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其は微笑みの代価  作者: 千代田 定男
第二章 暗殺者
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第八話・無名の名(A)

「なんだろ……」

 何人かがふと気づいた。学校の敷地の外に大きなトラックが止まっているのが窓から見える。

 学校を囲うように数台がぽつぽつと止まっているのだ。

 コンテナを見るに、なにか大きな物を購入したのだろうか、という感想ぐらいしか出てこないものだが、何人かは理屈では説明できないものを感じ取っていた。

 それは、いままでの事件を知っているものが起こす反射のようなもので、汎化(はんか)である。

「泰司、どこ行くの?」

「ちょっと、な。おい、宗助」

「うん?」

「後を頼むぞ」

 天野もそうだった。

 ヨモギが教室にいないことを確認すると、着いてこようとするシズを制止して、どこかへと向かってしまった。

「自分のクラスに帰ったわけじゃないよな……こりゃなにかあるな」

 菊池がシズに声をかける。

「なにかって? まさか、よくないこと?」

「任せておこうぜ、泰司によ」

 菊池とシズは、天野がなにかをはじめたものと思っていた。この二人も気づいていた。異様な雰囲気に。

 少しずつだが、時間が経つにつれて気づく者が多くなってきている。

 気づかないわけがない。いつまでたっても授業がはじまらないのだ。教室で待機するように放送されてもうしばらく経っている。

「うん。ウチ、泰司のこと信じてるし」

「おう。なんだったら、俺のことも信じてくれてもいいんだぜ?」

「もしかしたら」

「無視!?」

「泰司がフォールなんじゃないかって、ウチ、本気で思ってるんだ」

 繰り返されるかもしれない予感を引きずって、なにかが始まろうとしている。


 今の状況をもっとも理解している二人は旧校舎にいた。

 新校舎に直角に位置する旧校舎は、体育倉庫やボイラー室で繋がっているが、校内でも隔絶された場所と言ってもよかった。

 かなり古いもので、そんなものが残されている理由は、壊す理由がないからにすぎない。

「ジャケットは?」

「中に着ている」

「常備していましたか」

「もう一度聞いていいか」

「なんです?」

「本当におまえはオレを追ってきたんじゃないのか?」

「ええ。フォール関係は今は誰も担当していませんよ」

 鉄ヶ山と朱塔が旧校舎の部屋の一つで落ち合っていた。

 四柳に頼んで、この後、校内の生徒は会館と呼ばれる集会所に集められる予定である。

 そうなれば行動開始である。相手と、自分達の両方にとってのスタートとなる。

「さて、そろそろ戻った方がいいですよ、ヨモギさん」

 部屋の外にはヨモギがいた。

 鉄ヶ山と朱塔が教室を抜けたのを見て、後を追ってきていたのだ。

「あの……わたし……」

 鉄ヶ山はヨモギを見て頷く。戻るように促しているのだ。

「でも……」

 ヨモギはもうなにかがあることを予感していた。

 状況から言って当然といえば当然なのだが、しかし、ヨモギが興味を示すのは少し意外である。

 ヨモギの経験を考えれば、もう関わりたくないと思うはずなのだ。

「なにがあるのか教えてもらえませんか?」

「ですが……」

 押し問答になるかと思われたとき、スピーカーから放送が流れてきた。

 旧校舎であるので声は汚かったが、スタートの合図でもある会館への集合を呼びかけるものだ。いわば避難の合図である。

「志乃原さん、これからここに影の七星の残党が来る。理由はオレをおびき出すためだ」

「鉄さん?」

「オレは残党が動くことをわかっていた。だから先手をうとうとしたが、相手の方が早かった」

「それじゃ……」

「ここで、いまからもう一度城砦事件が起きるんだ」

「鉄さん!」

「もう遅い。それより敵だ」

 朱塔が頭を抱える。鉄ヶ山が自ら話すとは思っていなかったからだ。

「ヨモギさん、ですから――」

「わたしも戦います」

 朱塔は驚いた。ヨモギは混乱するかと思ったが、そんなことはなかった。それどころか、思いもよらない行動に出ようとしている。

「なら話しておく。敵がオレをおびき出すために学校を選んだのは、君がここにいるからだ。君は狙われている」

「……はい」

「だから、会館へ行ってくれ」

「それは……いえ、はい!」

 鉄ヶ山の目を見てヨモギは頷いた。

 戦い方は一つではない。ヨモギはそんなことをわかりはじめていた。

「ハア……それはそれで、道中考えるとして……来るのは何者でしょうね」

 朱塔は思考を切り替えようと話題を変えた。

「ハンス、と名乗っている。自警団に手紙が届いた」

「ハンスと? では、ただの残党ではなく、澤本と縁が深い者でしょうね」

「どうしてそう思う?」

「悪戯者のカラス。黒い鷲がかわいく言ったものです」

「ハンス・フッケバイン、か? 馬鹿馬鹿しいな」

 ヨモギはついていけなかったものの、少しでも拾えるものがないかと静かに聞き入っていたが、ふと二人の会話が止まった。

 朱塔と鉄ヶ山が同じように扉を見ている。

 よく耳をすませてみれば、足音が聞こえていた。

「志乃原!」

 姿を現したのは天野だった。

「四柳さんも、経歴の割りにはなかなか頼りにならない。本当に全員避難できているんでしょうか」

「おまえらなにしてる! 集合だって聞いてないのかよ!」

「知っていますとも。私が四柳先生にお願いしたことですから」

「なに? おまえら、志乃原をどうする気だ!」

「どうもしません。逃げてもらおうと思っていたのですが、どうやら少し遅かったようでしてね。そろそろ動かないと。あなたも一緒にお願いできますか?」

「なんだか知らないが、志乃原を巻き込むんじゃねえよ!」

「待って! 大変なことが起こるみたいなの! だから、えっと……あなた……」

「名前、天野泰司君ですよ」

「う……あ、天野くんも逃げないと……」

 天野はコケにされていると思って怒った。しかし、時間がないのは事実なのだ。

「志乃原、会館に行くぞ」

「でも……」

 しぶるヨモギにも業を煮やす天野だったが、もっと腹立たしかったのは朱塔と鉄ヶ山だ。

 朱塔は天野とヨモギを置いたまま、鉄ヶ山となにか相談をはじめた。それが余計に天野を刺激したのである。

「おい! あんただよあんた! 俺は前から気に入らなかったんだ!」

「おや」

「あんた、自警団となにか関わってるだろ。ユリア先生や四柳先生の周囲でよく見かけるからな」

 天野の矛先が向いたのは鉄ヶ山だった。鉄ヶ山は黙ったまま天野を見ているだけだ。

「やっぱりそうなんだな。片桐の次は志乃原かよ!」

 天野が鉄ヶ山を強く突き飛ばす。

 体勢を大きく崩した鉄ヶ山を、朱塔を興味深そうに見ていた。

「なんにもできないクセに、余計なことばっかすんじゃねえよ! おまえらのせいで片桐は死んだも――」

「やめて!」

 ヨモギが思い切り叫んだ。

「やめて」

 俯いたまま、もう一度呟く。

「……なんでだよ」

「ちがうの」

「なんでこんなヤツ庇うんだ!」

「そんな人じゃない」

 今にも鉄ヶ山に殴りかかりそうな天野を、ヨモギはきっとした目で睨みつけた。

「自警団も、鉄ヶ山さんも、天野くんが思っているような人達じゃない」

 天野は驚いた目で志乃原を見た。なにかの冗談かと思ったからだ。

 自警団は今でも役立たずで通っていた。区長の事件に対しても、結局はまともに動けていないのだ。ヨモギを保護したのは知られていたが、ただそれだけで、下手に関わっている分、余計に悪役にされやすかったのだ。

 生徒達の口にあがる自警団像は、よくても脇役、せいぜいが悪役なのである。

 天野の認識にしてもそうだった。だから、当事者であるヨモギがそのような言葉を発するとは思いもしなかったのである。

 ましてやこの状況だ。ヨモギはまた危険に巻き込まれようとしているのに、それを庇うようなことは、天野からしてみれば、あってはならないことだったのだ。

「なに言ってやがる? こいつらはなにもできやしない! できるのはフォールみたいな奴だけだ! そう、フォールのような……ヒーローだけだ!」

「ですって」

 朱塔が天野の言葉に乗っかり、鉄ヶ山に声をかけた。鉄ヶ山は眉を寄せているだけで、何も答えようとはしない。

「……時間が惜しい。行こう」

 それだけ言って扉を出ようとする鉄ヶ山を、天野は掴み、思い切り殴りとばした。

「おまえじゃ無理なんだ!」

 吼える天野の横から伸びた手が、頬をぶった。

 ヨモギが天野を平手うちしたのだ。

「勝手なこと言わないで」

 ヨモギの声が珍しく怒気を帯びていた。

 なにに対しての怒りだろうか。ヨモギは自分で疑問に思った。

 自分に苛立っている。それは、鉄ヶ山を思うと浮かんでくるジレンマのようなものだ。

「フォールの、正体は……鉄ヶ山さんなんだからぁ!」

 正体不明の心情の八つ当たりでもするかのようにヨモギは叫んだ。

 呆気にとられる天野と、頭を抱える鉄ヶ山の横を通り過ぎて、ヨモギが部屋を早足で出ていく。

 朱塔はそれを見て破顔した。どうも朱塔は天野を好んでいる節がある、ただし、よくない理由で。

「"フォールのような"ヒーローではなく、正直に"自分のような"と言うべきでしたね、天野君」

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