Episode8 捜索
弥生とは相変わらず……
お昼時。俺は弥生と屋上に座り、弁当を食べていた。
俺は母親手作りの弁当。
肉もあれば、野菜などもそれに見合うだけあるという、バランス的には良いが、食べ盛りの高校生の心境的には複雑だ。
肉だらけでもいいのに。なんて思いつつサラダを頬張る。
少ししなったレタスをこれでもかとやっつけながらチラッと弥生の方をみてみると、まぁ……豪華な。
いかにもA5ランクとかいう肉みたいなのとかが入っている。しかも刻んだトリュフっぽいのが乗っている。もはや弁当というのか、それは。
有り得ない……そんなお金持ちが隣に座っていることも。
弥生はひたすら黙々と食べている。元々、よく喋るタイプでは無いようだが、だとしてもおかしいほど、一言も発しない。
屋上には俺たち以外にはいないから、俺と話さない限りは弥生が言葉を発する事は無い。
いつもならこの無駄に広く感じる屋上にそれなりに人がいる。
外の空気を吸いながら食べる人、屋上で出会いを求めるふしだらな連中(主に男)など、色々いるが雨が降る中、わざわざ屋上に来る人なんてそうはいない。
いるとすれば、俺の隣のお嬢さんくらいだ。
屋上で食べたい、と言うので仕方なく屋上に来た。
たまたま、扉のすぐ近くに屋根があるところがあったので、そこで食べている。
正直な所、雨のにおいがして、弁当が美味しく感じるかといえば微妙だったりする。湿っぽいし。
「ねえ」
弥生は箸を止め、屋上に来てから初めて声をかけてきた。
「何かあるのか?」
「何か無くちゃダメ?」
「いや……」
会話終了。俺には聞かれて一言返すのが精一杯なのに、質問に質問で返されたらまともにものなんて言えない。
俺たちの間にはまだギクシャクした感じが残っている。俺だけが感じているだけなのかもしれないが、そんな気がする。
弥生はまた箸を動かす。
……その様子を屋上の扉から顔をちょこっとだけ出して見ている須田を見つけた。
とにかく睨まれている気しかしない。
どうしようか。勇気を出せよ、俺。いや、無理だ。
などとあーだこーだ考えていると、弥生が立った。
「ご馳走様」
いつの間に食べ終えたのか、弥生は弁当箱が入っている鞄を片手にそれだけ言い残して屋上を去っていく。
ほんとマイペースというかよくわからない。
俺はまだ残っている弁当を片付けていると誰かが近寄ってくる。横目で見慣れた紺のチェック柄のスカートが見える辺りといい、多分あの執事だろう。
立ち止まったようなので話しかけてみる。
「何だ?」
「……何があったんだ?」
教えろ、と見た目だけなら上々の女の子――男だが――は 言う。
教えられるはずがない。俺が恋人役をしていてその理由を弥生に聞きましたらこうなりました、なんて。
上手く誤魔化して言えないだろうか。いや、変に言って勘違いされるのも大変だ。
「気にしなくていいよ、大丈夫だ」
俺は弁当を片付けて立ち上がり、逃げるようにして足早に扉の方へ行く。
「待て」
「何だ?」
「私は認めてなんかいない。それこそ今にでも排除してやりたいところだ。でもそうはいかないからな」
「さりげなく物騒な事を言うな」
いざとなれば殺されそうである。そのくらいの迫力があった。
「とにかく……うちのお嬢様で、私の主人なんだ。大切にしてくれ」
傷付けたら殺す、と指を突きつけてからセーラー服姿の男は去る。
言われなくても分かっている。お前なら余裕で殺りそうだからな。
屋上の扉に手をかけて校舎へ戻ろうと思った。その時にふと気づいた。
雨が降って止まない屋上に他に人がいることに。
「あれは……海斗?」
そう、海斗だった。あの後ろ姿は奴に違いない。
濡れて透けたワイシャツの下に、何かのキャラがこちらを向いて微笑むシャツが見えたからだ。
海斗は手すりに手をかけていた。まさかと思い、放っておくわけにもいかないので俺は走ってすぐ側にむかう。
「海斗、どうしたっ!」
「洵か……いや、死のうと思ったんだが、手すりが高くて越えられないんだ。手を貸してくれ」
「いやいやいや、誰が手を貸すかよ!? バカか!? 何言ってんだよ!!」
海斗を押さえつける。完璧なるインドア派な海斗の体はしっかりしていないため、苦労はしなかった。
俺に抑えつけられて身動きが取れない海斗が騒ぐ。
「離せ! お前にまで負けた俺は死ぬしか無いんだ! お前なら勝てるとか思った俺がバカだったんだぁ!!」
泣きそうな感じで言う。いや、泣いてる。
つーかこの野郎、人を下にみていたな。
せっかくなので一発浴びせた。……顔に。
「痛!? 何故!?」
「いいから、行くぞ」
俺は嫌だ嫌だと泣きじゃくる海斗を引きずるようにして校舎の中へと戻ったのだった。
ずっと降っていた雨は止んでいる。しかし雲はまだ太陽を見せようとはしない。むしろ雲行きは悪く、また降りだしそうな予感がしていた。
「無いな……」
放課後、俺は一緒に帰ると言う弥生の誘いを断って小鳥遊さんが落とした鈴を必死に探していた。
ふと、あの時の小鳥遊さんの表情を思い出す。見つけなくてはいけない気がして、焦るばかり。
「ここら辺で落ちたと思うんだけどな……」
空を見上げて、周りを見渡す。確かこの辺りだったはずだ。少し暗くてよく見えはしなかったが、合っているはず。
「そうか!」
俺は歩きだした。近くに公園があったはずで、公園には木が何本かある。もしかしたら引っ掛かっているかもしれない。僅かな期待に背を押されていくように早足で公園へ向かった。
公園に着いた。
普段は子供たちが遊具で遊んでいたりする公園だが流石に天気が良くないためか、人はいない。
むしろ好都合だった。変な目で見られそうだし。
公園の木は三本。一本はあまり成長してないようで背も低く、どうやらその木には無いようだ。
だとすると、残り二本。二本とも背は高く、同じような木だ。登ろうかと、足をかける場所を探す。
木の周りをうろうろしてやっと足のかけられそうな場所を見つけ、右足をかける。
太い枝を掴み、どうにかして登っていく。昔、木登りが地味な特技だったりしたのが幸いだ。
濡れているせいか、少し滑りながらも昔の感覚を頼りに少しずつ登っていく。
鈴がひっかかってないか見ながら登っているが見つからない。
ちょっと疲れたので特に太めの枝に腰をかけ、幹にもたれかかる。
一息ついてから、また探そう。昔はこのくらい平気だったのにな。
「ん? ……あれは……」
小鳥遊さんだ。飛んでる。
普通に飛んでる、と理解する自分がちょっと怖い。何しろ見たどころか実際に体験したのだから仕方無いか。
小鳥遊さんは何かを探すようにキョロキョロとしていた。小鳥遊さんもまた、鈴を探している様子だった。
まだ見つかっていないのか、哀しげな表情をしていた。
早く見つけないと。焦りが俺をはやらせる。頭に血がのぼるような感覚がした。ちょっと熱い気がする。
そんな頭を葉っぱから零れる雫が冷やしてくれた。
葉をかき分けて探してみる。が、水滴が落ちるだけでどこにも見当たらない。 この木は粗方調べたので降りる事にした。
「うわっ」
降りようとして滑って落ちそうになるが、ギリギリで枝を掴み助かった。
「ふぅ……危なかった」
安心して息をつく。
何処だ、何処にある。焦る心を抑えられない。あの表情を思えば思うほど、頭に血がのぼっていくのが分かった。
そんな時、ざあーと雨一斉にが降りだした。
熱くなっていた頭が少し冷える。ちょっと落ち着いた気がした。
そうだよ……こういう時は誰かの手を借りればいいんだ。誰かいないかな……弥生は無理だし……海斗か。
鈴を見つければ可愛い女の子とお近づきになれる、とでも言えば奴は食いつくはずだ。
可愛いのは確か。
俺は次第に強くなる雨の中、家まで走って帰ることにしたのだった。
◆
山手にある小屋。
濡れた羽を手入れしながら呟く。
「わざわざ……探してくれてたなんて」
この間知り合った、あの人だ。というかぶつかってしまった。名前は……確か……
「あれ?」
忘れてしまった。何だったろうか。
あの鈴は大切なものだ。大切な……形見で。
絶対に失くしてはいけないもの。
どうやら木に登ってまで探していたみたいだった。 目は良いから、葉に隠されていたが気付いた。あちらは気付いてたのだろうか。
それから少しすると雨が降ってきて、彼は走っていった。
見つかったのかどうかは分からないが、濡れるのを覚悟で探してくれていた……と思う。
まだしっとりしている羽を広げて、布団に倒れこむ。
羽をたたみたいのはもちろんなのだが、濡れていたままにすると蒸して気持ち悪いので乾くまで広げているのだ。
「お礼を言わなきゃ……」
申し訳ない気持ちでいっぱいだ。全て自分の責任であるはずなのに。
家の場所は送っていった時で知っているから、いつでも言いに行ける。
でも、飛んでいるのをあまり人に見られたくはなかった。そのため今日のような日は都合が良かった。
雨の日は出かける人も少なく、空を見上げるような人はかなり少ないからだ。
とりあえず今は休もう。雨の中で水を吸って重くなった羽はただ疲れる。
白い小鳥は静かに眠りについた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
次回も読んでいただけたら幸いです。