第十二話・命の奪還(A)
エンドローダーとルートエッジが山道を駆ける。
二機は細歩地区の中でも、もっとも遠く離れている場所へと向かっていた。
離れているというより、その場所は、地図上の直線距離だけで言えば王都側に飛び出ている具合だ。
そこは、もともとは隔離地域ではないのだが、あまりに利便性の悪い土地であったため後から細歩に譲られた場所だった。表面上は王都から隔離地域への譲歩であったが、実際には生活困難な地域を細歩地区に押し付けた形である。
この辺りは、かつては大学や研究所の試験施設があったりした場所で、それなりに意味もあった場所なのだが、それらの学術団体の多くで反王制の気色が強かったため、わざとらしくも切り捨てられたという側面もあった。
「鉄さん、近いですよ」
朱塔が通信で呼びかける。
ルートエッジの方を見れば、後部座席にいるクルミと目が合った。
次にコクピットの朱塔を方を見る。仮面越しだがお互いの表情がわかる。
「……心残りがありそうですね」
敵のガーダーに襲われた後、朱塔の部下が鉄ヶ山の装備を持ってきた。そのままなし崩し的に攻撃に出てきた。
誰に告げることもなく赴く。待ち受けるのはかつての親友。強みも弱みも知り尽くした相手だ。
「くさいがな」
前に向き直った鉄ヶ山が切り出す。
「頼りにしている」
戦いとなれば、朱塔は頼もしい仲間だろう。
「……どうも」
ところが、これは珍しいことである。
鉄ヶ山が誰かを頼ることは決して多くないのだ。こと戦いにおいてはなおさらである。
内心、朱塔は喜んでいた。流れは上々である。
ただし、戦況はそうもいかない。
迫る気配があった。集団だ。接触も近い。
「なんだい、ありゃあ……」
クルミが率直な感想を口にした。
迫り来るのはガーダーだった。朱塔のルートエッジ級に似たゼロサイクルに乗った複数のガーダーが迫っている。
だが、どこかが違う。
華奢で、煌びやかで、妖艶な雰囲気。女のガーダーなのである。
「趣味が悪いね」
「ままあることでしょう。戦意高揚のために、若年の女性を前線に出すというのは」
朱塔とクルミはのんきに会話をしているが、ガーダー達は油断ならない相手だ。すでに陣形を組み、道を塞ぐようにしている。
多少の浮遊能力があるゼロサイクルだが、それでも、これを無視して進めるほどではない。
「大半は形だけじゃないのか? だって、素人と変わらないんじゃ意味なんて薄いだろ」
「まともな意見です。宣伝を聞かされた民衆は、だいたいが冷めた目で見てますよ」
「へえ。踊らされるような奴らばかりだと思ってたけど」
「ああ、御幣があったかもしれませんねぇ。衆愚と民を分けて考えてますもので」
「あんたのいう民は、実際に前線に出てるこいつらを見て、どう思うかね?」
「"市民権のための当然"といったところでしょう」
「誰かさん達みたいだこと」
「私が言うからそう聞こえるのですよ。それより、気づきませんか?」
「なんだよ」
「あなたを連れてきた理由の一つなんですよ、これ」
「キャットファイトが趣味か」
「事実が知れ渡ったときのことを見越したイメージ戦略です」
クルミはサングラスをかけ、風よけを開けると翼を広げた。
オーバウェイは鉄ヶ山との戦いのせいで調子がよくない。長時間の飛行は無理だ。この迎撃で使い捨てることになるだろう。
「そういう嗜好があるなら正直に言えよな、努力してやってもいい」
挑発するように、クルミが言葉を置いて飛び立つ。
「……考えときましょう」
朱塔は少しだけ笑った。
「鉄さん、突破してください」
それだけ言い、ルートエッジの速度を落としていく朱塔。
「しんがり、まかせたぞ」
ここまでは予想通りだ。迎撃は朱塔らが行う予定なのだ。
だが、たった二人で対するのは無理がある。
そこで、鉄ヶ山の出番である。
鉄ヶ山はエンドローダー上で立ち上がり、アームランサーについている輪を右肩のフックに掛け、伸ばした。
輪からワイヤーが伸びて、アームランサーの固定を補強する。
手首を勢いよくひねるとアームランサーの先端がずれて回転し、切断された円錐のようになった。
鉄ヶ山はこの武器の真の使い方を知っているのだ。
「加減はしない!」
鉄ヶ山の額に光が走ると、アームランサーの切断面から光がこぼれ、それが巨大な刃と化した。
アームランサー。正式な名称は、マインド能力感応式フィールド発生装置。つまりは武器化された感応剤のようなものである。
アームランサーによってエネルギーとして放出されたマインド能力は志向性をもった力場となり、空間ごと歪めて触れたものすべてを粉砕する。
アームランサーによるランスチャージ。耐えられる物質は存在しない。使用できるのも、感応剤式の能力者のうちでも高度適応者だけである。
ブーストレベルは2以上を必要とするため使い勝手は最悪と言ってもいい。だから、この上なく強力でありながら、失われたのである。
光はやがて逆転し、光を飲み込む暗闇の刃となって、嵐を巻き起こしながら、鉄ヶ山の前に立つすべてのものを飲み込んでいった。
ガーダーの大半は、悲鳴をあげる暇もなく死んだ。
砂埃があがるが、それさえも切り裂いて、鉄ヶ山は駆け抜けた。
かろうじて残った者が驚愕しながらも鉄ヶ山を追いかけようとしたとき、自分達の前をなにかが通りすぎ、それから銃撃を受けた。
クルミである。クルミはすでにオーバウェイによって制空権をとっていた。
さらには朱塔がガーダー達を追撃する。
残ったガーダーの方が数が多いとは言え、朱塔は並みのスペシャルクラスより実力が上だ。有利と言える。
「総員、ゲージアップ!」
ゼロサイクルを捨て、横一列に並んだガーダーが、腕の装置を操作する。
ガーダーの構えを見て、朱塔が腕と首を鳴らした。
「久々に、大暴れしますか」
***
「いない、か」
ガーダーを振り切った鉄ヶ山は、山中にある施設にたどり着いていた。
朱塔から聞いた情報の場所だ。かつての研究施設の一つらしい。
鉄ヶ山は、道中で仕掛けてこないことから、ここに澤本はいないものと予想した。
あの賢しい鷲ならば、ここに来させる前に、巧妙さと大胆さでもって方角を変えさせるような手段をとっていたはずだ。
この戦闘に澤本の気配が何一つないこともおかしいが、ここもどこか妙な雰囲気をしている。
敵の数が少なすぎることが最初の気がかりであったが、それは敵を思えば不思議ではなかった。
本条睦丸というのは、正々堂々を絵に描いたような男だ。
多人数でのチームを良しとせず、少数で十分な効果をあげ、正面きって戦うを好む。
「ムツだからな……」
かつての親友の顔を思い出す。
いかにも優しい顔。美しく、しなやかで、絹のような肌。戦う人でありながら、毒気のない気配。
どれをとっても鉄ヶ山にはないものだ。だから、馬が合った。誰よりも。
『五人の最前線』ダリア隊の、もっとも経験が浅く、もっとも華麗な最後のエース。それが本条睦丸。
かつての友を思っていると、ふと鉄ヶ山は気づいた。違和感の正体はこの施設の規模だ。開門計画の拠点にしては規模が小さいのである。
周囲を見回すが、どう考えてもここだけが拠点とされている。これ以上は手が回らないはずだ。
攫われた人はかなりの数にのぼる。近くにいるはずだが、この規模ではすし詰めにされていることになるだろう。いくらなんでも妙だ。
サンプルは丁寧に扱ってしかるべきだ。たとえ非人道的な理由からでもだ。
この逸脱は本条にはない性質のものだ。何かが違っている。そもそも、印象的に言えば本条と開門計画が結びつかない。
内容もそうだが、これはあまりに杜撰だ。
そうこう考えているうちに、鉄ヶ山は、自分が妙な部屋にいることに気がついた。
研究のためだろうか、巨大なガラスの筒が並んでいる。
ガラスの筒は車よりも大きい。こんなものは、ありがちに見えてなかなかお目にかかれるものではない。
なんとなく見回していた鉄ヶ山だが、巨大なビーカーのようなものに対して蛹のような印象を抱いていることに気がついた。
巨大なガラス瓶の中に生命の息吹を感じる。
蛹は、一目では何がどうなっているのかわからなかった。単なる機械に見える。
外見的にはただの大きなビーカーだが、よく見れば、中には透明な袋が入れられており、水が満たされている。さらにその中をよく見れば、大きな基盤が核となっていて、それに覆いかぶさるようにコードや機材がまとわりついていた。
仮面を外して観察する。
鉄ヶ山はその大きさに何かを感じて近づき、戦慄した。
中にあったのは切り刻まれた人体だった。顎から上がなく、その断面にはコードが刺されており、体を固定するためであろう楔が撃ち込まれている。
さらに手足はなく、またがるような姿勢で、手足があった痕を、機械の核になる部分にボルトどめされている。外見から予想するに男であろう。
蛹の実体に気づき、鉄ヶ山は思わず後退りした。
背中にぶつかったガラスの感触に鉄ヶ山は振り返る。少し形は違うが、それも蛹であるとすぐにわかった。そしてその中身も予想できた。
大きく股を開くような姿勢で、同じような処置をされた女の体がそこにあった。
知は真理だ。しかし、知こそが無制限の暴力をうみだす。最も残酷なものでさえ。
「これは……」
鉄ヶ山の心に中に灼熱が起こりはじめる。
「シン、なにしてるの? 奥だよ」
部屋に設置されたスピーカーから懐かしい声が聞こえた。
なにかの間違いだ。これは夢だ。
鉄ヶ山の内に疑念を押し殺そうとする棘がいくつも立ち、それが苛立ちとなって返ってくる。
「ムツ……!」




