脱出?
「というかこんだけ騒がしくて起きないのな。今さっき、2回ほど大きな音を出したわけだが」
「無駄にここが広いのも関係してるかもしれませんね。反響せずに音が広がっていって……みたいな」
桔梗の言っている意味はわからなかったが、確かに広い。これはずっと気になっていたことだった。
「なあ、ここって誰が作ったんだ? 魔法を使ったにしたって規模がデカすぎると思うんだけど」
「いえ、人工のものではないですね。かと言って、天然のものではないですけど。端的に言えば、蟻の巣穴を流用してるんです」
「はい?」
今なんて? アリ? 蟻って? ここが?
改めて周りを見渡す。アリなんかが作り上げたなんてあり得ないと言える大きさ。いやギャグじゃなくて、真面目に。怒るぞ。
俺の知っているアリの定義が変わったのか、それともアリと渾名される化け物の仕業なのか。
いや、もしこれを作り上げたアリみたいな見た目をしていたとしても、それはアリと言えるのか? クジラを見て、イルカだと言い張るような不思議な感じかしないか?
「さっきの部屋の部分にしていてのは獲物や卵の貯蔵庫ですね。綺麗に掃除して、再び使えるようにしたみたいです」
混乱している俺をよそに桔梗は説明を続ける。
桔梗の言う通り、この通路には枝みたいにいくつもの小部屋がくっついている。地面を掘る魔物なんて、それこそデザームとかいったミミズみたいな輩が一杯いそうだが、その中のいくつがこんな構造を作るだろうか。
ただ掘っただけでなく、巣穴として形成する。そんなことをする生き物、アリぐらいしか思いつかない。
「いやでもアリではないだろ、それは。アリみたいな生き物としての特徴を持つクリーチャーの仕業だろ。これ」
「いや、どっちかと言うとアリですね。『ジャイアント』って種類のアリらしいです」
「だからなんでそんなふざけた名前なんだ」
それが生物名として許される風潮が嫌いなんだが。
「……これはコソデさんから聞いた話なんですが」
「天網から?」
「………まあ、はい」
苦々しい顔をしながら、そう語る桔梗。確かに、侵入中に情報を得る手段としてそれ以上のものはない。コソデとメッセージのやり取りをできるってだけで、相当のアドバンテージを稼げるからな。
でも、よく頼れたな。ライバルなのに。
反応から、心境の変化があったってわけでもなさそうだが、俺の知らない間に何かはあったらしい。ま、詮索することでもないな。
「この生物、もともとこの大陸には生息してない種らしいんですけど。その特徴として、老衰死をしなないことが挙げられるらしいんです」
「老衰死しない?」
「はい。通常生物は、細胞を破壊して再生する機能が老化とともに衰えていくことによって、老衰死を招きます。しかし、この『ジャイアント』という生物は、細胞分裂の機能が衰えることが一切なないのだとか。勿論、他の生物と同じように寿命というものは設定されているはするんでしょうが、それが数億年にも渡ると言われている生物なんです。実質的な不老、外輪と似たような特徴を持っているってことですね」
なんだそのビックリ生物は……と言いたいところだが、現実にも切ったら切っただけ増殖する生き物や数万年は生きるとされるビックリ生物がいるので、驚くようなことでもないのか?
なんなら、似たように不老不死の生物はいた気がするし。
「それに加えてこの『ジャイアント』という生物、生きている限り無限に成長し続けるんですよ」
「は?」
今度こそ声に出る。無限に成長……何言ってるんだ?
「樹齢何万年の木を想像してもらったらわかりやすいです。神木と呼ばれるほどに大きく太くなるのと同様に、長く生きたその生物も同じように一般的なアリのサイズから大きくなっていきます。この巣穴を作った個体で言うなら、大体24000歳くらいでしょうか」
「待て、待て。話のスケールが大きすぎてついていけない。それは、本当に生物なのか?」
「嘘みたいですよね。ただ、ここまでの大きさになるのはレアケースらしいです。大体が小さい頃に他の生物や環境によって殺されるので。不死ではないってことですね」
いや、軽く言われても困る。この世界、そんな化け物が蔓延ってんのかよ。
アリで強いって、連載して80年経った今尚根強い人気がある某漫画のキャラクターが頭の中に過ぎる。知能とかつけないよな?
「じゃあその、元々の家主はどこ行ったんだ?」
「残念ながら、そこまでは。尋問しても、ただ卵は綺麗に掃除したとしか吐かなかったので。ただ、この森にはいくつもの似たような巣穴があるらしいです。このアジトも、四つ目だとかなんとか。それなのにジャイアントらしき生物の発見報告が無いことを踏まえるこの森そのものが巣穴を作るのに狭くなった……と、考えるべきでしょうね」
ああ、そうなるのか。種属的特徴とアリ的特徴が絶望的に噛み合ってないわけね。若干可哀想だな。
「もしまだ生きているなら、その女王蟻はレベル100パーティー推奨の、化け物級に育っているんじゃないですかね」
「どんだけだよ」
外輪でもないただの昆虫ごときがそこまで成長するとか、恐怖でしかないんだが。どんな地球防衛軍だ?
それを思うと、まだアリで良かったと考える自分がいるのが嫌だ。
「し、静かに」
暫く歩いていると唐突にそんなことを言って、桔梗は出していたぼんやりとした光の光源を懐にしまう。
それだけで辺りは真っ暗な暗闇に……包まれることはない。数メートル先から漏れ出ている光。目を凝らせばそれが、とある個人の一室から出ているものと窺える。
なんだ? 夜更かしか?
俺の疑問をよそに、桔梗は堂々と歩みを進める。も、唐突に呼び止められた声にその足を止めた。
「こんな夜遅くにどうしたよ、シルキー」
驚きから思わず声が出る……なんてヘマはしない。この声は間違いなく光が漏れ出ている部屋から。
扉越しなのにやけに声がクリアに聞こえるが、そういう魔法も確かに存在する。前も言ったが、魔力を介せば大体なんでもありになる。
「ガキが予想以上に早く壊れたから、廃棄しに行くだけさ」
「全く、お前は。よくやるよ」
「そう言うお前は? またヤクか?」
「いや、最近上物が安く手に入るからな。前みたいに、一々吸って吐いてしなくて良くなったんだよ」
相変わらず凄い変わり身だ。演技には到底聞こえない。技術だけでなく、天才の才能も感じさせる。
「じゃあ、尚更なんでまだ起きてんだ?」
「最近、物騒だろ。潜入とか、色々と良くない噂も絶えないんだ」
今度こそ緊張で身体が強張ってしまう。微妙に噛み合ってない返答だが、今の状況を的確に表している。
まさか、バレているんじゃないか? そんな不安が過ぎる。
「それは勤勉なことで。じゃあ、俺はもう行くぜ」
「もうか? 寂しいな」
「ガキの身体とは言え、色々重いんだよ。ここに捨てていいなら、もっと長くいてやるぜ」
「いや、それは勘弁してくれ」
「残念だ。それじゃあな」
あくまでも自然な形で強制的に会話を打ち切る。アカデミー級だな、と賞賛を贈りたいところだが、そうは問屋が卸してくれない。
待った、という俺たちを呼び止める鋭い声が扉から聞こえてくる。
「まだ、なんか用か?」
気丈に振る舞うが、その額には冷や汗が浮かんでいる。相手の返答次第では、全てがパーになる可能性がある。
生唾を飲み込む音が、聞こえたからようだった。
「いつも言ってるだろ。光源くらいは持っておけ」
「ああ、慣れてると。ついな」
そう一言だけ会話を交わすと、その場を立ち去る。
そりにより、一気に解ける緊張感。安心感から、快感に似た高揚感。なんとなくだが、こいつが潜入という行為を続けている理由がわかった気がした。
◇
「シルキーさん。そのガキは」
「ああ……いつものだよ。使い終わったから、その辺に投げ捨てといてくれや」
「ああ、いつものですか……」
「気をつけろよー。一歩でも外に出れば、呪紋が反応するからな」
「わかってますから、脅かさないでくださいよ」
そう笑いながら注意されるシルキーとかいう男。この元の男がカリスマがあったのは本当らしいな。良くそんなヤツに化けられるな。
俺がそう感心していると、荷物みたいに抱えられていた状態から、乱暴に見張りの男に受け渡される。
もう少し行けば出口というところ。俺が入ってきた場所じゃなく、その出口は地上と繋がってる。ここから投げれば、巣穴から出ずに俺を処理することができる距離。
痛いのは我慢するしかないかと覚悟を決めた瞬間、唐突に俺は地面へと落とされてしまう。
見れば、見張りの男の首に深い切り傷。静脈やら動脈やら、大事な血管が切られて即死だったことが窺える。
これは、風魔法か。
俺は地面に倒れ伏したまま、嫌な予感に身を震わせる。これは魔物ではなく、人間の手によるもの。ということは、つまり。
「ちょっと! いきなり動かないでって!」
「あ? こんなガキが囚われてるの見て、黙って見てるだけなんて無理だろ」
「そういうところありますよね。ま、今回は全面的に同意します」
「うん、可哀想だもんね」
俺は思わず、顔を覆った。




