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9.ほんとうに好きなもの

「狙いはよかったんだけどな。」



吉田が力が抜けて座り込んでしまった私の目の前にぐいっとしゃがみこんだ。


「ゴールに届いてないんだな、これが…。」


うそ…。

全身の力が抜けた。


「もう、あきらめろって。」

「いやじゃ。まだ、やるっ痛ったぁぁ!!」


立とうと膝を立てた瞬間、右足に鈍い痛みが走った。


「児玉!大丈夫か!?」





「無理すんなよ。」


吉田が近くのコンビにで買ってきてくれたアイスノンを、腫れた右足に巻きつけた。


「あ〜あ、こりゃ、捻挫だな。当分動かしたらいかんよ。」


「…。」


くやしくて言葉がみつからなかった。

肝心な時にどうして。


「…お前はどーして、そんなに一生懸命になれるのかなぁ。」


俯く私の隣で、吉田がごろりと床に寝転び、天井を見上げながら言った。


「俺なんて、関係ないだろ?ついこないだまで関わるの嫌がってたじゃん?」

「…吉田のバスケ、好きだから。」

「俺のバスケ?」

「うん。さっきのシュートも吉田をまねしようと思ったんだけど。」


吉田みたいにはうまくいかないみたいと、ぎこちなく笑って言った。


夜の体育館はすっかり冷え切っていて、二人の間に落ちる沈黙がより一層寒さを増長させる。


「さっきの、結構図星。怖い。バスケやるの正直怖いよ。」


ポツリポツリと吉田が言葉を漏らす。


「…妹のこと、やっぱり思い出す。あの事故の時、頼まれてバスケットを教えてあげてたんだ。でもアイツ、下手くそでさ。手がちっちゃくてまだうまくボールが扱えなかったんだ。で、俺はそのうち自分の練習に没頭しちゃって、妹をほったらかしにしてて…あいつがボールを追いかけていったことにすぐには気づかなくて…。それで、あんなことになっちまって。…バスケやるたんびに思い出す。」


情けないよな、そう言ってカラカラ笑った。


一言一言が胸にずしんと響いた。

大きな吉田がちっちゃく頼りなげに見えた。

でも…。


「でも、吉田はバスケを捨てれなかった。吉田は、バスケが好き…なんでしょ?」


隠したって無駄だよ。

あんたのバスケしてる姿から伝わるんだから。

好きで好きでしょうがないって思いが…。

吉田は驚いた顔をしていたけど、すぐに遠くを見つめるようにしてつぶやいた。


「…そっかぁ、俺はバスケが好き…なのかぁ。」


自分自身に言い聞かせるように、その意味を確認しながら、ゆっくりと。


「うん…好き…なんだろうな。」


小さい声で、でも、はっきりと、吉田は言った。


その瞬間、私もわかった。


好きなんだろうな。


この人のことを。



どれくらいそうしてたかわからない。

沈黙を最初に破ったのは、吉田だった。


「お前、さっきの勝負で言ったこと、覚えてる?」


ギクッ。


「なぁ。負けたらなんでも言う事聞くって、言ったよな?」

「そ、そんなこと言ったかな〜?」

「しかと聞きました。この耳で。さぁて、何してもらおっかな〜? 」


何やら企んでるような笑みを浮かべてじりじりと近づいてくる吉田に、ものすごぉーい不吉な予感がする。

こいつがこんな顔をするときは、なにかよくないことが起こる前兆だ。


「…さっきまでのしおらしい吉田はどこいったんだ!! 夢かまぼろしかっ!?」


「さてねー。俺も健康な高校男児だからねぇ、児玉ちゃん。」


角に追いやられ、逃げ場がない私に容赦なく吉田は距離を縮めてくる。


こ、怖い…。

吉田が、いつも以上に悪魔にみえた。


誰もいない体育館に男と女…。

いやぁ、こんなベタな設定、少女漫画でもありえないな。

おいしすぎなシチュエーションってわけか。

わはは、これで高校生活の思い出の一ページができるってことね。


…。


いかん、こんな逃避行してる場合じゃない。

乙女の貞操の危機じゃ〜いっ!!


「ま、負けてないもん。まだ勝負はついてないじゃんか!今回は、ね。見逃してって。」


「だめ。」


必死のお願いにも耳を傾けることなく、いつになく真剣な面持ちの吉田の前髪が私のおでこに触れるくらい接近してきた。

ぎょえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!


「!??」


咄嗟に側にあったバスケットボールを前に突き出した。


「てめ。」


ボールにちゅーをかましたアホ吉田はぐいっと口元を拭う。


「あんたの愛しのバスケットボールだよぅ。」


なんとも間の抜けた表情の吉田を見上げて、私はにこっと笑ってみせた。

飛びきりの極上スマイルで。



まだまだ吉田になんか負けてられないもんね!!


■■■■■■■■■■


物語りもいよいよ佳境に入ってきました。

更新遅くてすみません(汗)

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