第四十三話 見えてきた真相と、まだ見えぬ目的
「おい、大丈夫か?しっかりしろ」
室富は、助けた母親の体を軽く揺すった。
「……」
だが、殆ど放心状態だ。
――…だめか…静かなら、まぁそのままでもいいんだが…
室富は、“奴ら”の追撃から逃れるために、十四階から母親と子二人を抱え、大型横断幕を使って吹き抜けから一階分を一気に降りるという荒技で、十三階に逃げた。
降り立ったフロアの壁際からそっと顔を出し、吹き抜けから十五階を見上げると、“奴ら”が顔を出して、こちらを探してるのがわかった。
姿を晒せない室富は、脚を負傷した母親に肩を貸し、二人の子を連れて、階段を使って二階フロアまで歩いて降りた。
途中、血の跡を辿られないよう、売り場のスカーフで母親の負傷した脚を止血したり、不安を隠しきれない子供たちを励ましたりしたという。
「常に後ろに、あの得体の知れない“奴ら”がいるんじゃないかって、気が気ではなかったぜ」
そして二階フロア…、室富は親子を置いて立ち去ることとなった。
ビル外に出れば警察に保護してもらえる。しかし室富はロスの“殺し屋”。堂々と警官隊の前に姿を晒したくはない。
母親は恐怖にガタガタ震えている。子供たちも母親の様子を見て不安に駆られていた。
「絶対に物音を立てるな、声も出すな。いいな。時期、警察が来る。そうしたら保護してもらえ」
その親子を目前に、本心で言えば、確実に警察に保護されるまでは付いていてあげたかったが、室富は吹き抜けを覗き込み、下のフロアから無線音や足音が聞こえてくるなり、姿を消したのだった。
事前に調べておいた“逃げ道”から
警察の包囲網を抜けて、セントホークを後にした室富は、その足で、新宿の武器売人の矢澤の店、“Nature”に向かった。
「ほらこれ」
ダンッ、とテーブルの上に置くのはこの店で買ったライフル、熱線暗視装置型スコープも装着している。
矢澤には、セントホークで使用したスそれを無料で渡した。
「今回はマジで世話になったなヤズ。サービスの手榴弾も役立った。それと…これよ、使用品だが、どこも壊してない。中古で売るか何か、適当にやってくれ」
ライフルバッグも失くし、使い道のなくなったライフルを持ってブラブラしては目立つ。だからといって、適当に捨てては見つたかった時、万が一警察に追われた際の手掛かりにされてしまうのを警戒して、矢澤に返すことにしたのだった。
「そりゃどうも。ところで室富さんよ、セントホーク大変なことになってんじゃん」
ライブ放送しているニュースを見ながら、矢澤は興奮気味に言った。
「…ここにいたんだろ?あんた」
「…ああ」
「何があった?中はどうなってる?この騒ぎはあんたのせいか」
「…いや…話すと長いが、詳しいことはこっちが知りたいね」
セントホークで見た“何か“について、理解が追いついてはいないものの、“あれ”が、前田の言う“兵器”であることは解った。
姿を消せること、弾丸では致命傷にならない、人ではない“人の姿”をした何か…。
――さてと…これからどうしたものか。
前田からの頼まれごとは失敗したが、あの状況で善戦はした。やるべきことは最大限やった。
室富は一旦前田に連絡を取り、起きたことの報告を、見たまま伝えようと考えたのだった。
「…というわけだ」
スターズブルー、スタッフルーム。
皆、途中から話に聞き入ってしまい、飲み掛けのミルクティーがすっかり冷めてしまっていた。
「…あとは、あんたらも知ってるだろ?あの親子を助けに家を探して向かった。目出し帽の野郎を始末して…、さっき出て行った美人さんと遭遇したんだよ」
映像で見たものが衝撃だったからこそ、室富の話のリアルさはダイレクトに伝わった。
「…それより四体?あの映像に映ってた化物を四体を相手にしたのか?」
「ああ、生きて今ここにいるのは奇跡だよ」
姿の見えない“何か“、室富はそれを距離の離れた所から、確認が出来たことが生き残れた理由だと説明した。
「何も知らず、“あんなの”にいきなり襲われたら、対処しようがねえ…あとからビルに入った警官隊が全滅したのも…仕方ねえ話さ。そもそも姿が消える以前に、銃が効かねえし、動きがやべえと来たもんだ」
室富は一度、前田に電話を入れたという。“直に会う約束”と、彼の人力を使って助けた親子の住む場所を教えてほしいと頼むためにだ。
親子は救い出せたが、約束通り前田に会いに行った時には、既に殺されていた。そこに現れたのが六堂とジーナだったということだった。
「防衛庁…その力で前田のこともバレてたんだろうなぁ。セントホークでの事件も合わせて、俺に容疑を被せ、警察の目も逸らす…。一人で片を付けるつもりが、奴らの罠にすっかりハマってしまったってわけだな…。こりゃ、ロスに帰るにゃ裏ルートで貨物船に乗せてもらうしかなさそうだ」
室富は両肩を竦め、苦笑した。
「それと…あの場にいた人質も、テログループも一人残らず殺された理由は、すぐに解ったよ」
室富がそう言うと、六堂は厳しい表情をした。
「“兵器の存在を少しも知られないため”だな?」
「ああ…防衛庁の、それもトップの人間が関わって、あんなヤベエ物を作ってるんだからな…。あの親子は必ず狙われると思った。それに…俺があのビルを離れたあとのニュースを見て、あの日の目的が警官隊の…何だSATだっけか?あれの出動にあったと確信した」
川島は露骨に驚いた顔をした。佐久間は顎を撫でながら表情は変えずにいたが、内心驚いていた。
六堂は、誰かしら力ある者の腕試しという間違った推理をしていたが、その目的は室富と同じ考えだったので、驚きはなかった。
最初に推理していた、ジョー・ローデッカーを含めた裏社会の人間を倒し、SATまでも相手にした手練れと、庄司エンタープライズの派閥争い、この二つの接点がどうにも見えなかった六堂は、ここに来て、ようやく一つに繋がった。
防衛庁内の“国力強化プロジェクト”なる計画のリーダーで副長官の今野 秀麿が、発注先である庄司エンタープライズの企画六課に、プロジェクトという大義名分と国家機密という幕を覆い、兵器を開発していた。
明日美の話からすれば、その計画は二年以上前から動いてたものと考えられた。
特に戦闘に特化した裏社会の人間相手に、試作使用をしたが、更に本格的な戦闘を想定し、SATを出動させたというのが、六堂が確信を持った、一連の事件の流れである。
「防衛庁の人間とはいえ、自衛隊を使うのは容易ではないが、宗教の絡むテロ事件の場合ではSATが現場に派遣される。クァ・ヴァーキ教は元々マークされていたし、利用しやすかったんだろう…」
もちろん、まだ謎はある。なぜ、現場がセントホークだったのか。そして兵器の実態だ…。
六堂のポケットの中の携帯電話が振動した。
画面には見たことない番号が表示されていた。
――…美雪を拉致した輩か?
六堂は皆に人差し指を(しっ)と口元で立て、通話をボタンを押した。
『よぉ、六堂』
聞き覚えのある声。
「…渡辺か?」
『ああ、番号変わってなかったな』
美雪を拉致した関係の者ではなく、六堂は鼻でため息をついた。
「…どうした?」
このタイミングで渡辺からの電話。偶然ではないだろうと六堂は思った。
『ニュースで庄司本社のこと見てよ。テレビじゃ室富がどうのって騒いでるが、三日前にお前と交わした話から、直接騒動に関わってるんだろうなと思ってよ』
「…ああ、渦中にいたよ」
『やっぱりな…。室富は見つけ出せたわけだ』
「そんなところだ。それで、何か話が?」
『いや…庄司と関わってるお前に、一つ確認したくてな。三日前に、渋谷の店でお前にO・C・Sのことを話したろ?』
「ああ…。親会社の偉い人の話を聞いたとか…」
『そうだ。そのネタの出元は親会社の産業スパイだ』
「何…?」
『…実は、上から、あるスパイの回収保護の命令があってな…残念ながら、間に合わず、殺されちまったが』
渡辺の親会社から、庄司エンタープライズ企画六課に潜入していた産業スパイ。そのスパイから緊急保護、SOSの連絡が入ったのだった。
身元がバレた可能性がある場合、またはスパイだという疑いがかけられた時の連絡だ。
産業スパイは犯罪だ。警察に突き出されることも避けたいが、潜入先の企業のカンパニーズアーミーに殺される可能性が高い。
渡辺は部下二人を連れて、スパイとの待ち合わせ場所である、中央区のブリヂストンビルに向かったが、その人物は既に虫の息だったという。
まさに止めを刺さんとしている、“目出し帽の男”と遭遇。渡辺は保護の命令を受けているスパイを救い出すために、部下と三人で応戦したが、部下もやられ、自分も負傷したらしかった。
「何だ、大丈夫なのか?」
負傷の話を聞いた六堂は渡辺を心配をした。彼の腕を疑っているわけではないが、目出し帽の男たちが只者ではやいことも知っていたからだ。
『大丈夫だ。今、会社で治療を受けてたよ』
「そうか…」
『一応、返り討ちにはしたが、何者か知ってるかと思って電話した。あまりに出来る奴だったんで…』
「ちょうど、今さっき知ったところだが、俺の追ってる一件は、防衛庁が黒幕だ」
『何!?』
「自衛官ではなさそうだが、恐らく、その関係の戦闘員だと思う…。かなり訓練された連中だ」
六堂は、庄司エンタープライズ本社で、セキュリティサービスになりすましていること、そしてその集団に殺され掛けたことを渡辺に説明した。
『なるほどな、それがニュースでやってるやつの詳細か。それに防衛庁が関わってるとなればスパイを見つけ出すのも、容易だったってことか』
そもそも、企画六課は、前田の部下、つまり社内のスパイの洗い出しをしていたのだ。そのついでに社外のスパイが見つかるのは必然と言えた。
「…ってことで渡辺、この件はあまり深く関わらない方がいいと、親会社には伝えておくといい」
『…わかった。しかし、この失敗で俺は職探しかもしれん』
「言うほど金に困ってないだろ?」
軽い冗談を交わしたあと、六堂は電話切り、ポケットにしまった。




