、居た堪れなかった。
3日目
兄妹は相変わらずで変化はない。
呼吸を続ける兄と眺め続ける妹は沈黙を貫いている。
大丈夫だというが大丈夫だろうか?
不安を拭いきれず、トトを捜しに行く。トトに相談しよう。
トトとは、神1010自らが私に呼ぶよう命じたあだ名だ。
トトはいつも同じ場所に居る。
主の部屋の前。
主が部屋から出てくることはなく、トトが部屋に入ることはない。
それでもいつも通りここに居た。
「人間放って何してんの?」
「え?それはトトも…」
「人間放って何してんの?」
「いや、別にサボってる訳じゃ…」
「人間放って、何してんの?」
「…トトに相談があって来た」
「そ、続けて」
「 」
「忙しいんだけど」
「…すまん。人間が例の魔人への転生を了承したんだが、」
「ふーん、ちゃんと説明したの?」
「一応したはずだけど…」
「そ、よくやったね。それで?まだ部屋にいるみたいだけど、上手く送れないの?」
「7日後の約束だから、あと5日は滞在するはずだ」
「ふーん、え?……はぁ⁉︎ あの何にもない部屋に猶予期間中ずっと居たいって?それで悪条件の魔人に転生?死神!お前、ついに詐欺に手を染めたのか!!!」
「なんでだよ!そんなわけないだろ?誰が詐欺で、何が遂にだ!!!」
「うん、まぁそうだよね。どんなカラクリ?」
「…下界を見せたら食い付いた」
「何それ?」
「さぁ?兄ばかり見てる」
「ふーん、そんなこと言って土壇場でやっぱやめるとかないの?」
「本人は大丈夫だって」
「あっそう。なら、いい」
「えぇー…もうちょっと心配してほしい」
「むーりー」
「いやでも一応お前の仕事だし…」
「はぁ?なんて?聞こえないけど?」
「……貴女様のお仕事なんですよ」
「じゃあ死神がやればいいね」
トトはいつも通り聞く耳を持つ気がないらしい。
「そうか、私の仕事だったのか…」
トトと別れて部屋に戻る。
兄妹は相変わらず。
トトも相変わらずだが、私もか。
4日目
何故かトトが部屋に居た。
いつも主の部屋の前でそうするように、黙って何もしないでいた。
霧林は気にも留めない。
気づいていないのかもしれない。
…なんだこれ
「おはよう」
返事はない。
「無気力兄さんに変化はあったか?」
返事はない。
「主のお側を離れてよかったのか?」
返事はない。
「なんなんだよ…」
何を話す気にもならず部屋を離れた。
一人で物思いに耽る。
もちろん悩みは解決しない。
1日の終わりに部屋を覗いてみたが、二人は沈黙を貫いたままだった。
本当になんだよ、もう。
5日目
二人が会話を始めていた。
「…ふーん、割といい兄じゃない?」
「やら?だからそう言っとるにー」
「あーでも結衣は本当にいい妹だね」
「ありがと、でも神ちゃんもいい神様しとると思うに?さっきの「恨むより慕え」ってのはマジ神っぽい!」
「当たり前でしょ?主が作ったんだから間違いないわ」
「ほんと、主さんが好きなんやね〜」
「好きとはちょっと違うけど、好きか嫌いかと聞かれれば好きかな〜」
何故か和気藹々といった雰囲気だ。
なんなんだよ…
霧林は兄を眺めながら、時折トトと目を合わせている。対応の違いを感じるが仕方ない。
「無気力兄さんに変化はあったか?」
一応声を掛けてみたが、
「死神。出る幕はないと思わなかったの?」
…とのお言葉をいただいたので退散する。
なんとも理不尽なことで
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「よかったの?」
結衣は死神がいた場所を見ている。
「元々私の仕事だよ?」
「それは知ってるけど…」
「それに、お手上げだって一昨日泣き付かれたからここに居るのに良いも悪いもないでしょ?」
「そうかな?」
「そうだよ」
「……死神さんはさ、きっと神ちゃんのこと好きなんやね」
「そう?」
「ふふっ…きっとそうやて」
結衣はそう言って微笑んだきり黙り込んだ。
少しだけ続く沈黙が心地いい。
こんな風に人間と話したのも、人間と過ごす時間を楽しんだのも随分と久しぶりな気がする。
そんな中、下界をじっと見据えた結衣は静かに口を開いた。
「もう行こっかなー」
「え、もう少し居てもいいよ?」
「ん〜…でもお兄ちゃん泣きながら土下座しとるもんで笑」
「そっか…」
「ごめんね」
「全然。むしろありがとう、お兄さんの土下座は実物だったよ笑」
「ふふっ、いいらー?格好いいやら?私にとってお兄ちゃんは神様なんやに!すっごく格好いい!まさか土下座するとは思わなんだけど笑」
「たしかに笑」
「…もう会えない?」
「うん、会えない」
「そっか……もし次に私の源に会った時はまたゆっくりお話ししてよ!そしたら絶対、この時間はまた思い出せる気するし!」
そう言って親指を立てるとドヤ顔でキメてくる。
「あはは、馬鹿じゃないの笑」
笑いながらひどく大きな扉を開く。
「向こう側へ」
「うん、行ってきます」
「ゆっくりしてくるといいよ」
あっさりと結衣は去り、扉も消えて、真っ白な空間は物寂しくなった。
「もう思い出すことなんてないのにね」
「あぁ」
呟くように紡いだ言葉は空気を伝う。
独り言のつもりだったのに死神は応えた。
「会えないってお兄さんにかと思った」
「トトにまた会いたいとはな」
「行ってきますだって」
「聞いてたよ」
「愚かだよね」
「あぁ、何も話さなかったトトがな」
「あれ?私?」
「そうだ」
「そうかな?」
「そうだ。次の仕事はやっておいてやるから、ゆっくりしているといい」
珍しく気遣ってくる死神に苦笑がこみ上げる。
空気を読む死神なんてらしくない。
「あーぁ、私も仕事しよっかな笑」
「?…そうか、連れてくる」
死神が消えたのを確認してから下界に向き合う。
結衣の生まれ変わりはいつ何処で生まれるか分からない。
探せるだろうか?
見つからないかもしれない。
いや、きっと見つけられない。
でも探したいと思った。
「確か魔人だったっけ?男になってればいいけど笑」
少しだけ心が踊る。
見つかるとは思わないのに、絶望は皆無なことに驚く。
もしかすると少し期待しているのかもしれない。
見つからないはずなのに、見つけられるような気がする。
見つけられるはずがないのに。
自然と口角が上がるのを自覚した。




