第二十話・あをの軌跡 後編(B)
厳粛な空気が会館に漂っている。
この日ばかりはみな着飾って、会館の中も華々しい色の飾りが行儀よく飾られていた。
卒業の日。
成長の感覚も曖昧なままに、なにかが終わる実感を与えられる日だ。
「志乃原蓬」
矢絣の和服に袴、ブーツを身に着けたヨモギが壇上にあがる。
受け取る証書は荘厳であったが、ヨモギには無機質なものにしか見えなかった。
席にもどる途中、生徒達の席の中に、ぽつぽつと空席があるのがヨモギの目にとまった。
空席は、まるでそこから誰かが見守っているかのように佇んでいた。そこには、先に行ってしまった者達がいるのだ。それは、天野や菊池、シズのように、自分の性に向き合った者達だ。
彼らは去って、もうここにはいないのである。
空席のひとつには服がかけられていた。白い詰襟に肩章のついたものだった。
第1種礼装だと誰かが言っていたが、ヨモギにはよくわからない。
ただ、それが誰のものかは知っていた。
それを見ると、ヨモギの中で喪失感がどんどん大きくなる。
青い空が綺麗で、生徒を見守る大人達の目は暖かくて、渡してくれる花の香りが辺りを漂っていて、みなに笑顔が浸透する。
「出所は言えないが、間違いなくあいつのものだよ」
式の後、四柳はそう言って、詰襟をヨモギのもとへと持ってきた。
「受け取れません」
四柳はヨモギの言葉を無視して、押し付けるように渡す。
「なあ志乃原、残念だが世界は変わらないようだ。もっとも、誰か一人によって変わる世界などありはしないのだがな」
詰襟は、ぴしっとしたままでヨモギの手に収まっている。まるでそこが居場所であるかのようだ。
「だから、俺みたいなのが必要だと思わないか? 誰かさん達のように、上辺だけだと言われようが、『良き世界』を夢想する、今の俺のようなのが。夢想し続けたなら、もしかしたら、未来は、少し変わるかもしれない」
ヨモギの顔が沈む。
しかし、四柳はやめない。忘れることなどできない。
口に出すことの躊躇われるその者は、まだ卒業していないのだ。誰の心からも。
「あいつの言う『順番』が俺にもまわってくるとしても……それはまだだ。やらなければならないことができた」
思い出せば出すほど、心臓を絞られるような相手が誰にもきっといるだろう。
親か、家族か、あるいは顔も知らない人かもしれない。
それらの人は、きっと、良くも悪くも祝福を与える者なのだ。誰にとって特別でなくても、誰かにとって特別なのだ。
「いらないなら、捨てちまえばいい」
生徒に写真をねだられた四柳が、その場を離れていく。笑顔だけを残して。
(私は、どこに行けばいいのかな)
きっと、誰もが不安なのだ。
何かが終わって、何かが始まるとき、誰もが孤独を感じ、離れたくなくなる。
しかし、それは許されないから、せめて惜しむことのできる時間を設けるのだ。誰もが誰をも祝福する時間をつくるのだ。




