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其は微笑みの代価  作者: 千代田 定男
第三章 復讐者
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第二十話・あをの軌跡 後編(B)

 厳粛な空気が会館に漂っている。

 この日ばかりはみな着飾って、会館の中も華々しい色の飾りが行儀よく飾られていた。

 卒業の日。

 成長の感覚も曖昧なままに、なにかが終わる実感を与えられる日だ。

志乃原(しのはら)(よもぎ)

 矢絣の和服に袴、ブーツを身に着けたヨモギが壇上にあがる。

 受け取る証書は荘厳(そうごん)であったが、ヨモギには無機質なものにしか見えなかった。

 席にもどる途中、生徒達の席の中に、ぽつぽつと空席があるのがヨモギの目にとまった。

 空席は、まるでそこから誰かが見守っているかのように(たたず)んでいた。そこには、先に行ってしまった者達がいるのだ。それは、天野や菊池、シズのように、自分の(さが)に向き合った者達だ。

 彼らは去って、もうここにはいないのである。

 空席のひとつには服がかけられていた。白い詰襟(つめえり)肩章(けんしよう)のついたものだった。

 第1種礼装だと誰かが言っていたが、ヨモギにはよくわからない。

 ただ、それが誰のものかは知っていた。

 それを見ると、ヨモギの中で喪失感がどんどん大きくなる。

 青い空が綺麗で、生徒を見守る大人達の目は暖かくて、渡してくれる花の香りが辺りを漂っていて、みなに笑顔が浸透する。

「出所は言えないが、間違いなくあいつのものだよ」

 式の後、四柳はそう言って、詰襟をヨモギのもとへと持ってきた。

「受け取れません」

 四柳はヨモギの言葉を無視して、押し付けるように渡す。

「なあ志乃原、残念だが世界は変わらないようだ。もっとも、誰か一人によって変わる世界などありはしないのだがな」

 詰襟は、ぴしっとしたままでヨモギの手に収まっている。まるでそこが居場所であるかのようだ。

「だから、俺みたいなのが必要だと思わないか? 誰かさん達のように、上辺だけだと言われようが、『良き世界』を夢想する、今の俺のようなのが。夢想し続けたなら、もしかしたら、未来は、少し変わるかもしれない」

 ヨモギの顔が沈む。

 しかし、四柳はやめない。忘れることなどできない。

 口に出すことの躊躇(とまど)われるその者は、まだ卒業していないのだ。誰の心からも。

「あいつの言う『順番』が俺にもまわってくるとしても……それはまだだ。やらなければならないことができた」


 思い出せば出すほど、心臓を絞られるような相手が誰にもきっといるだろう。

 親か、家族か、あるいは顔も知らない人かもしれない。

 それらの人は、きっと、良くも悪くも祝福を与える者なのだ。誰にとって特別でなくても、誰かにとって特別なのだ。

「いらないなら、捨てちまえばいい」

 生徒に写真をねだられた四柳が、その場を離れていく。笑顔だけを残して。

(私は、どこに行けばいいのかな)

 きっと、誰もが不安なのだ。

 何かが終わって、何かが始まるとき、誰もが孤独を感じ、離れたくなくなる。

 しかし、それは許されないから、せめて惜しむことのできる時間を設けるのだ。誰もが誰をも祝福する時間をつくるのだ。

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