3、初体験
3、初体験
レンガ造りの校門が見える。
両脇には、磨りガラスがはまった警備員室のような建物があり、歴史を感じさせる趣だ。 さすが、私学の名門高。 校門から校内に入っていく生徒たちの顔も、どことなく知性的・理性的である。
( こんな名門に、この僕が登校すんのか・・・ )
何か、ヘンな気分だ。 怪しげなクラウンで送られて来ているのも、尚更、その心境に拍車を掛けている。
「 どけ、田中! 轢くぞ 」
サブが、知人らしき生徒に、クラクションを鳴らす。
< ファアァァ~~~~~~~・・ン~~~~~・・・ >
見事な、アメリカンホーン。 ヤンキー、乗ってますよ~、と言わんばかりの逸品ホーンである。
サブは校門の真ん前に、前輪をこれでもか、というくらいにギシッとひねって、怪しげクラウンを横付けした。
・・・すんげえ、目立つ。 ここで降りろってか? おい。 注目度、激ヤバくらいあるぞ? もうちょっとアッチの目立たないトコで、こじんまりと降りないか? なあ、サブ君や・・・?
僕の希望など、皆目気付かないサブは、運転席から降りると後部座席のドアを、うやうやしく開けた。
「 お疲れ様です、会頭 」
朝イチから、お疲れ様だなんて言うな。 会社員か、お前は。
・・・ここは1つ、覚悟を決めねばなるまい。 なんてったって僕は、泣く子も黙る鬼龍会の会頭、星野 みちる、その人なのだ。 中身は全然、違うケド・・・
開けられたドアから足を出し、凛と校門前に立つ。 一斉に、他の生徒たちの視線が注がれた。 ざわざわ、ひそひそと、ささやき合っている彼らの声が聞こえる。
「 ・・星川だ。 星川が、登校して来たぞ・・! 」
「 今日、授業後に会議があるんだろ? 仙道寺とは、コトを構えるのかな・・? 」
「 みちるさん・・ 頼りになる人だったケド・・ 仙道寺が相手じゃ、これが見納めになるんじゃないかしら 」
「 ウワサじゃ、海南高校も、仙道寺の傘下に入ったらしいわよ・・! 」
「 試験も近いのに、これじゃ、安心して勉強も出来ないわねえ 」
・・・おい、そんなにヤバイのか? 誰だ? これが見納めだ、なんちゅうコト言ってんのは・・・! 縁起でもない。 ヤだからな、僕は。 ヤバくなったら、早々に、立ち去らせて頂く。 それに・・ 何で星野が、星川( 僕 )になってんの? ・・・人形による、完璧な記憶操作か・・・! どうやって、記憶を、すり替えるのだろう? サブリミナルでも、駆使するのかな?
サブからカバンを受け取ると、僕は、校門に足を踏み入れた。
校庭へと入る。
う~ん、さすが名門。 僕の通っていた学校とは、比べものにならないほどキレイだ。 体育館と武道場があり、その向こうの建物の入り口には『 プール 』とある。 屋内プール完備とは、贅沢な。 ガラスが曇っている情況から見て、温水なのだろう。 至れり尽せりだな。
・・・さて、困った。 教室が分からんぞ? 制服の学年章には、3―Aとあるが、どこだ?
迷っていると、前方の校舎から1人の女生徒が出て来た。 僕に、近付いて来る。
( コイツは、知ってるぞ・・! 鬼龍会 次長の、朝倉 美智子だ・・・! )
星野の右腕と言われる才女だ。 親父さんが都議会議員で、母親は有名な教育評論家。その娘である美智子は、同人誌の世界では名が知られており、学生集会で演説している姿を、何度か見た事がある。 身長は、165センチくらい。 左に分けた髪をヘアピンで留め、メガネを掛けている。
朝倉は、僕の所へ来ると、お辞儀をして言った。
「 おはようございます、会頭。 朝から、一騒動あったようですね・・ 鬼頭から、連絡がありました 」
ここで、ナニか、言わねばなるまい。
僕は、動揺を悟られないように、落ち着いた口調で答えた。
「 連中も必死のようだ。 気にするな・・・ 」
「 はい 」
朝倉が、当たり前の言葉を待っていたかのように、躊躇なく答える。 さすが、朝倉。 キモが座ってんな、お前。
朝倉が続けた。
「 校内は、安全かと思いますが・・・ 念の為、私が、教室までお供させて頂きます 」
おう。 そうして下さい。 是非、お願いします。
朝倉は、『 こちらへ 』というような目配りをすると、先に立って歩き出した。
各クラスのクツ入れの所へ来ると、朝倉が言った。
「 お待ち下さい 」
朝倉は、1つのクツ入れを用心深く開けた。 どうやら、星野のクツ入れらしい。 時限爆弾でも仕掛けられてるんか? 物騒だな。
( 朝のお迎えと言い、朝倉の行動と言い・・ 何で、そんなに、過敏になってるんだ? 校内に、スパイか、工作員でもいそうな雰囲気じゃないか・・・ )
何も異変が無いと判断した朝倉が、上履きを出す。 それを履いて、廊下を進んだ。
廊下で、すれ違う他の生徒たちは、朝倉と僕が歩いているのを見て、皆、一瞬、引いた。 中には、朝倉に、話し掛けて来る生徒もいたが、それも、かなり言葉を選んで話している。 鬼龍会は、この学校の者にとって、特別な存在なのだろう。 僕にとっては、ヤンキーと、さほど変わらないイメージなのだが・・・
3―Aの教室に着いた。
教室の入り口で、朝倉が、またお辞儀をしながら言った。
「 会頭。 風紀員局 局長の芹沢が、何人か、部員を会頭のクラスに入り込ませて護衛に当たらせております。 学年主任の先生には、話しが通っていますから、お気使いなく 」
・・・ナンじゃ、そら。 お前さんらの一言で、教師は、言いなりかよ。 凄え発言力だな。 保護者会より、強いんじゃないのか?
局長の芹沢って・・・ 親衛隊の隊長みたいなヤツの事だろ? 怖え~女らしいじゃないか。 朝倉の、直属部下ってウワサだ。 聞いた事があるぞ。
・・しかし、何でそんなに、身が危ないんだ? 仙道寺の傘下に、加わるとかナンとかいう、アレの関係か? 単なる、勢力争いだろ? こんな、CIAの証人保護プロジェクトみたいなコト、大げさなんじゃないか? まあ、守ってくれるってのは助かるがな・・・
授業が始まった。
さすが名門だ。 チンプンカンプンである。 いっこも分からん。 君たち、こんなムズい勉強して、将来、何の役に立てようってワケ? 自営して、結構、儲けている親戚のオジさんが言ってたけど、社会に出て通用するのは、モノの考え方だ、って言ってたよ? 実務的には、『 算数 』だけで充分だってさ。
しかし、鬼龍会の会頭たるものが、授業中に居眠りするのはイメージダウンだ。 さすがに先生は、僕を恐れてか、授業中に指す事は無かったので、とりあえず僕は腕組みをしながら、じっと先生の『 異次元のお経 』を聞いていた。
( あの、クソ人形。 ちゃんと、原因を追求してるだろうな・・? いつになったら、元に戻れるんだ? 戻るのに失敗して、外人になっちゃったら、どうしてくれよう・・・! )
段々と、ムカついて来た。
( ナンで僕が、こんな目に遭わにゃならんのだ・・! だいたい、ナンで実験台が僕、なんだよ! )
いつの間にか僕は、物凄い形相になっていたらしく、目が合った先生は、慌てて視線を反らした。
( 家で、消えたっきり、何にも連絡も無いのも失礼じゃないか! 精神的苦痛は、計り知れないぞ? 慰謝料、ふんだくってやる。 相当の見返りが無い事には、納得出来ん・・・! )
拳を机の上で握り、わなわなと震わす、僕。
また、先生と目が合った。
「 ・・・あ・・ あのう~・・ 星川クン・・・? 先生、何か・・ 気に触るコト、言ったかな・・・? 」
真面目そうな顔をした先生は、恐る恐る、僕に尋ねた。 教室のあちこちで、ガタン、ゴトン・・ と、イスを鳴らし、数人の男女が立ち上がる。 例の、芹沢からの勅命を受けている親衛隊の潜入部員たちらしい。 早まるな、お前ら。
僕は言った。
「 すみません。 考え事をしてました。 授業を、続けて下さい 」
授業中に考え事とは、いささか、おかしな言い訳だが、先生はホッとして、お経の続きを始めた。 いつの間にか、立ち上がっていた数人も着席している。
・・・ブキミな、やつらだ。
3時間目の放課後、恐れていた事態が、発生した。
・・・尿意である。
無く子も黙る鬼龍会 会頭の星野でも、人間なのだ。 トイレにだって行く。 今、その自然の摂理が、僕の意思を無視し( 当たり前 )、朝から経験した、幾多の危機以上の試練を超越する勢いで、僕に襲い掛かって来たのだ。 まさか、失禁するワケにはいかない。 我慢して尿毒症になったら、体が、めでたく元に戻った時に、星野に申しわけが無い。
僕は、トイレに行った。
いつものクセで、男子トイレに入りそうになった。 イカン、イカン・・・!
キレイなトイレだ。 汚れ1つ無い。 僕が通っていた学校のトイレは、ここに比べたら、水洗とボットン式くらいの格差がある。 特に、個室の中なんぞは、ヒワイなセリフが添えられた低俗なイラストがペイントされ、中には、ご丁寧に、着色まで施されている『 作品 』まであった。 落書きの返事を、その下に書き、更にその返信を下に書き、またその批評を、下に列挙する。 BBSか、無期限リアルタイムのチャットみたいだ。 また、それを読んで、その横に挿絵を投稿する輩もおり、まさに、瞑想メモリアルパークの様相を呈していた。
幸い、トイレには、誰もいなかった。
・・・いた。 人形が・・・!
「 やあ、星川君。 久し振りだね! 元気にしておるかね? 」
・・・殺すぞ、お前。 4時間ほど前に、会っただろうが?
人形は言った。
「 いやあ~、どうしているか、心配になってね 」
そんでもって、トイレに視察か? 僕は、これから、一世一代のアブない作業をするのだ。 手元が狂って、触っちまったらどうすんだよ・・・! かすみに、顔向け出来なくなるじゃねえか! いいから、あっち行け!
僕は、我慢出来なくなって来た尿意に、声を震わせながら言った。
「 ・・い、今、大変なんだ・・・! あとでな。 な? 」
にこやかに答える、人形。
「 そんなこと言って、ホントは、私と遊びたいのだろう? 」
・・・ドコから、そんな発想が出て来る? はよ、消えい。 頭、ひねりちぎったるぞ!
その時、ドアを開けて、数人の女生徒が入って来て言った。
「 会頭・・! 誰か、男のような声が聞こえましたがっ・・? 」
例の、親衛隊の連中だ。 人形サバラスは、消えていた。
何事も無かったように、僕は答えた。
「 私以外、誰もいないが? 」
「 ・・失礼致しました・・ 」
トイレ内を見渡し、ドアを閉めて、女生徒たちは出て行った。
次の瞬間、速攻で個室に入り、有無を言わず制服のスカートをたくし上げる。 白いパンツが、視界に飛び込んで来た。
「 ・・うわっ・・! 」
思わず、小さく驚く僕。
( ええい、緊急事態だっ! 許せ、星野。 僕を信用せえ・・! )
パンツに手を掛け、一気に降ろすと同時にしゃがみこみ、用を足す。
・・・ああ、この満ち足りた開放感・・・!
まさに、危機一髪だ。 ふと見ると、ペーパーホルダーに、ちょこんと腰を掛けたサバラスがいた。
「 ・・・・・ 」
僕は、サバラスを摘み上げると、窓を開け、そのまま外に放り出した。 レディーに対する対応が、なっとらん。 ・・いや、それ以前の問題でもある。 ちなみに、放り出した窓の外は3階だが、大した事態にはなるまい。
安堵のうちに用を足し終えた僕は、ペーパー1本分を、感触が分からなくなるくらい、手にグルグル巻きにした。
一度、深呼吸し、心を落ち着かせる。
( ナニも考えるな・・! ナニも考えるなよ・・・? コイツで、サッと、ひと拭きするだけだ。 簡単なコトじゃないか )
視線を下げると、制服のスカートの端から白いパンツが見え隠れしている。
( うわっ・・・! 見るな、見るな、見るなっ! 手元が狂う! )
僕は、個室の正面の仕切り壁をじっと見つめながら、ぐるぐる巻きのペーパーでギプスのようになった手を、そっと股間の間に入れた。
( ・・この辺・・ だろう。 多分 )
僕は、意を決すると、再び深呼吸し、「 はいっ 」 という掛け声と共に、一気に股間を拭き上げた。
・・・成功だっ! 多分、完璧に職務を遂行したと思われる。
大きなため息と共に、安堵感を味わう、僕。
・・・かすみ、感触は無かったよ? 許してね・・・!