65.聖女は電話を受けるの
目の前にいるブランブランは全くその面影がない。さすがに絶句する、じりじりと二人で下がり、もうバルコニーに背をあずけて逃げ場がないのに、彼らはゆっくり進んでくる。
「あの、先に聞いておきますが、彼らに捕まるとどうなりますか?」
「同じブランブランになる……」
「……」
わあ。よくある設定。ミイラ取りがミイラ。ゾンビに捕まるとゾンビ、吸血鬼に捕まると吸血鬼。
「これも繰り返している。夜会の最中に魔王軍が差し向けた魔導師によって、国の者達はブランブランにされた。そして彼らは毎回繰り返す、夜会をして花火が上がる頃火事になりブランブランになる。そして朝が来ると城には誰もいなくなり……」
アリスは、クレイモアで牽制するレジーの腕を押さえた。
「この悪循環を聖女に断ち切って欲しいのですね」
レジーさんは彼らの魂の解放を願っている。だからアリスに頼んだのだ、『すまない、済まない』と何度も言いながら。
「いや、ちがう」
と思ったら、彼は熱で揺れる金髪を頬に張りつけながら美しいかんばせを振る。
「ちがう?」
「アリス、すまない」
彼はアリスを羽交い絞めにして、ブランブランと対峙させる。ちょっと待ち。
「聖女を火にくべれば、ブランブランから解放されると魔王が言うんだ」
「ちょい、待って!」
魔王が言った、って。魔王が言ったって。魔王からなんで聞いてるの?
「レジーさんは安全枠ですよね!?」
変態でもなく、裏切り者でもなかったのに。そう信じていたのに、信じていたかったのに。
「……」
「レジーさん、レジーさん!!」
ぎゅっと抱きしめる彼の力は、逃がさないというよりも何かの思いを込めているかのよう、そう思いたい。愛だこれは、そう信じたい!!
時計塔の時計が熱で壊れ、狂ったように針が回る、反対側の塔が崩れ、鐘が落ちる際に鈍い音を立て転がっていく。ブランブランがアリスの鼻先へと手を伸ばしている。
「目を覚ましなさい、レジナルド!!」
そう叫んだ途端に、懐からいきなりりりりりりん、と音がしてアリスの身体が発光する、は、ナニコレ。電車の中でスマホの電話がなったような決まづい音だ。
レジーの手が緩んで、うぉおおおと叫び、うずくまる。
慌ててブランブランを横蹴り、さらに回し蹴りを入れてレジーを振り向く。
まだ光に苦悶する彼、しかしアリスの胸元からは電話が鳴っていた。なんだよ、いっそがしい。定位置の胸の谷間からワンダラホンを取り出して画面表示を見ると、発信相手は『聖王』。
「え、聖王って誰?」
悪戯? 普通は怪しい電話は出ないよね、でも登録されているってことは本物? とりあえず普通のスマホと同じように通話マークを押して、恐る恐る耳に当てる。
ブランブランはアリスの身体から出る光で近づけない。なんかこわっ。
『この通話は、品質向上のために録音されています』
「……」
私が貰った電話なんですけど。
『変身する場合は1を、変身しない場合は2を、もう一度お聞きする場合は7を押してください』
「え」
ちょい待って。さっきからもうわけがわからないよ。聖王さん、私を変身させようとさせてんのかよ。
「ちょっと、ちょっと聖王さん!?」
『変身する場合は――』
また繰り返しだ! レジーが顔をあげて、ゆるゆるとクレイモアを握り締め立ち上がる。今度はアリスではなく、ブランブランの方を見ている。
「ごめん、アリス。もう俺は迷わない」
「いや、えーと。その」
「皆を切るよ、そして終わらせる」
「待って!!」




