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其は微笑みの代価  作者: 千代田 定男
第三章 復讐者
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第十五話・我が家(A)

 そこから林を隔てて見える『牡丹』は煙によって空とつながり、聞こえてくる音と声は、もう少なくなっていた。

「残念だ」

 爆発音が響く中、その場だけが静寂に包まれているかのように声が響いた。

 澤本の目に湛た憎しみが、声を発する通信機に向けられている。

「なぜ?」

 なぜこんなことになったのか、澤本はそれを聞いたのだ。

 狙われているのは澤本だった。

 砕ける牡丹の破片が澤本の体を打つ。

 澤本は、敵と、味方と、その両方から狙われていた。

「また『フォール』が出たのだよ。今回ので計画を通じての規定数を上回ってしまった。感応剤依存型は制御に問題があると判断せざるをえない」

 手の中の声が澤本に冷たく返す。

「フォール……」

「貴様はあってはならないものと判断された。くだらない規範に従った者が、我々にそう結論づけさせたのだ。良心などという幻覚に犯された者が貴様を殺すのだ」

 澤本の後ろ、木々の間から気配がした。澤本は振り返り、体の中から感じる振動の意味を理解しはじめていた。

 血走った目が見開かれ、手の中から閃光が放たれる。

 何人かは倒れるが、まだなお迫る兵を目にすると、澤本はゆっくりと歩き出した。

「殺してやる! みんな殺してやるぅ!!」

 澤本が拳を握りこんだ。初めての力を、澤本はもう把握していた。どんな兵器も凌駕する脅威的な力を。

「もうレベル3か……澤本虎蔵、貴様こそレベル4に達するにもっとも近かった。手放すには惜しくないが、破棄するには惜しい。せめて、送られてくるこの生体データの代価に、貴様に自由をやろう。どこででも、好きなところで死ぬがいい」

 圧倒的な力による完璧な戦い。それが一方的な殺戮であるという実感もなく、澤本は、ただその力に魅入られていた。

 空を飛ぶかのような澤本は、通り過ぎるだけで、風船を割るように人間の体を爆発四散させていく。

 わずかな時間ですべてを赤い煙に変えて、澤本は少女の前に降り立った。

「……何もかも捨てたんだ。肉親も、故郷も、全部捨てて、ラジアンテクスを目指した。俺はこの細歩をもらうつもりだった。そして、みんなと……今は敵でも、いつか、みんなといっしょに、生きて……なあ、いまさらどうしろっていうんだ? 教えてくれよデコスケ。俺はさ、次の世代なんて残せないんだよ。俺は、どうすればいいんだ?」

「ラジアンテクス……?」

「ラジェーション・テックス、光の技巧。技術とは人が放射する命の営みそのもの。人は永劫の時光を放ち続け、そして、いつか、偽りの闇を切り裂いてこの宇宙を照らしだす。人は、星となる」

 黒い服に赤を被せた澤本が仮面を脱ぐ。

 黒は何色にも染まらない。赤く染まろうと、黒いままなのだ。

「俺は、星に、なりたかった」

 隣に座った澤本の呟きを、少女は聞いた。

「それが無理なら、俺が全部星に変えてやる……そう。この町のすべてを、七つの星に変えてやる」

 ヒトミは澤本に寄り添い、泣いた。


・・・


「珍しいな」

 目が覚めた澤本に野太い声が語りかける。

「カンパニーの最高傑作『黒い鷲』も、人前で眠ることがあるのだな」

 澤本は答えもせず、歯をむき出しにして笑った。

 ここのところ澤本は頻繁に夢を見た。それは、泥にまみれた自分の道程だ。なんの感慨もわかない、忘れていた思い出だ。

「王都は今頃混乱しているだろうぜ」

 窓の外を見ながら澤本は断言した。

「欲望の中核にいる者達は混乱などせんよ。この通り、しっかりと包囲しているのは頭が生きているからだ」

 ビルの中はかつての七星のメンバーの死体で埋め尽くされていた。やったのは澤本だ。

「ここにはいなかったようだな?」

「ん? ハンスか? あいつなんてどうでもいい。それに、ハンスなら、おまえの部下が(めかけ)にしてるだろ。ガーダーというのは手癖が悪いもんだな」

「朱塔がかね? あんな阿婆擦れを……奴も一風変わったところがある」

 お互いに挑発しあう。彼らは仲間ではないのだ。

 細歩でもっとも高い廃ビル。七星の、『澤本』の、拠点。

 拠点から細歩地区の向こう、王都の世界が見える。境界線にあたる部分が太くなってきている。軍が動き出していた。

「しかし、おまえの引き際のよさは目を見張るものがあるな。本条など尖兵にすぎず、あれの側にいたところで先はないことを見越していた。ワシのところに直接来たことは正解だ」

「あんたの狡猾さは賞賛に値する。複雑に事情が絡まった細歩地区は、あんたにとって最大のチャンスだった。開門計画の成果の応用は、あんたの頭の中にあるものが最新・最善だろう」

 澤本は、自分の行動が監視されていることに気づいていた。ガーディアンによる開門計画ゼ号作戦、それを狙う獣の視線だ。

 細歩を真に狙っているのは本条でも朱塔でもない。本条の裏にカンパニーの影があるように、朱塔の裏にもなにかがある。それが個人だと知ったとき、澤本はカンパニーを見限った。

 細歩の全域を見ていた者は嘉島杉光。今、澤本が会話をしている大男だ。

 嘉島の話を澤本は楽しんだ。嘉島は澤本をあっさりと受け入れ、そして、協力関係を結んだ。

「さて、と……俺は例のお宝を調達してくるぜ。あんたはせいぜい舞台を楽しむといい、ディプロクラスさん」


 数日前から嘉島率いる反乱部隊は王都と連絡途絶。目的は細歩の掌握。

 嘉島は鉄ヶ山の元上司。嘉島はフォールと同じく『堕落』した。これがカンパニーが糸を引く王都からの、つくりものの建前である。

 嘉島の目的は開門計画の成果の奪取である。

「この国には、尊いとされる統治者がいます。しかし、ある者たちの思惑により、それは今や見る影もありません。この国を脅かすもの、それはカンパニーの支配に他ならない」

 嘉島の声がスピーカーから聞こえる。

「この国は、動乱期の後には内戦と変わらない状況が続いておりましたが、皮肉にも、その直接の原因となったカンパニーによって非常に豊かでした。内需だけで数百兆はあっただろうとされています」

 細歩にはゲリラ的に配置されたラジオがあり、そこから嘉島の声が聞こえていたのである。また、マスコミのうち、ジャーナリズムに燃える者達を嘉島は抱き込んでいた。

 いくつもの手段を使って、人々はその言葉に耳を傾けたのである。

「しかし、国外のカンパニーによって結ばれた貿易条約。これにより、この国は本当に滅ぼされるのです。利益のためなら誇りさえ売り飛ばすコウモリどもによって、です」

 一部の人々は知っていた。支配者がカンパニーによって操られていることを。

「カンパニーは、武力によってかつての本邦にとどめを刺しました。ところが、それは今も同じなのです。経済的にもとどめを刺すべく襲撃は続いている。厳密には、彼らは、この国のすべてを食いつぶすつもりでいるのです。条約を隠れ蓑に、この国は、住む人の心ごと焼け野原にされるでしょう」

 だが、人々はわからなかった。嘉島という人間をどう評価していいのかを。

「誰も知らないうちに交わされたカンパニーの貿易条約によって、資本主義はついに究極の姿を現しました。皮肉にも、王制がとられているこの国で、です」

 少しでも嘉島を知るべく、誰もが放送に聞き入った。

「いかなる金持ちであれど、民主主義ならば選出された代表者の下にいるものです。王制であれば王がその役目を担います。ところが、条約によって代表者の上に金を据えてしまったのです。どこの国でもそういう傾向はあるものですが、しかし、ここではその立場が決定的なまでに逆転してしまっている」

 嘉島は何者で、どこから来て、何をしようとしているのか。

「そう、金の下に、金持ち以外の全ての人間が平等に埋め立てられてしまったのです」

 ただ、人々はその放送がまっとうなものであることはわかった。

「この国は曲がりなりにも民主主義でした。王制となってもその息吹は残り、強固な上下はあれど、共和を目指していたはずです。それはこの国をより強くするためのはずでした。しかし、その歩みすべては資本主義に負けてしまっていたのです。いえ、あらゆる主義が金の前に敗北していたのです。なにもかもが、偽りでした」

 正論は、ときに健全でない行動のために使用される。そして、人々はそれに振り回されてきた。

「わずか数パーセントの者が力を固め、最大の利益を出すために延々と吸い上げ続ける。民意のない、抜け出すことにできない奈落は、たしかにここに存在しています」

 しかし、この放送は違う。

「王都であっても同じです。大企業の特権が保証され、独占権が強化され、危険な商品がのさばり、あらゆる規制が無視される。食や医、生きるために人類が生み出した財産が、利益だけを基準にした評価で価値を決められてしまう。すぐに選択の自由さえ奪われるでしょう」

 明らかに嘉島は新たな時代を表明しようとしている。そこには、長い間存在しなかった自分たちがいると人々は感じていた。

「私は予言します。近いうちに人権すらが金に換えられることになる」

 嘉島は仲間だ。

「資本主義が悪などとは申しません。しかし、ここに存在するその極限の姿は、命さえも溶かして金に変えてしまう毒物なのです」

 嘉島もまた、すべてを奪われた仲間だ。仲間が戦おうとしている。

「ガーディアンを降されたカンパニーは、今度は軍を使い、再び隔離地域を標的にしています。切れそうな紐を、より頑丈な鉄の鎖に変えるためにです。私はこれを必ず打破します。この国に生きる全てを、失った仲間のために、世界から全てを取り戻します」

 自分たちのため立つ仲間がいる。

「私達がいるここは、かつての反王制運動からうまれた隔離地域などというものではありません。ここは、カンパニーのつくりあげた非人道的な収容施設なのです。私は、新たな時代に付けられたこの足枷を解き、真の時代の門出のために、戦います」

 人々は握った手を空に掲げた。仲間に対してその手を掲げたのだ。

「……私は来た! 次代のために! 舵はここにある! 細歩こそ、隔離地域こそ、次代への舵なのだ!」

 人々の掲げる手の先を、軍の戦闘機が飛んでいく。

 群集の中から、眉間に皺を寄せ、美しい顔を台無しにしたユリアがどこかへと去っていった。

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