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第8話後編 正義のヒーローは商店街にいる

第八話 後半案


 町内会イベント当日。


 私は世界征服玩具店の前で、渡された紙を見ながら固まっていた。


『商店街わくわく子供フェスタ スタッフ配置表』


 名前は普通。内容も普通。

 なのに、主催協力の欄に世界征服玩具店と書いてあるだけで、すべてが不穏に見える。


「……帰りたい」


 初任給をもらった日の惣菜は、無事に温かいうちに家へ届けられた。

 そこまではよかった。

 問題は、そのあと店長から届いたメッセージである。


『町内会イベントではヒーローショーをやる。助手として参加したまえ』


 説明が薄い。いつも通りだった。

 そして、いつも通り、詳しい説明がないまま当日になった。

 私はもう一度、スタッフ配置表を見る。


 射的係。輪投げ係。くじ引き係。

 迷子対応。清掃補助。

 ヒーローショー補助。


 普通だ。

 並んでいる文字は普通だ。

 なのに、最後の一つだけ、やけに私の人生を狂わせに来ている感じがする。


 その時、背後から控えめな声がした。


「あの、白山さん、でよかったですよね?」


 振り返ると、この前の人――緋村(ひむら)確かさんが立っていた。


 この前とは違い、今日は動きやすそうな服装だった。姿勢が良い。普通に立っているだけなのに、何となく舞台上の人っぽい。

 ただし、顔は少し困っていた。


「おはようございます、緋村さん」


「おはようございます」


 緋村さんは私の持っている紙を見て、それから自分の手元の紙を見た。


「手伝いとは聞いていましたが、ヒーローショーなんですね」


「私もメッセージで初めて知りました」


「一応、事務所に連絡した方がいい案件だと思うんですが……」


「ですよね」


「あと、台本とかあったりする? 特に何も聞いてないんだけど」


 私は思わず声を上げた。


「手伝ってもらう相手にも何も説明してないんですか、あの人!?」


「昨日いきなり呼び出されたと思ったら、衣装合わせだと言われ、ベルトだけ渡されました」


「ベルトだけ?」


「はい」


「説明は?」


「『魂で分かる』と」


「分かるわけないですよね」


 朝からもう疲れた。

 この店に関わると、だいたい説明不足から始まる。

 説明がないまま事件が起きて、事件が起きてから説明が来る。

 順番がおかしい。

 おもちゃの説明書なら、絶対に最初のページに書かれていることを後出ししてくる。


 商店街の中心には、少し開けたスペースがある。


 普段はベンチが置かれていて、お年寄りが休んでいたり、小学生がアイスを食べていたりする場所だ。今日はそこに簡易ステージが組まれ、周囲には輪投げ、射的、くじ引きの屋台が並んでいる。


 アーケードの天井には色とりどりの飾りが吊られ、スピーカーから妙に陽気な音楽が流れていた。


 普通の町内会イベント。

 普通の子供向けフェスタ。

 のはずだった。


「よく来たな、助手よ!!」


 ステージの中央に、白衣の男が立っていた。

 店長だった。

 今日はいつもの白衣に、なぜか赤いマントをつけている。

 鼻の頭まで下がった眼鏡の奥で目を光らせ、商店街の真ん中で堂々と胸を張っていた。


「町内会イベントでその格好、浮いてますよ!」


「何を言う。イベントには華が必要だ」


「華というか異物感です」


 店長の横には、シータがいた。

 ピンクブラウンの巨大なクマが、司会者のようにマイクを持っている。

 その姿を見た緋村さんが、ぴたりと止まった。


「……動いてますね」


「あ、そこからなんですね」


「おはよ〜、ユズちゃん。緋村さんもおはよ〜」


 シータがゆるく手を振る。


「喋った」


 緋村さんの声が静かに震えた。


「はい。喋ります」


「前は喋りませんでしたよね」


「空気を読んだんだよ〜」


「クマが空気を読んだ」


 緋村さんが、理解しようとしている顔をしている。

 でもたぶん、理解しない方が早い。

 この店では、理解しようとした人間から順番に負ける。


 その時、ステージの奥から黒い影が出てきた。


 デルタだった。


 ただし、いつものブルーブラウンではない。

 外装の毛並みが黒く張り替えられ、目元には銀色のラインが入っている。胸元には、やたら悪そうなエンブレムまでついていた。


「今日のオレは悪の幹部、ダークベアーだ」


「普段動かないのでは!?」


 私は思わず叫んだ。


「イベント事は別だ!」


 店長が堂々と言う。


「別なんですか!?」


「町内会のためだからな」


「急に地域密着しないでください! 世界征服どこ行ったんですか!」


「地域制圧は世界征服の第一歩だ」


「言い方!」


 シータがマイクを持って、にこにこしている。


「本日のヒーローショーは、シータが司会進行でお送りしま〜す」


「シータが司会進行だと、私は?」


 嫌な予感がした。

 聞くべきではなかった。

 でも聞いてしまった。


 デルタが黒い腕を上げる。


「そりゃー、オレに捕まる人質Aだろ」


「A」


「BもCもいないけどな」


「単独人質じゃないですか!!」


「安心しろ。重要ポジションだ」


「重要の方向性が嫌です!」


 緋村さんが困惑した顔で私を見る。


「白山さんは、いつもこういう役を?」


「いつもではないですが……巻き込まれ方にバリエーションがあります」


「それは、何というか、お疲れ様です」


「ははっ……ありがとうございます」


 そうこう話していると、店長が奥から何かを持ってきた。


 銀色の変身ベルトだった。


 中央には、世界征服玩具店のロゴらしきものが入っている。黒と赤と銀を基調にしたデザインで、妙に本格的だった。子供向け玩具として売っていたら普通に人気が出そうなくらいにはかっこいい。

 認めたくないけど。


緋村誠一郎(ひむらせいいちろう)


 店長が珍しく真面目な声で言った。


「これを君に託そう」


 緋村さんはベルトを受け取った。


「これは……」


「試作変身ベルト、ブレイブギアだ」


「名前はかっこいい」


 思わず呟いてしまった。


「白山くん、素直に褒めたまえ」


「ところで、世界征服を企む店がヒーローアイテム作るってどうなんですか?」


 店長は、待っていたとばかりに胸を張った。


「愚問だな。ヒーローがいなければ、悪の組織はただの迷惑集団だ」


「自覚あるんですか?」


「あるとも。だから私は、きちんとヒーローも用意する」


「マッチポンプって言葉、知ってます?」


「知っている。効率の良いエンタメだ」


「最悪の解釈!!」


 緋村さんが、ベルトを見下ろしたまま小さく笑った。


「でも、子供には必要なのかもしれませんね」


「え?」


「悪役も、ヒーローも」


 その言葉に、店長が少しだけ満足そうに目を細めた。


「因みにこれ、使い方は?」


「心のままに叫べばいい」


「説明書などは?」


「心だ」


「店長、説明書を心で代用しないでください」


 緋村さんは困ったように笑った。

 けれど、その目はベルトから離れていなかった。


 不思議だった。

 この前会った時は、どこか疲れた大人に見えた。

 今も疲れが消えたわけじゃない。

 でも、ベルトを見る目だけは少し違う。


 子供が、ショーケースの中の玩具を見る時の目に似ていた。


---


 ヒーローショーは、想像以上に人が集まった。


 小学生たち。

 小さな子を連れた親。

 商店街のおじちゃんおばちゃん。

 通りすがりの人。

 そして、なぜか最前列で目を輝かせている隼くん。


「ガングー! ヒーローショーってマジ!?」


「マジだ!」


「かっけー!」


「君は観客席で大人しくしていたまえ」


「俺も出たい!」


「また機会があれば出してやろう!」


 私は人質A用に用意された椅子の横で、すでに帰りたくなっていた。


 椅子には雑に縄が置かれている。

 もちろん本物ではない。柔らかい紐だ。

 でも、町内会イベントで女子高生バイトが人質役をやる状況は、柔らかい紐では中和できない。


 シータがマイクを持つ。いよいよ始まるのだ。


「みんな〜大変だ〜、商店街に悪の幹部ダークベアーが来たよ〜、逃げて〜」


「がおー」


 デルタが低い声で言った。


「凄いノリノリですね」


 私は小声で呟いた。

 シータはそのまま続ける。


「ダークベアーは、商店街のみんなのお菓子とおもちゃを独り占めしようとしていま〜す」


「お菓子を返せー!」


「おもちゃ取るなー!」


 子供たちがすぐ乗った。

 早い。子供、こういう時の理解が早い。

 デルタが黒い腕を広げる。


「フハハハ! この商店街はオレ様がいただく!」


「デルタ、思ったより悪役うまいですね」


 横でシータが、のんびりと笑った。


「普段からガンちゃん見てるからかな〜」


「悪い教材が近くにありすぎる」


 ステージ脇で店長が満足そうに頷いていた。

 褒めてないです。


 商店街の若い大人たちも、黒いマスクと簡単な衣装をつけて戦闘員役になっていた。

 酒屋の息子さん。

 八百屋の甥っ子さん。

 整体院のお兄さん。

 みんな思ったよりノリノリだ。


「イーッ!」


「商店街の大人が全力で戦闘員やってる……」


 緋村さんはステージ横でベルトを持ったまま、台本のない空間を見ていた。


「本当に、台本なしなんですね」


「みたいですね」


「段取りは?」


「私も知りません」


「白山さんも?」


「私もです」


「……すごい現場ですね」


「すごいというか、ひどいです」


 その時、デルタがこちらを見た。


「ではまず、人質を確保する!」


「来た!」


 分かっていたけど嫌だ。

 デルタが私の前に立ち、ふわっとした黒い腕で私の肩を掴む。


「捕まえたぞ、人質A!」


「Aです!」


「そこは助けてって言え」


「台本ください!」


 子供たちが笑う。

 私は椅子に座らされ、柔らかい紐をそれっぽく巻かれた。


 捕まっているが、紐の結び方がゆるい。

 その気になればすぐ抜けられる。


 でも抜けたらショーが崩れる。

 仕事だから我慢する。

 時給は平均より多い。

 時給は平均より多い。


 私は心の中で何度も唱えた。

 デルタが右腕を上げる。


「抵抗する者には、これを食らわせる!」


 黒い腕が、ガシャン、と音を立てて変形した。

 何本もの筒が束になった、やけに本格的な武器が出てくる。


「ガトリングガン!?」


 私は椅子に縛られたまま叫んだ。

 次の瞬間。


 ババババババババッ!


 デルタの右腕から、ものすごい勢いで紙吹雪が噴き出した。


「わっ、ちょっ、待っ――!」


 紙吹雪が顔に当たる。

 髪に絡む。制服の襟に入る。

 そして、最悪なことに何枚か口に入った。


「もごもごっ!」


 私は口を閉じたまま必死に抗議した。


 紙が口の中にいる。

 華やかな演出が、人体に侵入している。

 子供たちは大笑いしている。


「人質Aが紙食べた!」


 食べてない! と言おうとしたが、紙吹雪が邪魔でうまく喋れない。


「もごご!」


 シータがマイクを持ったまま、楽しそうに実況する。


「人質A、大ピンチで〜す」


「うえっ、実況しないで助けてください!」


 ようやく紙を取り出す。

 口の中が紙の味になった。

 紙の味って何だ。紙の味だ。


 デルタが左腕を上げる。


「さらにこれだ」


 今度は左腕が変形した。


 黒い装甲の中から、剣が伸びる。

 見た目は普通に悪役の武器だった。光沢があり、先端も鋭そうに見える。


「そっちは何ですか!?」


「スポンジソードだ」


 デルタは剣を構え、私の頬に軽く当てた。

 ぷに。


「ひゃっ」


 柔らかい。柔らかいけど嫌だ。

 もう一回。ぷに。


「やめてください」


 さらにもう一回。

 ぷにぷに。


「やめてくださいって言いましたよね?」


「悪の幹部だからな」


「悪の方向性が小学生の嫌がらせ!!」


 頬をツンツンされる。

 紙吹雪は髪に残っている。

 椅子には縛られている。

 目の前では黒い巨大クマが悪役をやっている。


 私は何をしているのだろうか。


 バイトの面接を受けた時、こんな未来を望んでいただろうか……いや、望んでいない。

 断言できる。


 子供たちは笑っていた。


 ただ、その中に、一人だけ少し泣きそうな小さい子がいた。


 多分、未就学児くらい。

 お母さんの服を掴んで、デルタを見上げている。

 紙吹雪も、スポンジ剣も、大人から見れば安全だと分かる。

 でも、子供から見たら黒い巨大なクマが武器を持っているのだ。

 怖いに決まっている。


 緋村さんも、それに気づいた。

 さっきまで困っていた顔が、少し変わる。

 ステージ横で、店長が小さく言った。


「誠一郎」


 その声は、いつもの大げさなものではなかった。


「君は、何をしに来た」


 緋村さんは、ベルトを握りしめた。

 子供たちの声が飛ぶ。


「ヒーローまだー?」


「助けてー!」


「人質Aを助けろー!」


「Aって言わないで!」


 私は叫んだが、たぶん誰も聞いていなかった。


 緋村さんが、一歩前に出る。

 その歩き方が変わった。


 さっきまでの遠慮が消えていた。

 困惑も、戸惑いも、全部一度横に置いたみたいに、背筋がすっと伸びる。


 緋村さんは、ベルトを腰に巻いた。


「そこまでだ」


 声が通った。

 商店街のざわめきの上を、まっすぐ抜けていく声だった。


 子供たちが静かになり、デルタが悪そうに笑う。


「何者だ」


 緋村さんは一瞬だけ目を閉じた。


 きっと、台本はない。

 名前もない。

 決め台詞も、変身ポーズも、誰からも渡されていない。


 でも、緋村さんは手を動かした。


 右手を胸の前に置き、左手を斜めに伸ばす。

 それから、子供の頃から何度も練習したみたいな自然さで、拳を握った。


「商店街に灯る、小さな勇気」


 ベルトの中央が光る。


「泣いている子がいるなら、そこが俺のステージだ」


 光が強くなる。

 店長が、満足そうに笑った。


「それでこそ誠一郎、いやヒーローだ!」


 緋村さんが息を吸って叫ぶ。


「変身!」


 ベルトが反応した。


『BRAVE ACT』


「英語!?」


 私は思わず叫んだ。


 緋村さんの足元から光のラインが走る。

 腕へ。肩へ。胸へ。

 ヘルメットのようなパーツが光の粒になって組み上がり、赤と銀の装甲が身体を包んでいく。


 ただの衣装ではなかった。

 ガチだった。

 ガチで変身していた。


「店長!? これ本当に変身してますよね!?」


「うむ! 当然だろう。変身してこその、ヒーローだ!!」


 光が収まる。


 ステージ中央に、ヒーローが立っていた。


 派手すぎない赤。

 銀色のライン。

 胸元には、小さく商店街のアーチを思わせるマーク。

 テレビの中のヒーローみたいで、それでいて、どこか手作りの温かさもある。


 子供たちが、一瞬だけ黙り、そして、爆発した。


「かっけー!!」


「本物!?」


「ヒーローだ!」


 泣きそうだった小さい子も、少しだけ顔を上げた。

 緋村さんは、いや、変身した緋村さんは、ゆっくりと構えた。


「悪の幹部ダークベアー。人質を放せ」


「断る」


 デルタが低く言う。


「なら、俺がこの手で助ける」


「やれるもんならやってみろよ!」


「デルタちょっと楽しんでません?」


 戦闘員たちが一斉に飛びかかる。


「イーッ!」


 商店街の若い大人たちが、本気で戦闘員をやっている。

 緋村さんはそれを一人ずつ受け流した。


 殴るふり。かわす動き。

 転ばせるタイミング。

 受け身を取る相手への間の作り方。


 全部がうまい。


 派手なだけじゃない。

 子供が見て分かりやすいように、大きく動く。

 でも危なくない。

 相手もちゃんと転びやすいように誘導している。


「……すごい」


 思わず声が漏れた。


 さっきまで事務所とか台本とか言っていた人とは思えない。

 ステージの上に立った瞬間、何かが切り替わったみたいだった。

 戦闘員の一人が大げさに吹っ飛ぶ。


「やられたー!」


「強い! 強いぞブレイブギア〜」


「シータも楽しそうに実況してる」


 デルタがガトリングを構えた。


「食らえ、紙吹雪ガトリング!」


「名前そのまま!」


 ババババババッ!


 大量の紙吹雪が緋村さんに向かって放たれる。

 緋村さんはマントのようなパーツを広げて、それを受け流した。


 紙吹雪が光に反射して舞う。

 悔しいけど、絵面が良い。


「おおー!」


「すげー!」


 子供たちは大喜びだった。


 私は口の中に入った紙の味を思い出して、素直に喜べなかった。


 デルタが今度はスポンジソードを構える。


「ならば近接戦だ」


「来い」


 緋村さんが低く言う。


 デルタが踏み込む。

 大きな黒い体が動くと、ステージが少し揺れた。


 剣が振られる。

 緋村さんが避ける。

 もう一撃。今度は受け止める。

 スポンジなのに、ガキーンと音だけは妙に格好良い。


「スポンジで何でそんな音が出るんですか!」


「音響演出だ」


「どこに力入れてるんですか!」


 デルタが私の方を見る。


「反抗しやがって! こっちには人質Aがいるんだぞ」


「また私!?」


 デルタがスポンジ剣をこちらに向ける。

 ぷに。

 また頬をつつかれた。


「やめろって言ってるでしょうが!!」


 私は半ギレで叫んだ。


 人質なのに怒っている。

 でもこれは怒る。

 頬を何回もツンツンされたら、人質だって怒る。


「人質が反抗的だな」


「人質にも尊厳があります!」


 緋村さんが一瞬だけ笑った気がした。

 そして、すぐに前へ出る。


「その人を離せ!」


 緋村さんの動きが速くなる。

 デルタの剣をかわし、腕の下を抜け、私の前に立つ。


 子供たちが叫ぶ。


「いけー!」


「ヒーロー!」


「人質Aを助けてー!」


 緋村さんがデルタの腕を掴む。

 デルタがわざとらしく後ろへよろめく。


「ぐっ、何だこの力は!」


 緋村さんは私の紐をほどいた。


「大丈夫ですか、白山さん」


「口の中が紙の味です」


「……大丈夫ではなさそうですね」


「頬もスポンジの感触が残ってます」


「それは、あとで抗議しましょう」


「します」


 私は椅子から立ち上がった。


 立ち上がった瞬間、足に紙吹雪がまとわりつく。

 制服にも髪にも入っている。

 今日の私は、たぶんしばらく紙吹雪の女だ。


 緋村さんは私を後ろに下がらせ、デルタに向き直った。


「終わりにしよう」


「ほう。どう終わらせる」


 店長がステージ脇から叫ぶ。


「ブレイブギア、必殺技モードだ!」


「また急に説明が来た!」


 シータがここぞとばかりに一歩前へ出てくる。


「みんな〜、ヒーローに力を貸してあげて〜!」


 子供たちが一斉に叫ぶ。


「がんばれー!」


「負けるなー!」


「ヒーロー!」


 緋村さんのベルトが光った。


『CHEER CHARGE』


「応援を物理的に充電してる!!」


「子供の声援はエネルギーだ」


 店長が真顔で言った。


「比喩じゃなく?!!」


 緋村さんが構える。


 さっきまでの演技ではない。

 いや、演技なのかもしれない。

 でも、そこにいる子供たちは本気で見ている。

 泣きそうだった小さい子も、小さな手を握っていた。


 緋村さんはその子を見た。

 そして、少しだけ頷いた。


「商店街に響け」


 足元に光が集まる。


「ブレイブ――」


 緋村さんが踏み込んだ。


「アーケードキック!」


「商店街感!!」


 技名に思わずツッコんだ。

 でも、技は綺麗だった。


 飛び上がる。

 光をまとった蹴りが、デルタの胸元に当たる寸前で止まる。

 デルタが絶妙なタイミングで後ろに吹っ飛んだ。


「ぐわあああああ!」


 悪役の倒れ方がうますぎる。

 黒い巨体がマットの上に転がると、紙吹雪がもう一度舞った。


 子供たちは大歓声だった。


「やったー!」


「勝ったー!」


「ヒーローすげー!」


 シータがマイクを高く上げる。


「悪の幹部ダークベアーは倒されました〜! みんな、ヒーローに拍手〜!」


 拍手が起きた。

 商店街の広場いっぱいに、拍手が広がった。

 私はステージ脇に立ったまま、紙吹雪まみれでそれを見ていた。


 緋村さんは、少し戸惑ったように子供たちを見た。

 けれど、すぐに姿勢を正して、ヒーローらしく手を振った。


 その顔はマスクで見えない。

 でも、何となく分かった。

 たぶん、笑っている。



 ヒーローショーは、大好評だった。


 子供たちは緋村さんの周りに集まり、握手を求めた。

 隼くんなど、目を輝かせすぎていた。


「ヒーロー! 名前は!?」


 緋村さんが困ったように店長を見る。

 店長は当然のように胸を張った。


「商店街守護ヒーロー、アーケードブレイバーだ!」


「今決めましたよね!?」


「昨日から決めていた」


「私に共有してくださいよ!!」


 隼くんが叫ぶ。


「アーケードブレイバー、かっけー!」


「刺さった!」


 子供たちにも刺さっていた。

 悔しい。

 名前はそこそこ良い。


 緋村さんは、少し照れたように手を振っていた。


「ありがとう。みんな、商店街では走りすぎないように」


「急に生活指導!」


「ヒーローとは、交通安全も守るものだ」


 店長が頷く。


「店長が言うと、何か裏がありそうですね」


「信用がないな」


「日頃の積み重ねです」


 私は髪についた紙吹雪を払った。


 払っても払っても出てくる。

 どこに入っていたのか分からないくらい出てくる。


「ユズちゃん、大丈夫〜?」


 シータが近づいてくる。


「大丈夫じゃないです。口に紙入りました」


「ごめんね〜。でもすごく盛り上がったよ〜」


「盛り上がりと引き換えに、私の尊厳が削れました」


「人質A、名演だったな」


 デルタが黒い外装のまま言う。


「誰のせいですか」


「オレだな」


「自覚があるなら反省してください」


「悪役だからな」


「それ便利すぎません?」


 私はデルタのスポンジ剣を見る。


「あと頬をツンツンするの、二度とやめてください」


「効いてたか」


「物理じゃなく精神に効いてました」


 デルタは少しだけ満足そうだった。

 腹立つ。

 その時、シータが手を振った。


「あ、新聞の人〜。こっちこっち〜」


「新聞?」


 見ると、カメラを持った女性がこちらへ歩いてきていた。


「シータ、あの人は?」


「地域新聞の記者さんだよ〜」


「いつ呼んだんですか?」


「昨日〜」


「説明してくださいよ、そういう大事なことは!!」


 緋村さんが固まった。


「新聞?」


「はい、新聞です」


「それは、その、事務所に確認を……」


 緋村さんの声が少し小さくなった。


 私は察した。


 大人には大人の事情がある。

 所属事務所。契約。仕事の扱い。

 写真掲載。名前の出し方。


 そして今、緋村さんはたぶん、そのあたりを全部すっ飛ばして町内会イベントでガチ変身した。


 私は店長を見る。


「店長」


「何かね」


「大人の確認を色々飛ばしましたね?」


「町内会イベントだぞ」


「町内会イベントなら何でも許されると思わないでください」


 店長は堂々としていた。


「大丈夫だ。世界征服玩具店は反社会的勢力ではない」


「そこを自分から言うと逆に怪しいんですよ!」


 緋村さんが遠い目をしている。


「……電話、してきます」


「あ、はい」


 緋村さんはステージ裏へ向かった。

 その背中は、さっきまでのヒーローとは少し違っていた。

 現実に戻った大人の背中だった。


 ただ、完全に沈んでいるわけではない。


 子供たちに囲まれていた時の緋村さんは、本当にヒーローみたいだった。

 少なくとも、私はそう思った。


---


 後で聞いた話だが、緋村さんはそのあと所属事務所にかなり怒られたらしい。


 無断で仕事を受けるな。

 写真掲載の確認を先にしろ。

 相手は本当に町内会か。

 世界征服玩具店とは何だ。

 反社会的勢力ではないんだな。


 確認事項が多すぎる。


 特に最後の二つは、私も少しだけ事務所側に同情した。

 名前だけ聞いたら不安になる。

 とても分かる。


 ただ、ヒーローショーの記事は、数日後の地域新聞に小さく載った。


『商店街に新ヒーロー登場? 子供フェスタ大盛況』


 写真には、アーケードブレイバーとしてポーズを取る緋村さんと、その横でやたら偉そうに腕を組む店長が写っていた。


 私も端に写っていた。

 人質Aとして。

 しかも髪に紙吹雪がついている。


「載せる写真、他になかったんですか」


「臨場感があるね〜」


 シータがにこにこしている。


「臨場感で女子高生を紙まみれにしないでください」


 デルタは黒い外装から元に戻っていた。

 いつものブルーブラウンの巨大なクマに戻って、店の入口にどんと立っている。


「いい顔してたぞ、人質A」


「二度とその役名で呼ばないでください」


 店長は新聞を眺めながら、満足そうに頷いた。


「ふむ。第一歩としては上々だな」


「何の第一歩ですか」


「地域密着型世界征服計画だ」


「言葉の相性が悪すぎる」


 その後、緋村さんには、商店街のイベントでご当地ヒーローとして出てほしいという話がいくつか来たらしい。


 もちろん、今度はちゃんと事務所を通して。

 ちゃんと確認して。

 ちゃんと大人の手続きを踏んで。


 緋村さんは、困ったように笑いながらも、それを受けることにしたそうだ。


 テレビの中のヒーローには、まだ届いていないのかもしれない。

 でも、商店街の子供たちは、確かにあの日、彼を見上げていた。


 泣きそうだった小さい子が、最後には笑っていた。


 それだけで、十分とは言わない。

 たぶん、緋村さん本人もそうは思っていない。


 でも、ゼロではなかった。


 閉じかけていた何かが、少しだけ開いた。

 そんな感じがした。


「白山くん」


 博士が新聞を畳みながら言った。


「次回のショーでは、君の人質演技もさらに磨きをかけよう」


「磨きません」


「では、ヒーローの相棒役はどうだ」


「それもやりません」


「今こそ魔法少女になる時だ!」


「なりません!!」


 シータが笑い、店長が笑う。

 デルタまで少し笑っている。


 私はため息をつきながら、新聞の小さな記事をもう一度見た。


 商店街に新ヒーロー登場。


 その見出しだけは、少しだけ悪くないと思った。


 でも、紙吹雪が口に入る役は二度と嫌だ。


 それだけは、今日の教訓にした。

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