第49話 人のフリした化け物(特対側)
本日4話投稿予定(こちら4/4です)
朝七時半に自宅を出た東村は、すぐに隣の部屋を訪問。
八時十五分頃、小さな子供を連れて出てきた。
「隣の家の子供? どういう関係でしょうか?」
「⋯⋯隣の家の子供なんじゃないの」
依田の言葉に、灘が言葉少なく返す。
そのまま東村は子供とバス乗り場に向かい、同じく子供を見送りに来た主婦二人と談笑、何かを受け取っていた。
「あの奥さん、東村を見る視線が『女の目』ってヤツですね」
「見てるのが女なんだから、女の目でしょ、そりゃ」
依田の言葉に、灘は再び短く返した。
そのまま駅へ。
この時、観察対象者との距離はおよそ300m。
電車では二車両離れた。
事前に知っていた勤め先から、降車駅はわかっている。
駅構内では100mほど距離を離す。
その後、彼の勤め先まで追跡を終えた依田は、隣にいる灘へと話しかけた。
「なんか、普通のにーちゃんって感じじゃないですか?」
「そう、ね」
灘の返答に、依田は違和感を覚えた。
普段の彼女はもう少し口数が多い。
「あ、普通って言いましたけど、ちょっとハンサムですよね。あっ! もしかして一目惚れとかしちゃいました?」
軽口を叩いた依田に、灘は冷たい視線で返した。
「確かに、まあまあ好みの顔ね。でも、私彼氏いるし」
何となく、先ほどから会話にとりつく島がない、と依田は感じた。
「あのー。俺、灘さん怒らせちゃいました?」
「えっ?」
「いや、なんか今日素っ気ないですよね、返事全般が」
「そう? ⋯⋯あ、ちょっと待って」
灘はスーツのポケットからスマホを取り出すと、画面を確認後応答した。
「局長⋯⋯はい、はい。こちらは勤務先までの追跡を終えた所で⋯⋯えっ? はい、了解しました。ではそちらに依田くんを向かわせます、私は一度戻ります、はい、失礼します」
灘はスマホをしまうと、依田へと用件を告げた。
「依田くん、悪いんだけどコレからすぐ新潟に飛んで欲しいの」
「新潟ですか?」
「うん、新潟県警が保護した人物が⋯⋯もしかしたら『バオー』かも知れないって」
「⋯⋯前から思ったんですけど、その隠語、トーマスに比べたらちょっとマイナーじゃないですか?」
「知らないわよ、私が考えたんじゃないんだから」
「俺行かないとダメですか? 新潟県警って確か『地点登録』されて無いですよね?」
「ついでにそれもやっといて」
「はあ、面倒だな」
「仕方無いじゃん、依田くんしか言語系のスキル持って無いんだから」
「お二人は戦闘に偏り過ぎなんですよぉ。しかしこのタイミングで、トーマスに続いてバオーっすか」
「詳しくは追って連絡するから。すぐ向かって」
「はーい、バオーに接触したらこっちからも連絡します」
そのまま、依田は駅へと向かった。
灘は人目の無いビルの影で、【帰還】のスキルを使用する。
頭の中で、帰還の候補先から『局』を素早く選択。
スキルはすぐに発動し、局へと戻った。
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「あ、おかえり。どうだった? 東村忠之は」
デスクから、帰還した灘へと局長の渋谷は聞いた。
灘は帰ってきて早々に、渋谷へと感情をブチ撒けてきた。
「局長! あれダメ! 触っちゃダメなヤツ!」
「えっ?」
「なんかわかんないですけど、アイツヤバいです!」
「いや、具体的にね?」
「いや、具体的な物は何も無いです! コッチに気付いた様子は見せてませんでしたが、全然気付いて無いか、完璧に気付いて無い演技をしているかのどっちかだと思うんですけど、私のカンだと絶対バレてます! 一見は普通の、どこにでもいる⋯⋯いや、あんまりいないレベルのイケメンなんですけど、アイツは絶対ダメです!」
「いや、今のところ写真でもわかる情報しか無いんだけど⋯⋯」
「だって私、アイツ見た瞬間プレッシャーでゲボ吐きそうになりましたもん! 依田くんは何も感じて無かったみたいですけど!」
「いや、女の子がゲボとかダメだって」
「と、に、か、く! 私はこれ以上アイツを追跡するのぜったい嫌です! やれって言うなら、局辞めますから!」
「そんなに?」
こんな灘は珍しい。
説明を聞き、渋谷は少し考えてから彼女に聞いた。
「そういう、何て言うのかな、スキルとかアイテムの可能性は無い? 特定の相手に恐怖を与える、とか」
「わかんないです。だとしても、300mの距離で、見た瞬間相手にゲボ吐きたくなるくらいプレッシャー与える効果が発動するような、スキルとかアイテム持ってたら、その時点でヤバく無いですか?」
「まあ、そうか⋯⋯」
灘の様子は、【威圧】のスキルを受けた状態に近い。
【威圧】は、生物としての格を知らしめ、相手から闘争心を奪い、無用な戦闘を避けるスキルだ。
だが、スキルが効果を及ぼすのは、相当な格上が、格下に使用した時のみ。
国内のみならず、国外の『帰還者』を合わせてもトップクラスの灘が、威圧されるとは考えにくい。
しかも距離は300m。
威圧は物理的な距離が近ければ近いほど効果が高まる。
なら、威圧は除外してよさそうだ。
「うーん⋯⋯なら結局は君のカンって説が有力だね」
「先輩として、依田くんの前だから頑張りましたけど⋯⋯一人だったらたぶんマジで吐いてました」
「うーん⋯⋯」
渋谷としては、どうしても何らかのスキルの効果ではないか? という考えが拭えない。
それに、相手が脅威だからと放っておく訳にもいかない。
「ただ、トーマスには『規則』説明しないといけないからねぇ。結局のところ、放置ってワケにはいかないから」
「わかってます、ただ、私はその上で言ってます。アイツは触れるべきじゃないし、気付いてない事にした方が絶対良いと思います」
「仕方ないなぁ⋯⋯じゃあ私が引き継ごう」
「いや⋯⋯いえ、わかりました。ただ、私止めましたからね? 巻き込まないでくださいね?」
「そんなに?」
「あ、ちょっと一回家に戻っていいですか? 汗で、着てる物がグチョグチョで⋯⋯」
「あ、うん」
許可を与えると、灘は【帰還】スキルで自宅へと戻った。
「⋯⋯確認に行くか」
灘へとメッセージアプリで外出する旨を伝え、東村忠之の勤務先へと向かった。
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ゲボ吐きそう。
何だ、アイツ。
灘の言葉から、念の為500mほど離れたビルの屋上から、東村忠之の勤務先を張っていた。
ビルの入り口から出てきた東村を見た瞬間、胃がキリキリと痛み出した。
人間の中に、化け物が混じって、人間のフリをして生活する。
異世界でも、そういう生態の魔物はいた。
東村忠之は、それらと同種だ。
あれはとんでもない化け物だ。
恐らく、灘が感じたのも、同じ違和感のせいだろう。
動きが、普通人に化けようとしている魔物なのだ。
隙があるフリを全力で演じ、かかった相手を罠に嵌める。
それを無意識に、自然と行っている。
そんな印象を受ける。
東村はビルを出たまま道を歩き、死角に入った。
瞬間、プレッシャーから解放される。
「よし⋯⋯見なかった事にしよう」
渋谷は即撤退を判断し、振り返った──が。
「さっきから何なのアンタら、人の事ジロジロ見て」
振り返った目の前に東村がいた。
距離が縮まった事で、感じていたプレッシャーが最大になる。
「うわぁああああああっ!」
渋谷は叫びながら、スキル【身体強化Ⅳ】を使用しつつ、東村の顔面へと、反射的に掌底を繰り出してしまった。
相手は上体を逸らしつつ、渋谷の手首を掴んだ。
東村の顔に笑みが浮かぶ。
その笑みは、渋谷の失態を喜んでいる、その事実を悠然と語っていた。
『先に手を出したのは、お前だぜ──』
渋谷の身体が、手を引っ張られて踏ん張りが効かず、少し浮いた。
東村は上体を更にそらし、膝を九十度に曲げながらも倒れる事なく体勢を保持した。
手を離しながら、下から胸の辺りを蹴り上げてくる。
渋谷は自由になった腕を交差させ、何とか蹴りを受けた。
ゴッ!
直後、腕に衝撃が走る。
かなりの威力だが、防御を貫通する程では──。
いや、おかしい。
何だこれは。
東村の姿が、小さくなっていく。
屋上の全景が見え、次に他のビルの屋上が幾つか見える。
さらに、街全体の様子。
次に、区の様子。
地面から凄まじいスピードで遠ざかっていく。
加速の影響により、身体に凄まじい圧がかかっている。
蹴りの威力と、今起こっている現象に齟齬がありすぎる。
こんな上空まで飛ばされるような蹴りなら、そもそも身体強化したところで腕を貫通し、胸を抉っているはずだ。
何らかのスキルの効果か?
わからない。
とにかく渋谷保は──東京のかなり上空まで蹴り上げられていた。




