67.聖女は初めて戦闘をしたの
「アリス……」
ああ、もう、私への高感度はダダ下がりですね。でもナースなんてほぼどSですから。健診で妊婦さんが「ケーキがやめられない」とか「毎日ケンタ食べちゃう~」とか血圧測りながら告解してくると、私に怒られたいのかなとか思っちゃう。面白いけど。
しかし、目下、問題はゾンビだ。
しかもジャンプしてくる。え、ジャンプは反則でしょ。頭上に振ってくる肉片やめて! 汚物には慣れていても自分には降りかかって欲しくない。
「とう!」
アリスは逃げながら鞭をふるう。当然ジャンプしたブランブランには当たらない。その後ろに控えたレジーがクレイモアでけさぎりにする。
「アリス、俺は君の補佐をするよ」
レジーさんの言葉にありがたいけど、いやいや、私共闘したことないから。背を合わせてとか、逃したのを倒してくれるとか。テニスのダブルスじゃないし。
「私、レジーさんのどこにいたらいいですか? 鞭がどう動くか行方がわからないの」
だって、鞭ってしなるんだもの。全然方向がわからないよ。共闘より、後ろにかばって。変身したのはコスプレと思って。
「君がどう攻撃しようと、俺は君が残したものを逃さない」
その隙にもクレイモアでブランブランを彼は切りつけ、そのたびに灰に変えていく。ねえ、これって私いないほうが。
「君がいるだけで心強いよ」
その甘い言葉、疑いかけてすみません。でも……まだ。信じ切れない。
でも倒さなきゃいけないのは彼の家族だ。誰が誰かわからないけど。アリスは鞭を握り締める。
ブランブランがどんどんジャンプしてくるので、アリスはとりあえず鞭を振るう、肩をかすめたり、顔をかすめたり、そのたびにブランブランは砂になり消えていく。
でもでもでも、鞭ってむずかしい。鞭の先って意外に思う先にいかないのよ。修行の時間が欲しい。というか、変身アニメものなら必殺技があるよね!
ミニスカナースで仁王立ちして、モグラたたきのように鞭をしならせて当てていく。病院でスカートが流行らなくなったのは、動きにくいから。患者のベッドに載って移動させるなど労働が多くてパンツスタイルになった。
けれど今、私は仁王立ちでパンティちらりで戦闘している。
え、パンツどうしているの? そう言えば、ブラは?
確か私、レオタードだったよね。
……なんかこう……スースーするんですけど、お尻。胸は服に直接あたるんですけど、え。まさか、と自分のお胸を見下ろせば、動きが鈍くなり飛び込んできたブランブランが視界をさえぎる。
「アリス!!」
その前にレジーさんが庇うように飛び込んできて、ブランブランを切りつける。ぐわあああと言って、それが倒れる。途端に、全てのブランブランが灰となり崩れる。
「レジーさん……」
「終わった、な」
空が白み始めている。城のバルコニーから見る朝焼けは美しく、私の身体には、血液や肉の断片、体液らしきものが飛び散っていた。ナース服なら全然平気、べつに私服じゃないもん。
医療者はそんなところがある、汚れた服は更衣室のクリーニングの籠に入れて、自分は汚れた腕や顔を洗っておしまい。家に帰ればシャワー直行。て。
クリーニング屋さん……ない。
振り向いたレジーさんが私の顔にへばりついた肉片を指で拭ってくれた。
「今のは、なんで……」
「俺の妹だよ。ボスを倒したら終わりみたいだな」
妹がボス……。ていうか、全く他のブランブランと違いがわからなかったけど、家族にはわかるんですね。
「城が滅びたのは彼女が、魔王軍を……手引きしていたんだ。それで皆が死んだ。その理由は永遠にわからない」
「……」
(あれ? 病気で死んだのでは?)
「亡くなられた、後に……?」
「死後の世界で寂しかったのかもしれない。悪いことをした」
アリスは後悔の沼に沈み来んで行きそうなレジーの腕を掴んだ。
「寂しかったとしても、彼女はこんな風に蘇りたくはなかったはず。だって自分たちもそうなりたいですか!? 解放してあげてよかったんです、だからレジーさんはそう思ってください、せっかく助けたのに後悔に取り込まれないで!」
レジーはアリスをじっと見て手を外させ、代わりに彼の両手で包み込んでくる。
何と答えたらいいのだろう。
「本当に素敵な衣装だ、ありがとう」
いえ。むちむちコスプレでこんなのが好みと言われたら、あなたの見る目を疑います。レオタードとどっちがいいの?
「地下にはまだ装備や旅に必要になりそうなものが残っていると思う。見に行こう」




