事情聴取
「来ると思ってたわ、いらっしゃい。」
拠点を訪ねると、ツバキさんは待っていたとばかりに出迎えた。妖艶な体つきとふわふわ揺れる長髪は、美女を通り越して妖怪じみて見える。黙ってついて行くと、案内された部屋には『先客』がいた。
「やあ、予想通りのお客様だね。」
仮面のような微笑みを張り付けた美青年、組織の諜報員の一人──アザミくん。彼もツバキさん同様、本名はわからないし他の呼び名も知らない。士くんから「胡散臭い二人」とまとめて言及されていたので、彼女と共に行動することが多いのだろう。
ちなみに、彼のことも苦手。初めて会った時からずっと、ニヤニヤと探るような視線を送ってくるから。今日も今日とて、遠慮なしに舐めるような視線をよこす。何がそんなに興味を引くのかわからない、私は無視を決めこんだ。
「用はわかってるわ、士の話でしょ?」
「は、はい。」
素直に頷く。
組織のボスが問題視しているなら、構成員は全員わかっていることだろう。それ以前に、ツバキさんは組織内部の『情報通』だ。男性を骨抜きにして情報を搾り取るのが本職の彼女は、当然のように多数の構成員たちと関係を持っている。故に、今はボスや他の幹部から目をつけられている状態。早く事件を解決したい意志はある……ハズだ。
私より先に、アザミくんが「それじゃあ」と手を挙げる。
「第一、ならぬ第二発見者の僕から話そうか。」
言うまでも無く、第一発見者は私と有坂くんだ。その後にひょっこりと、アザミくんは現れたのである。上層部への連絡や後片付けでバタバタしていたせいで、何故あの時あの場所に現れたのかを聞いていなかった。
「僕は雑用係だから、後始末もよく任されるんだけど。あの時も、あの場所を指定したメールが来たんだよ。」
何を聞かれるのかわかりきっていたようで、アザミくんは自ら事情を語り出す。
「上からの『掃除』もとい『死体処理』の指示さ。アドレスはバラバラだし、ご丁寧に依頼主の名前が書いてるハズもない。ようはいつも通りだったから、何の疑問も持たなかった。でもいざ出向いてみたら、君たちの拠点だったってワケ。」
「なるほど………だから、私達の後すぐアザミくんが現れた………。」
「テメェに連絡できたから組織内部の犯行、ってことか。」
「まあ、それしかないわよねぇ。」
それはそうだろうな、私も納得する。命を狙われるばかりの人生を歩んできた士くんとて、同じ組織の構成員同士なら気が緩むのもむべなるかな。引っかかることは、他にもたくさんある。
「わざわざアザミくんに連絡したってことは、事件が発覚するのは構わなかったのかな。私と有坂くんが帰ってくるのとほぼ同時だったし、発覚を遅らせる必要は無かった?」
「むしろ、いち早く発見してもらいたかったのかも。とすると、ボスの座を狙う幹部からの宣戦布告の可能性が高くなる。」
「あわよくば、アザミに疑いを向けさせたかったのかしらねぇ。二人の帰宅が遅れて第一発見者になっていたら、危なかったわよぉ。」
「ゾッとするよ。」
アザミくんは大袈裟にワザとらしく、肩を震わせる仕草をした。芝居がかった動きに苛立ちを覚え、私はツバキさんへ向き直る。
「でも士くんが最もボスに忠誠を誓っていたとして、組織内で高い地位にいたんですよね?敵対してたとはいえ、そう簡単に殺そうとはしないと思うんですが。余計にボスを怒らせる、というか………順番的に。」
下っ端からじわじわと消耗させるものじゃないのか、私には疑問だった。知らないだけで、前兆はあったのか?ツバキさんに聞いてみると、彼女は首を横に振って否定する。情報通な彼女ですら、今回の急展開には驚いたと話す。
「強いて言うなら………アレね。彼のパワハラ被害で恨みを積もらせてる人間は、数えきれないほどいるわ。ハラスメントも何もあったもんじゃない犯罪者の集まりから、殺意を実行に移す人がいないほうがおかしいでしょ。」
「………返す言葉もねぇな。」
有坂くんが気まずそうにこぼす。内心モヤモヤが残るけど、納得はできた。士くんのセクハラ・パワハラ・モラハラ思考は、時代錯誤をはるかに超えている。何度か注意したこともあるけど、暖簾に腕押し、糠に釘、柳に風。もしかしたら内部抗争とは関係なく、士くんの態度に耐え切れなくなっただけの犯行かもしれない。
「じゃあ、犯人がその他大勢から抜けて殺人を実行したキッカケは何だろう?溜め込んだものはあるにしても、明確なトリガーがあるんじゃ………」
「………そういえば彼、変なこと言ってたわね。思い出してみれば、殺された日に近かった気がするわぁ。」
「変なこと?」
新しい情報の気配に、思わず立ち上がった。ツバキさんは髪をいじりながら、記憶を掘り起こしている。
「独り言だったみたいだけど………「久しぶりに見た」って。取引に行く途中の街中で、突然。」
「見た?何を?誰を?」
「さぁ、知らないわ。聞いても教えてくれなかったもの。」
「………。」
更に前のめりに聞いたものの、ツバキさんは本当に知らないらしい。しかし、私と有坂くんには思い当たる節がある。
そのことを口に出したのは、有坂くんの車に乗ってから。
「士くんが、あんなこと言うとしたら………。」
「一人しかいねえよなぁ。」
先述の通り、私はツバキさんから「峰内士の過去の女性関係」について聞き及んでいる。その中の、最も特別だった女性についても。ツバキさんより、この女性が私にとっての恋敵。私たちの、次なる捜査対象だ。