表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エクスカリバーが交差点の真ん中にささってるんだが…  作者: 源三郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/20

第15章 仲間じゃない日

大河を喪い、町は目に見えて欠けはじめました。人が消え、その人がいた記憶ごと、向こうへ持っていかれていく。

悲しみは、人を不器用にします。今回は、玄弥たちの絆が、いちばん深いところで一度ほどけてしまう、転の底の章です。



 大河のランドセルは、玄弥の部屋の隅に、置いたままになっていた。


 返しに行けなかった。大河の家のインターホンを、何度も押そうとして、押せなかった。お子さんは、星を見に、別の世界へ行きました――そんな説明を、信じてもらえるはずがない。信じてもらえたとして、それは、慰めには、ならない。


 あれから、町は、目に見えて、おかしくなっていた。


 商店街の角の、古い時計屋が、半分だけ、薄くなっていた。建物はある。看板もある。けれど、店主の顔を、誰も思い出せない。「あそこ、前から空き店舗だったよね」と、近所の人が言う。違う。先週まで、時計を直してくれる、おじいさんがいた。なのに、誰も、覚えていない。玄弥たちだけが、覚えていた。


 町が、欠けていく。人ごと、記憶ごと、向こうへ、持っていかれていく。


 その夜、玄弥たちは、宮下さんの店の奥に集まった。誰からともなく、集まってしまった、という感じだった。


「伊豆の、ほかの町でも、同じことが起きてます」


 灯里が、ノートを広げた。けれど、その声には、いつもの早口の熱が、なかった。


「沼津でも、修善寺でも。人が消えて、記憶ごと、薄くなる。……たぶん、三島だけの問題じゃ、ないんです。伊豆ぜんぶが、向こうと、入れ替わりかけてる」


「で、大河は」


 玄弥が、聞いた。声が、自分でも驚くほど、低かった。


「大河を、戻す方法は」


 灯里が、うつむいた。


「……まだ、分かりません」


「いつ、分かる」


「玄弥」


 澪が、止めようとした。玄弥は、止まらなかった。


「灯里。連れ戻せるって、言ったよな。あの時。連れ戻せるって」


「……言いました」


「じゃあ、方法は」


「玄弥!」


 澪の声が、鋭くなる。玄弥は、ようやく、自分が、何をしているのかに気づいた。灯里は、泣きそうな顔で、ノートを握りしめていた。彼女だって、寝ずに、調べていた。それを、玄弥は、責めていた。八つ当たりだった。


「……ごめん」


 玄弥は、それだけ言って、立ち上がった。


「ごめん。俺、もう、誰かと一緒にいないほうがいい」


「何、言ってんの」


「俺がいると、迷う。聞くか斬るか、迷って、足が止まる。そのたびに、誰かが、向こうに行く。大河みたいに。次は、灯里か、凪人か、澪かもしれない」


 玄弥は、自分の右手を見た。あの日から、ずっと、冷たいままの手。


「だから、一人でやる。剣のことも、向こうへ渡る方法も、ぜんぶ、一人で。そうすれば、もう、誰も――」


「ふざけんな」


 澪だった。


 立ち上がって、玄弥の胸ぐらを、つかんでいた。


「一人でやる? かっこいいこと言って、要するに、逃げてるだけでしょ。私たちに、玄弥が壊れていくのを、黙って見てろって言うの? それ、優しさじゃない。ただの、自分勝手」


「……澪には、分からない」


 言ってしまってから、玄弥は、しまった、と思った。けれど、もう、遅かった。


 澪の手が、ゆっくりと、玄弥の胸ぐらから、離れた。


「そう。分からないよ。玄弥が、何も言わないんだから」


 澪は、そう言って、店を出ていった。引き止める言葉を、玄弥は、持っていなかった。


 残された店の中で、凪人が、ぽつりと言った。


「……おれ、もっと早く、描けてれば」


「凪人」


「大河くんの裂け目。もっと早く、感じてれば。間に合った。やっぱり、おれの絵なんて、間に合わないんだ。誰の、役にも――」


「それは、違う」


 アヴァロンが、初めて、口を開いた。けれど、その声もまた、いつもの芯を、失っていた。


「役に立たなかったのは、私です。釣り合いを、押さえられなかった。……私は、守る者の一族でありながら、また、一人、守れなかった」


 誰も、何も言わなかった。


 慰めの言葉を、誰も、持っていなかった。みんな、自分のことで、精一杯だった。グリーフは、人を、こんなにも、不器用にする。


 その夜、玄弥は、一人で、三島大社前の交差点に立った。


 エクスカリバーは、いつも通り、車道の真ん中に、刺さっていた。街灯の明かりが、銀色の刃を、ぼんやりと照らしている。深夜の交差点に、人影は、なかった。


 玄弥は、その剣を、長いあいだ、見ていた。


『眠れぬのか』


 声がした。耳の奥ではなく、すぐ目の前から。剣の刃が、淡く、光っている。エクスカリバーの意識――エクスが、目を覚ましていた。


「……お前のせいだ」


 玄弥は、八つ当たりだと知りながら、言った。


「お前が、こんなところに刺さらなければ。俺に、変な力をくれなければ。大河は、消えなかった。町も、欠けなかった。澪とも、ケンカ、しなかった」


『そうかもしれぬ』


 エクスの声は、古い物語を語る、語り部のようだった。現代の言葉を、半分しか知らない、けれど、人の痛みだけは、よく知っている、そんな声。


『だが、玄弥よ。一つだけ、問おう。ずっと、お前に問うてきたことだ』


 刃の光が、玄弥を、まっすぐに射た。


『汝、何を守る』


 玄弥は、答えられなかった。


 町を、と言いかけて、その町が、欠けていくのを、止められなかったことを思い出す。仲間を、と言いかけて、その仲間を、自分から、突き放したことを思い出す。澪を、と言いかけて――澪に「分からない」と言ったのが、自分だったことを、思い出す。


 守りたいものなら、たくさん、あった。なのに、その全部を、玄弥は、今日、自分の手で、取りこぼしていた。


「……分からない」


 玄弥は、地面に、座り込んだ。


「何を守ればいいのか。聞けばいいのか、斬ればいいのか。一人でやればいいのか、誰かと、いればいいのか。……何も、分からない」


 エクスは、しばらく、黙っていた。


『よい』


 やがて、そう言った。


『分からぬ、と言えたなら、よい。分かったふりをして剣を振るう者を、私は、長く、見てきた。あの、影の騎士のようにな』


 玄弥は、顔を上げた。


『汝が答えを持たぬことを、恥じるな。答えは、一人で出すものではない。……それも、汝は、もう、知っているはずだ』


 その夜、玄弥は、結局、一睡もできなかった。


 ただ、ひとつだけ、引っかかっていることがあった。町から、これだけ人が消えているのに、玄弥自身は、一度も、向こうへ引き込まれかけたことが、ない。そして――澪も。あれだけ、境界のそばにいて、二人だけが、欠けない。


 なぜ、自分たちだけが、残るのか。


 その問いの意味を、玄弥は、まだ、知らなかった。知らないまま、夜が、明けていく。


 仲間が、バラバラになった、その朝を。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

「一人でやる」と仲間を遠ざけた玄弥は、それを優しさのつもりでいました。けれど澪に「逃げてるだけ」と言い当てられ、つい「澪には分からない」と返してしまう。何も言わない玄弥に、澪は「分からないよ、玄弥が何も言わないんだから」と背を向けました。凪人は「間に合わない絵」に逆戻りし、アヴァロンは「また一人、守れなかった」と沈む。誰も、慰めの言葉を持っていませんでした。

一人になった玄弥に、聖剣の意識エクスが初めて深く語りかけます。「汝、何を守る」。玄弥は答えられません。守りたいものは全部、今日、自分の手で取りこぼしてしまったから。けれどエクスは言います。「分からぬ、と言えたなら、よい。答えは、一人で出すものではない」と。

そして最後に、ひとつの不穏。これだけ人が消えても、玄弥と――澪だけが、欠けない。なぜ二人だけが残るのか。その謎が、静かに芽を出します。

次章では、バラバラになった仲間たちが、それでももう一度、隣に立つことを選びます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ここまで読んでくださりありがとうございます!
玄弥たちが向き合うのは、倒すだけでは終わらない怪物たち。
少しでも「面白い」「続きが気になる」「この町を見届けたい」と思っていただけましたら、
ページ下部の評価・ブックマークで応援していただけると嬉しいです。

目次へ戻る 感想を書く レビューで応援
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ