最終話「攻略対象外だった君へ」
春。
桜が咲いていた。
長かった高校生活も、今日で終わる。
卒業式の日だった。
体育館にはたくさんの生徒が並び、先生たちが慌ただしく動いている。
名前を呼ばれ。
卒業証書を受け取る。
たったそれだけなのに。
不思議と胸が熱くなった。
入学した日のこと。
友達ができたこと。
失恋したこと。
文化祭。
そして――
九条紗奈。
全部が思い出になろうとしていた。
卒業式が終わる。
教室には最後のホームルームを待つ生徒たちがいた。
写真を撮る者。
泣いている者。
騒いでいる者。
それぞれが最後の時間を過ごしている。
「朝倉!」
藤崎が肩を組んできた。
「卒業だな」
「そうだな」
「大学行っても振られるなよ」
「余計なお世話だ」
最後までこいつはこいつだった。
だが。
少しだけ寂しかった。
ホームルーム終了後。
教室は一気に解散ムードになる。
そんな中。
俺はある人物を探していた。
紗奈。
さっきから姿が見えない。
スマホを見る。
メッセージが届いていた。
『屋上』
短い一言。
でも。
すぐに分かった。
俺は走り出した。
屋上。
春風が吹いている。
フェンスの向こうには街並み。
そして。
その前に立つ一人の少女。
九条紗奈。
俺の彼女だった。
「来た」
振り向いた彼女が笑う。
付き合って数か月。
それでも。
その笑顔を見るたびに胸が高鳴る。
「どうした?」
俺が聞くと。
紗奈は少し空を見上げた。
「卒業したなって」
「したな」
「不思議」
彼女は笑う。
「高校入った時は、こんな未来想像してなかった」
俺もだ。
本当に。
まったく想像していなかった。
「知ってる?」
紗奈が言う。
「何を?」
「最初にぶつかった日」
焼きそばパン事件だ。
忘れるはずがない。
「私、朝倉のこと苦手だった」
「ひどくない?」
「だって変だった」
事実だった。
反論できない。
「でも」
紗奈は続ける。
「毎回話しかけてくるし」
「うん」
「うるさいし」
「うん」
「空気読まないし」
「悪口大会?」
紗奈が吹き出した。
そして。
少しだけ優しい顔になる。
「でも」
風が吹く。
桜の花びらが舞う。
「そういうところに助けられた」
俺は黙る。
「私、一人でいるのが当たり前だったから」
静かな声だった。
「誰かが当たり前みたいに隣に来ることなんてなかった」
だから。
朝倉がいたのは嬉しかった。
そう言って。
紗奈は少し照れたように笑った。
俺は思い出す。
あの日のことを。
最初に会った時。
世界のすべてが面倒そうな顔をしていた少女。
学校中で「氷の女王」と呼ばれていた少女。
正直。
攻略難易度は最高レベルだったと思う。
というか。
普通なら話しかけない。
でも。
なぜか気になった。
理由は今でも分からない。
ただ。
目が離せなかった。
「なあ」
俺は言った。
「紗奈」
「ん?」
「実はさ」
少し笑う。
「最初、お前のこと攻略対象外だと思ってた」
紗奈が目を瞬かせる。
「何それ」
「だって絶対無理そうだったし」
「失礼」
「でも本当だろ」
「まあ」
否定しなかった。
少しだけ傷付く。
すると。
紗奈が笑った。
「朝倉もだよ」
「え?」
「私からしたら攻略対象外だった」
今度は俺が驚く番だった。
「なんで?」
「モテそうだったし」
「モテてない」
「そうじゃなくて」
紗奈は少し恥ずかしそうに言う。
「私なんか見ないと思ってた」
その言葉に。
胸が締め付けられた。
人は案外。
同じことで悩む。
相手は自分を見ていない。
自分なんて選ばれない。
好きになっても無駄だ。
そんなことを考えてしまう。
でも。
実際は違った。
俺は紗奈を見ていた。
紗奈も俺を見ていた。
ただ。
お互い気付いていなかっただけだった。
「ねえ」
紗奈が言う。
「大学行っても」
少し不安そうな顔。
「ちゃんと会う?」
思わず笑った。
「当たり前だろ」
「本当に?」
「本当に」
即答だった。
迷う理由なんてない。
すると。
紗奈は安心したように息を吐く。
そして。
そっと俺の手を握った。
付き合い始めた頃なら考えられなかった。
少し冷たい手。
でも。
すぐに温かくなる。
桜が舞う。
卒業式の日。
高校生活は終わる。
だけど。
物語は終わらない。
この先も。
喧嘩するかもしれない。
すれ違うかもしれない。
嫉妬するかもしれない。
それでも。
きっと大丈夫だ。
なぜなら。
俺たちはもう。
ちゃんと気持ちを伝えられるから。
「帰るか」
俺が言う。
「うん」
紗奈が頷く。
そして。
二人で屋上を後にする。
未来へ向かって。
ゆっくりと。
並んで歩き出した。




