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4.放課後の体育館(下)

「なぁんで、私が…。」


こんなの不条理だ。だいたい先生にまで広がっているのか、あの噂は…。

思わず寒気がした。

(はぁ。どうなっちゃうのかな。私の高校生活…。)

ぶつぶつ呟きながら体育館に向かう。

サトセンが、吉田は体育館にいるはずだと教えてくれたのだ。

知っているなら自分で行けよと悪態をつきながら、仕方なくとぼとぼと歩いた。

香織はさっさと退散してしまったから今は一人だ。

一人でほの暗い学校にいるのは気がひけるので、さっさと用事を済ませてしまおうと

自然と足が速まった。


体育館からは、明かりが漏れていた。

(だいたい、どの部活もテスト前で休みだっていうのに、何やってんのさ、アイツは。)

イライラしながら、サトセンから預かった紙袋をブンブン振り回し中に入った。


吉田はそこにいた。

広い体育館の中でただ一人、黙々とバスケットゴールにシュートを放っていた。

声をかけようとしたが、思わず足がとまった。


吉田の伸ばした手から、すいっとボールが離れる。

瞬間、光にあたって透けた茶色の髪が、ふわっと浮いた。

ボールは綺麗な弧を描いて、まるで引き寄せられるかのように迷いなくゴールにスポッと入った。

まるで、魔法をかけたみたいに…。


(やっぱりすごいや…アイツ。)





と、吉田が私に気づいて振りかえった。

眉をしかめ、少し不機嫌そうに話しかけてきた。


「なんだよ。なんか用か?」


そういえば、吉田と話すのも久々な感じだ。

それもそうか。私がことあるごとに避けているんだから。


「サトセンがこれ渡せって…。」


こっちも負けずおとらずしかめっ面をして言ってやる。

それを聞くと、吉田はめんどくさそうに、こちらへのんびりと歩いてきた。


「何なのこれ?カシャカシャいうけど…。」


「ああ、これ?気になる?」


出た!この意地悪な顔!

こういう顔をさせたら、吉田は天下一品なのだ。


「…気にならない。」


ぶすっと押し黙った私に、吉田はなお不吉な笑いを顔いっぱいに広げる。


「俺とサトセンの交換日記。」


「え?ほんと…」


よ、吉田はそんな趣味があったのか!?

よりによって、あんな40過ぎのおっさんと何がおもしろくて交換日記なのだろう。

いつになく真面目な表情の吉田を見上げて、思わず情けない声で言った。


「吉田…。そういうのは、ピチピチの若い子とやった方が楽しいと思うよ?」



と、その時、吉田の表情が一瞬にしてくしゃくしゃに変わった。


「ぶあっは!!!ほんっと冗談通じないのな、お前って。普通はわかるだろ。なのにアドバイスまでしてやがんの!ないない、ありえない!!ひゃっひゃっ!!!」


そう言い切ると、これでもかとばかりに腹をかかえて笑い出した。


「…こ、こんのアマ…っ!」



ええいっ!!何がおもしろいんだ!何がー!?

だから、コイツは嫌いなんだ。

いつも本当だか嘘だかわからないような事を言うんだから。


(もう絶対信じない。あぁ、人間なんて信じないさ!)

私は、だんまりを決め込んでスタスタとその場を去ろうとした。



「バコン!」



「いてっ。」


後ろをむけた背中に硬いものがぶつかり、側をてんてんとボールが転がってゆく。


(…お前、今それをぶつけたな…。)


「児玉もやらない?」


むっとして後ろを振り返ると、吉田はまだ笑ってる。


「やらない。」


もちろん、即答。

誰がやるもんですか!


「バスケ、嫌い?」


「嫌い。球技の中で一番嫌い。」


「へぇ…。」


そう呟いた吉田の声は、聞き取れないくらいの小さな声だった。



「…吉田は、バスケ好きでしょ?」


「…。」


「なんで、やめちゃったの?知らないけど、結構、期待のエースだったらしいじゃない?」


吉田は、中学の頃バスケ部だった。

なぜ知っているかというと、昔一度だけ吉田の試合を見に行ったことがあるのだ。


その当時、他校のバスケとは全く関係ない私たちにまで噂が届くほど、吉田のずば抜けた上手さとその容姿は有名だった。

当時のミーハーな私の友達は、早速私を試合にひっぱっていった。


「ほんとにかっこいいんだって。瓜子も見ればわかるよ〜。」


そう言って、無理やり説得された。


試合は前半終って27対40、県内でもベスト4に入る位は実力のある我が中学のバスケ部は圧倒的な強さを見せ付けていた。


「なんで、吉田くんをださないのかねぇ…。」


隣で友達が不満そうに呟く。

お目当ての吉田という人物は、前半控えでベンチに座っているらしい。


ピーッ!

後半が始まった。

と、コートを背の高い男が、ものすごい勢いでドリブルをしていく。


あれ、さっきまでいなかったと思うけど…。

なんでだろ? 知らない人なのに、目が離せない。


「あれが、吉田くんだよ。」


友達がそっと教えてくれた。

そうか、あれがかの有名な…。


今までの鬱憤を晴らすかのように、次々と鮮やかなシュートを放っていく。

それがまた、おもしろいようにゴールに吸い込まれていくのだ。

ディフェンダーをかわし、すっと瞳をゴールに移す。

そして、すらりと伸びた手で軽くボールを突くと、綺麗な曲線が描かれる。


思わず、握っていた手に力が入った。

吉田がシュートをする姿は、綺麗だった――――。


結局あっという間に点差は追いついて、ついには吉田がいる中学が逆転大勝利を収めてしまった。

試合が終った瞬間、体育館中がざわめき歓声が沸きあげって、

吉田はそのコートの中で満面の笑顔とともに右手を天井に突き上げた。

悔しいけれど、ただただその姿に圧倒されたんだ。



そんな吉田がバスケをやめて、高校が一緒だということを知ったのは、それから随分あとになる。


今まで、ずっと疑問に思ってきた。


あんなに輝いていた吉田が何故突然バスケをやめてしまったのか?


何故あの時のような笑顔を見せなくなったのか?


■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


更新おそくなりました(汗)

どうぞ気長にお待ちください…

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