2.早起きは三文の得?
高校入学したてで、クラス全員の名前もまだ覚えられなかった頃、一人だけ誰からも記憶される名前の人物がいた。
それが、吉田広人だった。
隣のクラスから、わざわざ覗きに来る子も少なくなかった。
それほど彼の容姿は際立って目立っていた。
奴は、いわゆる“もてる”人種だ。
すらりと伸びた背、さきっぽがクルッとくせ毛っぽくなっている薄い茶髪の短い髪、人を射抜くような真っ直ぐな瞳、意志の強さをあらわしているのか、きゅっと結ばれた唇。
容姿端麗とはまさにこのことだ。
私自身、最初は驚き、ただただ彼を眼で追っているばかりだった。
校内中、彼の噂で持ちきりとなってしまい、かわいい女の子に呼び出しをくらう事もしばしばあったようだ。
そのうち、来るもの拒まず去るもの追わずの非情な極悪人根性がバレ始め、噂もひと段落し、私の心の中でも「タラシ」という位置に無事ランクされ、同じクラスだということも全く意識しないようになっていた。
このままで行けば、凡人の私と吉田広人とはクラスメイトという関係だけで終わるはずだったのだ。
―けれど、あの日から運命が変わった。
その日は珍しく、早く学校に行ったのだ。
あんまりに気持ちのいい朝だったから、「早く行って読書でもしますかね」なんて軽い気持ちだった。
と、クラスのドアから、走り去っていく女の子と鉢合わせになった。
どうやら、隣のクラスの女の子みたいだ。
通り過ぎるときにちらっと見やると、その子の眼から涙があふれているのに気づいた。
(何かあったのかな?)
疑問符を浮かべながら教室のドアに手をかけ勢いよく開けると、思いもしなかった人物が視界に入ってきた。
それは、窓際にぼんやりたたずむ、吉田 広人の姿だった―――。
「おはよ。」
彼は一瞬驚いたような表情をしたが、私だとわかるとボソッと呟いた。
風に吹かれた髪がクルクルとなびき、朝日をうけて眩しそうに瞳を細める姿が、妙に綺麗だった。
「児玉サン、早いね。」
びっくりした。
一度も話したことないのに、まさか名前を覚えていてくれるとは思わなかった。
「よく、私の名前知ってるね。」
気づいたら、思わずこんなことを口走っていた。
「児玉 瓜子って名前、なんかスイカっぽいだろ?だからなんとなく覚えてたんだよ。」
そういって、奴はいたずらっぽく笑った。
(へぇ。こんな笑い方もできるんじゃん、コイツ。)
いつものヘラヘラ媚びたような笑い方よりよっぽど彼に似合っていた。
(にしても、“スイカ”っていうのはないでしょ?)
少しむっとしながら、今度は落ち着いて言葉を捜した。
「何やってるの?」
「知ってるくせに…。」
にやっと意地悪そうに笑った顔を見て、さっきの場面を思い出す。
泣きながら逃げるように走り去ったあの娘。
そして、こんな朝早くから教室に一人でいる“モテる男”。
考えられるのは、一つしかない。
「なんで、児玉サンはこんなに早いの?」
私が考え込んでいた間に、今度は奴から質問された。
「アンタに関係ないでしょ。」
吉田は、きょとんとしていた。
そして、唐突に笑い出した。
「やっぱり、児玉サンっておもしろいわ〜。」
何がおかしいのだろう。
正直な気持ちを言ったのに笑われて、私は大いに心外だった。
あんまりおかしそうに笑うから、睨みつけてやったら、笑みを顔に残したまま話しかけてきた。
「さっきの女の子、かわいいと思う?」
「さあ。」
「付き合った方がいいかな?」
「いいんじゃない?」
「児玉サンは、好きな人いるの?」
「別に。」
「じゃーさ。」
そう言うと、奴はしゃがみこみ、私の顔の位置に目線を合わせた。
陰が出来るほど長いまつげが、目の前で瞬く。
「児玉サンの事、利用させてくれない?」
そう言われて、私は必死にその意味を考えていたとき、急にドアが開いた。
―――ガラッ――
「おっはよーっ!!て、まだ誰もいないか…っ!!?」
朝練を終えて一番に乗り込んできた陸上部の女の子は、そのまま口をあけて固まってしまった。
吉田広人に、しかと抱きしめられてしまっている私という非常にマズイ状態を目撃しながら…。
なんだか恥ずかしくなってきました…ベタベタ展開王道ですね…。




