表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
父娘の和菓子屋、バズらせ計画  作者: 小田原 純


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/4

第4話 正しいだけじゃ、届かない

朝から、店の空気はどこか張っていた。


理由は分かっている。


「本日、再度ご提案に伺います」


——昨夜、そんな丁寧すぎるメッセージが和也から届いていたからだ。


私は店先の暖簾を整えながら、小さくため息をつく。


「……懲りないなあ、あの人」


奥では父が黙々と栗を裏ごししている。


「追い返す?」


軽く聞いてみると、父は鼻を鳴らした。


「好きにしろ」


つまり、“お前に任せる”ということだ。


昔からこの人はそうだった。


言葉は少ないくせに、変なところでこちらを信じている。


それが少しだけ、くすぐったい。


昼過ぎ。


カラン、と引き戸が鳴る。


「失礼します」


現れたのは、やっぱりスーツ姿の西園寺和也だった。


今日は前回よりさらにきっちりしている。


髪も整っているし、資料の入ったバッグまで妙に四角い。


(気合い入ってるなあ……)


和也は店に入るなり、深々と頭を下げた。


「本日は、お時間をいただきありがとうございます」


「どうぞ」


私は半分諦めながら座敷へ通した。


父は腕を組んだまま、無言で座っている。


その時点で空気はだいぶ重い。


でも和也は気づいていないのか、資料を机に広げ始めた。


「まず、現状分析ですが——」


出てきたのは、グラフや数字が並んだ紙だった。


「この地域は観光客数自体は減っていません。ただ、滞在時間が短い」


父、無反応。


「つまり、“立ち寄る理由”を作る必要があります」


ページをめくる。


「店舗導線の改善、外観の視認性向上、SNSと連動したキャンペーン——」


「……お前」


低い声。


父だった。


「店じゃなく、紙しか見てねえな」


空気が、一気に冷える。


和也が言葉を詰まらせた。


「い、いえ、私は——」


「数字並べりゃ人が来るなら、誰も苦労しねえ」


父はそう言って立ち上がる。


「悪いが帰れ」


「待って、お父さん」


私は慌てて止めた。


確かに言い方はアレだけど、和也の言ってること自体は間違ってない。


……むしろ、よく分かる。


分かってしまう。


その瞬間だった。


ふと、頭の奥に別の光景がよみがえる。


薄暗いオフィス。


モニターの光だけが、深夜のフロアを照らしていた。


「米澤さん、このバナー修正お願い」


「あとLPのデザイン差し替え」


「クライアントから戻し来てるんで」


机の上には、コンビニのコーヒー。


冷え切っていた。


私は無言でマウスを動かし続ける。


クリック。修正。保存。


クリック。修正。保存。


終わらない。


ようやく仕上げたデザインも、


『CV低いので別案ください』


その一言で消えていく。


「感情じゃなく数字見て」


上司はいつもそう言っていた。


正しい。


すごく正しい。


でも。


(……誰のために作ってるんだろ)


ある日、モニターを見つめながら、ふと思った。


商品の向こうにいるはずの“人”が、どこにも見えなかった。


ただ数字だけが並んでいる。


PV。CTR。CVR。


画面の中の数字ばかり追いかけて、


気づけば、自分が何を作りたかったのかも分からなくなっていた。


「円さん?」


和也の声で、現実に引き戻される。


気づけば、私は黙り込んでいた。


「……ねえ」


自分でも驚くくらい静かな声が出た。


「正しいだけじゃ、人って動かないよ」


和也が目を見開く。


父も、少しだけこちらを見る。


「え……?」


「導線とか分析とか、大事なの分かる」


私はゆっくり続けた。


「でも、“この店好きだな”とか、“また来たいな”とか——そういうのって、数字だけじゃ作れない」


和也は黙っていた。


私は苦笑する。


「私、昔それで失敗したから」


「……失敗?」


「うん」


少しだけ視線を落とす。


「東京でWEBデザイナーやってたんだけどさ」


夜中のオフィス。


鳴り続ける通知。


削られていく感覚。


「作るの、好きだったのに」


ぽつりと漏れる。


「いつの間にか、“数字出すための作業”になってた」


和也の表情が、少しだけ変わった。


初めて、“店の娘”じゃなく、


一人の人間として見た顔だった。


沈黙。


その空気を破ったのは、父だった。


「……好きなもん作れなくなると、人間しんどい」


ぶっきらぼうに、それだけ言う。


でもその言葉は、不思議なくらい胸に落ちた。


父は立ち上がる。


「茶、淹れる」


短く言って、奥へ消えた。


残された私たちは、しばらく何も言えなかった。


やがて和也が、小さく呟く。


「……僕は」


その声は、前より少しだけ弱かった。


「ちゃんと、“店”を見れていたんでしょうか」


私は答えなかった。


でも。


たぶんこの人は今、初めて“見始めた”んだと思う。


その日の夕方。


私は店先の写真を撮っていた。


夕日に照らされた暖簾が、やけに綺麗に見える。


そこへ、商店街の小さな雑貨屋のおばあちゃんが通りかかった。


「あら円ちゃん、帰ってきてたのねえ」


「こんにちは」


「SNS見たわよ」


私は目を丸くした。


「えっ」


「お店の写真、素敵だった」


おばあちゃんは笑う。


「なんだか、またこの通り歩きたくなっちゃった」


その言葉に、胸がじんわり熱くなる。


“また来たい”。


それはきっと、数字じゃ測れない。


でも——


確かに、人を動かすものだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ