第十一話・対決の時(B)
「銃規制の議論にもよく似てるわ。あなたは武装権を最大まで認めるタイプで、ワタシはさしずめ反対派ね」
「人を動物として見るか、特別なものとして見るかの差でしかないですよ」
「あなたは、人は野蛮であると?」
「そうじゃありません。一生物なのだと言ってるんです。闘争の否定など無意味だ。結局、今だって形を変えた力の差で勝敗が決まっているじゃないですか」
鉄ヶ山は自宅の地下でエンドローダーの整備をしていた。後ろではユリアが様子を見ている。
ユリアは鉄ヶ山と朱塔の話を聞いて、なにもかもが繋がっていたのだと知った。
そして宿命だと感じた。
では、これは誰の運命で、誰の宿命なのだろうか。
「戦いが非日常で野蛮ならば、日常も本質は野蛮なのだ、と?」
「そうです」
「それは戦争論にもなるかしら?」
「なりませんよ。もっと子供じみた主張ですから。個人においては、持ちうる最大のサバイバビリティを発揮して生きていくべきだ、というね」
「この例えに乗るなら、あなたはむしろ人々を信頼している、とも言えるけど、それは楽観かとも思うわ」
ユリアは、今度こそ最後だな、と思った。鉄ヶ山はどうしても行ってしまうだろう。
「朱塔君には、なにかあるわよ?」
「ええ。でも、それはもうなるようにしかなりません」
「ねえ慎之介、今ある脅威はワタシ達のものだわ」
「ええ」
「マインド能力に対するワタシのスタディは評価され、悪用された。ステフィン=ラルゴという偉大な研究者の成果を侮辱する行為よ。ワタシはそれが許せない」
「覚えてます。技術屋の意地だと」
「思惑のある、朱塔君のものでもあるかもしれない」
「はい」
「あなたが去っても、誰も文句は言わないわよ」
鉄ヶ山はもともと町を出ようと思っていたのだ。
区長の事件の際にガーディアンの気配を感じ取った鉄ヶ山は、フォールである自分がここにいれば、もっと話がこじれるであろうことを予想していた。
それを、ユリアも知っていたのである。
「もう言ってくれてもいんじゃない? なぜあなたはここにこだわるの?」
いつの間にか誰もすることがなくなった疑問。鉄ヶ山を怒らせ、また、萎縮させる質問。
ユリアはわかっていてそこに触れた。
「……知ってるはずだろ」
少し間を置いて返ってきたのは、不貞腐れたような態度だった。
ユリアが鉄ヶ山を刺激するような質問をしたからではない。
これは鉄ヶ山の自然体。めったに見せない、気を許した相手にだけに晒す本当の鉄ヶ山だ。
鉄ヶ山はユリアの質問を生身で受けたのだ。フォールではない。偽りではない。仮面のない、真の鉄ヶ山慎之介として。
「そうよ。ある程度予想はついてる。けど、聞きたいの。あなたの口から」
「……ゼ号作戦」
「やっぱりそこなのね。ゼ号には秘密裏にガーダーが大量に投入されていた。あなたはそこにいて、英雄とされる戦果をあげた」
「あの作戦で、オレは過ちに気がついたんだ」
「カンパニー、かしら? あの作戦は開門計画の一部だった。素手で戦うあなたのような第一世代は、その戦法自体が能力定着のための訓練。実戦は特に貴重なデータとなる。あなたの習った『身命護警術』は、そのためにつくりだされたもの」
「そうだな。関係があると言えばある。ないと言えばない」
「どういう――」
「罪なき人を救えぬは罪、そう思っていたんだ。だけど、実際は、罪のない人を、オレ自身が追い詰めていたんだ」
「そう……でも、あなたは、それを悔いて」
「違う。きっと違う。オレがここにいるのは、もっと、卑しい理由だ」
覚悟しながら、しかし、その日が来なければいいという気持ちも少なからずあった。
だが、そんな期待をするには、鉄ヶ山はあまりに背負い込みすぎていた。
あと少しを望めない。鉄ヶ山はもうそこまで来てしまっていた。
「それも、やっぱり志乃原さんなのね?」
「……ああ」
「今回のことも?」
「いや」
「……ねえ、慎之介」
「うん?」
「きっとあなたは行ってしまうから、今のうちに言っておくわ。最初こそワタシはあなたを警戒していた。ゼ号に参加していたガーダーなんて信用できない、と」
「……ああ」
「でも、一年二年と付き合ってみてあなたに対する印象は変わった。いつも泣きそうな顔をしていて、暗くて、どうにも情けないヤツだと思ったわ」
「ああ」
「でも、今は違う。ワタシは、あなたを――」
そこまでユリアが口にしたとき、鉄ヶ山がユリアを抱きしめた。
強い強い力で、ユリアの体が締め付けられる。
(こんな……)
時間にすれば数秒もないだろう刹那に、ユリアの頭の中でいくつもの思いが流れていった。
体から力が抜けそうになる。鉄ヶ山の温もりが伝わって、意識を溶かしそうになる。
ふわり、と鉄ヶ山の体から花の香りがした。
(こんなこと……)
ユリアの腕がやんわりと鉄ヶ山の体を抱き返す。
触れるか、触れないかの境目で、ユリアはこの時間が永遠に続けばいいと思っていた。
(あるわけない)
ユリアの心が叫ぶ。痺れる脳は思いたくもない現実を容赦なく知らせる。
普段から疲労感の中にある鉄ヶ山がこれほど力むのは敵のいるときだけ。つまりはそういうことなのだ。
「二人……いや、三人」
鉄ヶ山の声は冷たいが、崩れ落ちそうになるユリアを叱咤した。
外から捕食者の視線にも似た気配がする。こちらを狙う銃口の気配だ。
「……来たのね」
「ユリア、裏手から逃げろ」
窓の外の暗闇を目の端で見ながら、ユリアは鉄ヶ山の顔を名残惜しそうに見つめていた。しかし、鉄ヶ山の視線は、壁にかかっているバトルジャケットに向かっていた。
「敵の名はムツ。本条睦丸」
鉄ヶ山がユリアの体を裏手へ続く扉へと突き放す。
「ムツは、オレの親友だった」
ジャケットを手にし、窓へと体を投げ込む。
割れた窓が黒い世界に舞って、キラキラと闇を反射する。
影と闇とが世界を切り裂いて、そして、ユリアの心を覆っていたヴェールまで引き裂いた。
***
銃弾が目に見える火の弾となって飛び交う。
「ふ……ふ……」
鉄ヶ山の様子がおかしい。マスクがないからだ。バトルジャケットを使用するならば必須の装備がないのだ。
盾も銃もナイフもない。持ち帰ったアームランサーもない。
あるのはジャケットだけ。ブースターだけ。敵は、朱塔の部下と同じ最新鋭のテクノクラス。
圧倒的に不利である。
「あいつはなにをするつもりでいる!」
鉄ヶ山が駆ける。
小さな川を飛び越え、壁を蹴り、道を抜けていく。
「もちろんカンパニーの意思を実現するんスよ、先輩」
テクノクラスの一人が、暗い紺色の装備を身に纏ったガーダーが、本当に気軽く答えた。
鉄ヶ山を追いかけてきたのは一人だ。
残り二人は遠巻きに、鉄ヶ山を追い詰めるように回りこんでいく。
少し広い、公園代わりとなっている空き地に鉄ヶ山は転がり込むように入っていく。
民家は近くにあるし、人の通りがないわけでもない。しかし、ここしかないのだ。遠くまではとても引きつけられない。
「スッ!」
鉄ヶ山は得意と言える当て身で正面から挑みかかる。
銃を持つ相手には正気とは思えない戦法だ。
しかし、鉄ヶ山は知っている。戦いの機微を。区長の城で見せたように、銃が相手でも鉄ヶ山の戦いは変わらない。
銃撃の寸前で鉄ヶ山の行動を間に合っていた。掴み、弾き、隙をつくる。近接に持ち込むために必要な要素を鉄ヶ山は満たしているのだ。
それは、体重をわざと崩して初速を稼ぐこと。狙いを逸らすこと。狙う相手の視線を感じ取り、逃げること。
近接で繰り出される銃本体での突きや振りも、互いを挟む境界として流す。
しかし、勝機は薄い。敵はもう動きを変えはじめている。おそらく数秒後には一気に劣勢に持ち込まれるだろう。
劣勢のための機会というものは、いつもそこらじゅうにあふれているものだ。
そして、鉄ヶ山はまだ気づいていなかった。自分の脳を観察する者がいることを。
そしてまるで予想していなかった。その観察者が自分を追ってきていることを。
「鉄ヶ山さん!」
その声に鉄ヶ山は戸惑った。
狙っていた動きのタイミングを外し、テクノクラスの一人からの銃撃を浴びてしまう。
かろうじて狙いは外させたものの、顔面に裂傷と、大腿部を銃弾が貫通する。
「馬鹿な!」
鉄ヶ山は心底驚いた。
もう静町は戒厳令寸前なのだ。その上カンパニーから狙われているヨモギがこのように出歩いていることなど考えられない。
「女連れてきたんスか? ずいぶん余裕スね、先輩」
ガーダーは笑うと、銃をヨモギへと向ける。
鉄ヶ山は割ってはいるようにヨモギの前に立つ。
危険なことではあるが、撃たないことはわかっていた。
敵はヨモギを認識している。
「どうして来た」
鉄ヶ山は振り返らずに問う。
敵は、一人は鉄ヶ山の前にいて、もう一人は鉄ヶ山の視界から離れている。標的を分散させているのだ。
「あの、ごめんなさい……」
「どうしてわかったんだ?」
「えっと、あの、姿が見えたから」
「見えるわけがない。こいつらはそんなコースをとらせてはくれない。こいつらは暗殺者だ」
鉄ヶ山の物言いに、ガーダーからふと笑い声が漏れた。
「ひどい言われようだなぁ。百戦鬼に言われたくないスよ」
ころころとガーダーが笑う。
「でも、たしかに、見えて、聞こえたんです」
「…………」
ヨモギの答えは、ヨモギの『サンプル』としての優秀さを示すものだった。
マインド能力とは、基本的には強烈なイメージと言っていい。
たとえば、ボディイメージ。
自身の体がどこにあってどう動くかを把握する立体感覚だけではない。生体としての反応やホルモンの分泌、バイオなフィードバックも含むすべてを把握するものなのだ。
遺伝子、小器官、細胞、細菌、骨格、臓器、神経、酵素、ホルモン。それらの組成、構成、強度、配列、反応。体の一切合財を反映する鏡であり記録。そして解析装置であり操作機構。それがマインド能力。
ヨモギのものは、他人のそれにも連動しているのだ。
他者にまで伝播するほどの能力。行き着く果ては、おそらく、空間も対象も問わないものだろう。
「才能が醒覚しつつある。ここで捕えれば手柄だな」
敵に油断はない。だが、この余裕が鉄ヶ山は気に入らない。
「おまえ、疑問はないのか? このような仕事を恥と思わないのか?」
二人の慣れ方は立場としての、覚悟としてのそれではない。職業の、商売としてのそれなのだ。
「どういう意味スか? 使命とか、そういうことを言いたいんスかね?」
「そうだ。憲章があるだろう」
「はあ? 俺達は命賭けてんスよ? その分もらえるもんもらわないと。それがプロでしょ?」
「こんなことをするためにガーダーになったのか!」
「そうですよ。先輩がいた時代のガーディアンがどんなものかなんて知りませんが、今はこうなんです」
「くそ……!」
残り二人がどこにいるかがわからない以上、狙われているものと考えるべきである。しかし、それでは動こうにも動けない。腹をくくる必要があるのだ。
切っ掛けは待つものではない。計るものだ。
わかっていながら、鉄ヶ山は待ってしまった。踏み出すには、あまりにヨモギを気にかけすぎていた。
(わかる。肉体も装備も技術も性能も、なにもかも敵が上……)
ヨモギは自分の浅はかさを呪ったが、次の瞬間、問題は解決されたものと知った。
ヨモギには、もう一人、戦う者の姿が見えたのである。
「やってください! 鉄ヶ山さん!」
ヨモギの声に突き出されるように、鉄ヶ山の体が放たれた。




