再会
レシートの裏に書いてあった住所は、大きくもないが小奇麗なアパート。ここの一室で、華奈多さんは一人暮らしをしているようだ。日を改めたはいいものの、先日の失敗を思い出しアパートの前で足が止まってしまう。
「家に押し掛けたところで、話してくれるかな……本当に何も知らない可能性はあるし…………っていうか今の時間いるのかな……。」
「家守さん?」
ブツブツ言いながら悩んでいると、名前を呼ばれて肩が跳ね上がった。驚いて振り向くと、青ざめた顔の華奈多さんと見覚えのある男の人。
「………………やっぱり、アナタだったんだ。」
華奈多さんの隣にいたのは、米代走地さんその人だった。ほぼ確信していたが、彼女の脱出を手助けしたのは彼で正解なのだろう。
「どうして君が、ここに?」
「どうしてもなにも、士くんのことで聞きたいことがあるから岸辺華奈多さんにお話を伺いに来たんですよ。」
「峰内士が……殺された、っていう話かい?」
「知ってましたか。」
組織は必死に隠しているとのことだけど、全くどこにも漏れないのも無理な話。元々スパイとして潜入していた米代さんには、今でも使える情報網があるのだろう。それはそれで、何か手掛かりになりそうだ。米代さんからも話を聞けないか考えていると、彼は華奈多さんを庇うように自分の背に隠す。
「悪いけど、彼女とあの男はもう関係がない。その件について、この子が知ってることなんて────」
「なんで……」
華奈多さんが震えた声で何か言うので、米代さんが振り返る。
その瞬間。
「なんでよ!?」
突然、彼女は声を荒げて米代さんに掴みかかった。
「なんで私のところにあの子が来るの!?どうしてまだアイツの名前を聞く羽目になるのよ!!」
「ちょ、落ち着いて……」
「もう関わらないようにしてって言ったのに!」
片手で米代さんの胸倉を掴みながら、もう片方の手で私を指さす。我慢ならないといった様子で、ヒステリックに喚き散らしている。駄目そうだな、私は肩を落とした。この様子では、また日を改めたところで同じ結果になるだろう。彼女から何か聞き出すのは諦めて、別の手掛かりを探すしかない。それこそ、米代さんと再会できたのは収穫だ。情報を漏らしてくれるかはともかく、話し合いにはなるだろう。
「だから殺してって、さっさとアイツを消してって言ったじゃない!!」
「それは────」
反射的に、目を見開いて二人の表情を注視した。
華奈多さんは変わらず、喉がかれそうなぐらいの喚きっぷり。対する米代さんは、彼女ではなく私と目が合う。スパイをしていた割には分かりやすい、焦った表情。ワザとやっているのだろうか、でも何もない筈が無い。観察されていると気付いたのだろう、米代さんは華奈多さんの肩を抱いてアパートの入口へと引っ張っていく。
「これ以上、この子を刺激するのはやめてくれ。さっきも言ったけど、もうあの男とは関係ないから。じゃあ。」
早口でまくし立てると、足早にアパートの中へと入っていってしまった。
「やっほー、話聞けた?」
「……どうせ見てたんでしょ。」
「バレた?うん、すごかったね~。ヒステリーっていうの?あんな道のど真ん中で、よくやるよ。」
帰り道を歩き始めると、見計らったようにアザミくんが現れた。わざとらしく肩を竦めて、呆れたような仕草をしている。だが表情から「面白かった」の本心が透けて見えた。薄ら笑いを浮かべる彼を前に、私はしばらく口を開けない。思い付くことはあるが、憶測に過ぎないから。アザミくんがどこまで話してくれるのか、イマイチ信じ切れないし。でも、私の手の届く『情報源』は彼だけ。イチかバチかで、やれるだけのことを、言えるだけのことを言ってみるしかない。人気の無い通りをゆっくり歩きながら、深く深呼吸した。
「ねぇ、アザミくん。」
「なーにー?」
「私が聞いたら、ハッキリ嘘吐かずに答えてくれるんだよね。」
「約束した覚えはないけど、もちろん。何が聞きたいの?」
「士くんを殺したの、アザミくんでしょ。」
証拠はない、根拠は薄い、ようするに勘。米代さんとの再会と華奈多さんの発言で、頭をかすめた可能性。アザミくんは数秒キョトンとしていたが、やがて気まずそうに頭を掻きだす。
「断定されたら「うん」としか言えないなぁ、よく気付いたね。」
「アッサリ認めるんだ。」
「嘘吐かないって言っちゃったからねぇ。なんでわかったのか、聞いてもいい?」
「私たちの次に現場に現れたことと、華奈多さんを調べ始めてからちょっかいかけてくることと………………あとはやっぱり、彼女のそばに米代さんがいたからかな。」
「岸辺華奈多の言ったことを真に受けたのかい?」
「真に受けたというか……米代さんなら、それを叶えられるツテぐらい持ってるんじゃないかなって。彼自身がスパイではなくなっても、他のスパイに連絡をとって、依頼してもらうほどの繋がりが。そしてアザミくんは、誰かの『依頼』を受けて仕事をしたんじゃないの?」
「良い勘してるよ、ゾッとした。」
私の憶測を聞きながら、アザミくんの口角が上がっていく。ゾッとしたなんて言いながら、頬を赤らめて恍惚としている。まるで、私に指摘されるのを待っていたかのように。細められた瞳に浮かぶ涙は、どういう感情の顕れなのか。理解できない反応に慄いていると、アザミくんは話を進めた。
「どうする?有坂さんに報告する?」
「しない。」
すぐに私は力を入れて首を左右に振り、ハッキリ言う。恍惚とした表情はそのままに、アザミくんは首を傾げる。白い指先が艶のある唇を撫でる仕草に『恐ろしさ』を感じたが、負けじと背筋を伸ばした。
「したら、私が復讐できなくなるから。」
「復讐?」
「すっごい復讐劇、見たいんでしょ?」
アザミくんの目が見開かれ、眉がピクリと震える。期待に満ちた眼差しは、獲物を狙う蛇のように執念深い。蛇に睨まれた蛙の気分だが、目は逸らさない。
「見せてあげるから、協力して。」
「君が僕に仕返しするってコト?」
「殺しの“道具”なんかどうでもいい。私が知りたいのは、誰が言い出したことなのか。私が復讐したい相手は、アザミくんに依頼した人。だから、君が知っていることを教えて欲しい。」
「最っ高…………百点満点の答えだよ。」
そう言うアザミくんは、心の底から嬉しそうだった。