第十六話・真実の色(B)
「……つまり、あなたからすれば、王都も、隔離地域も、同じということですか?」
「違いはあるさ」
「おや、いったいどっちなんです」
「カンパニーさ。あこぎすぎるんだよ」
「ああ、そういう……ですが、金に色はありませんよ」
「血で染まれば簡単には落ちん」
「わからなくもないですがねぇ」
「朱塔。絶対的な父権社会など、つくってみたところでなにも変わらん。巷間に気高い意思などありはしない。必要ないからだ」
「反論はありますが、それ以上に誤解しないでいただきたい。私はそんな潔癖ではありません。むしろ逆なのです。私が王制にこだわるのは、愚物が愚物であれる、俗悪が許される社会のためです」
「愚行権、とか言ってたやつか」
「はい。ですが、厳密にはそのように啓蒙したものではありませんよ。固定すればそれ以外ができてしまう。弁証法ですね。それを防ぐための絶対的な箱をつくるのです。はみ出しようのない強固な境界線で囲うのです。誰一人漏れない社会、それが私の目指す王制です」
「独裁だ。どれだけ見下す」
「あなたのもナルシシズムです。どこまでエゴイストなのですか」
「自分にかまけるだけのノンポリの方がまだマシだ」
「ううん……評価を変えます。あなたは、まだどこかで自分だけが綺麗だと思っているんですよ。正義の側でありたいと思っている。正義性を否定されながら、まだ認めることができないでいるのですよ。それは傲慢というものです」
「なら、おまえは嘉島や澤本を許容できるのか? おまえならわかっているだろう? 澤本はいま、おまえの側にいる」
「もちろん把握していますよ。澤本は必ず除去します。彼だけではない。排除しなければならないものは、あらかじめ排除します。同情はしてもね」
「それで幸福な世界になるのか?」
「良し悪しはどうでもよいのです。どちらにしろ、非日常はいずれ日常になります。今もそうでしょう? でしたら、私は根底に宿りたい。それだけのことなのです」
「勘違いしているぞ」
「なにがです?」
「嘉島の計画におまえは乗れない」
「それはどういう意味で?」
「嘉島はファントムをブラフには使わない。そのまま解き放つすもりだ」
「それは結構ではありませんか。飾りではないのですから、使えばいい」
「違う。無差別に使う気なんだ。殺すためのサイクルを確立して殺し続ける」
「馬鹿も休み休み言いなさい。いったい、どんな理由でそんなことを?」
「理由は簡単だ。ヤツが嘉島杉光だからだ」
「あなたは彼がそんな人間に見えるのですか? 元上司でしょう?」
「見えるとも。元部下だから断言できる」
「あなたはゼ号を引きずりすぎです。あれは――」
「これはヤツなりの、もう一つのゼ号の続きだ」
「ふう……信じるわけがない。彼は誰よりも理性的です」
「理性的に見せているだけだ。さもなきゃ開門計画に固執しない。他にも交渉材料は用意できたはずだ」
「他になにがあると?」
「最初におまえ達がやろうとしていたことだ。区長のことで糾弾すればよかった。それが普通の選択だ」
「それで勝てるわけがないでしょう」
「勝つ? 開門計画でカンパニーに勝つつもりでいるのか? どうやって? 正論をかざそうというのなら、なぜあんな非人道的なものにこだわる? あれはおまえが予想していたものとも違ったはずだ」
「それは……」
「それだけじゃない、そもそも使ってどうする? 結果は同じだ。結局は交渉することになる。なのに、そうしなかった。なぜだ? 嘉島はカンパニーと交渉する気などさらさらないからだ。あいつの目的は殲滅戦なんだよ」
「カンパニーへの反逆はデタラメだと?」
「いいや。だが本心でもない。正確には、ヤツはカンパニーなど眼中にない。他の奴の目がカンパニーに向いていて、カンパニーの目もこっちに向いていた。それだけだ。邪魔だが、しかし利用できる。ヤツにとってのカンパニー評はそんなところだ」
「なら、目的はなんです?」
「さっき言った殺しのサイクル。それで全てだ」
「なぜそう言い切れるのです?」
「そうに決まっている」
「ふ……ん……やはり主観にすぎない」
「ならば言っておく。ヤツは自分自身を完全能力者にする気だ」
「なにをおっしゃるかと思えば」
「能力を発揮するためには特殊な才能が必要だ」
「ええ。それを覆すのがファントム。感応細胞を用いることで、擬似的に能力と感応を共存させた形です。言わば、生けるアームランサーですね」
「ヤツが欲しているのはその力だ」
「ああ、彼も高度適応者でしたね。そうすると、なんでしょう、ファントムの遺伝子に自身を選ぶとか? 残念ながら、ジーンモデル設計用の候補はすでに決まっています」
「そういうことじゃない。直接手にしたがっている。手段はわからないが、もっとおぞましくて、穢れた発想をするはずだ。ヤツならな」
「このさい、具体性がないことには目を瞑りましょう。そして、もし、その予想が当たっているなら……場合によっては、あなたについてもいいでしょうね」
「覚えておけよ、その言葉」
「人にものを頼む態度ではなかったということも、覚えておきましょう」
「待て」
「まだなにか?」
「せめてフヂナには――」
「ご心配なく。私は私で、ちゃんと考えてます」
朱塔が席をたとうとしたとき、部屋の外からもみ合う声が聞こえた。
朱塔の部下が誰かを取り押さえている。その声を聞き、朱塔は扉を勢いよく開いた。