潜入?
若い男は、抱えている少女を優しくベットに横たわらせる。
寝息を立てて眠ったように目を閉じるその顔はとても可憐で。見ているだけで、やましい心を引き立たせるようだった。
男はその少女にそっと覆い被さる。割れ物を扱うような優しい手つきでその頬に触れたかと思うと、そのまま……
「何してんだ?」
俺がそう問うと、男は固まったように動かなくなる。なんだこいつ、本気で寝てるとでも思ってんのか?
いや、事実本気で寝てたんだが。くそっ、頭痛っ。
ステータスを見ると、酩酊の状態異常にかかっている。
身体に纏う倦怠感や、手足を自由に動かせないところを考えると、それは間違いない。
ただ不思議なことに思考だけはやけにハッキリしている。
この状態で目線だけで、ステータス画面から、強制ログアウトを選ぶことができるのも確認できた。
これは、そういう仕様ってことか。
泥酔中性的に襲われたとき、すぐさま逃げれるようにする仕様。これがなければ、いくらセーフティーガードがあり直接的に肌に触られることはないとは言え、薄着の姿を視姦され続けることになる。
考えれば当たり前の仕様だ。今までこのゲーム内で酔ったことがなかったから、気づかなかったけど。
ただ、今後この仕様が活用されることはないな。不可抗力で酔うことはあるかもしれないが、襲われることはないだろうし。
「良い加減どけよ。邪魔だ」
俺がそう一喝すると、覆い被さっていた若い男はスルスルと地面に降りてその場に正座する。悪ふざけがすぎるんだよ。
「で、何でこんなことしたんだよ桔梗」
「いや、その、可愛らしいお顔だと思いまして……」
悪いとは思っているのか、しどろもどろに弁明する。そこで反省の意を示すためか、カツラも含めた顔のマスクを剥がした。
正直確信は無かったが、やっぱり桔梗だったな。癖っ毛のある青い髪に猫みたいな瞳、間違いない。
「今度会ったとき、このことを姉に言いつけるぞ」
「どうか! どうか、ご容赦を! 気の迷いですので!」
そう言ってベットから放り投げてる俺の足に縋りついてくる。今にも泣きそうな顔をしていた。
「冗談だよ……それで、協力者ってのはお前なんだな」
「ええまあ、そういうことですね」
「大体予想はついてた。お前がガーデインにいたのは知ってたし」
だからこそ、お酒に手をつけるなんて手段が取れたわけだ。どうせ、あの中にこいつが紛れ込んでるんだろうなと思ってたから。
それにしては身体を張りすぎだが、頭のうずきが止まらない。
「じゃあ聞くぞ。どうして逃げられないなんて嘘をついた? お前の腕があれば、こんなところ余裕で抜け出せるだろ」
これはカレイヌに依頼を持ちかけられたときから思ってたことだ。いくら警備が厳重とはいえ、やりようはいくらでもあっただろ。
「いえ、そこに関しては嘘じゃないんです」
が、俺の予想に反して、桔梗は残念そうに否定してくる。
「これを見てください」
「雪の結晶みたいな模様の……痣か、それ?」
「いえ、呪紋です。とても簡易的なものですが」
「ジュモン?」
初めて聞くその単語に首を傾げる。なんだそれ。
「知らないのも無理はありません。ここ数ヶ月の間で、突如として表に出てきたものですから」
「よくわからん。それがなんなんだ」
「これは私の位置を常に報告し続けるGPSみたいな役目を果たしています。これを付けられている限り、脱走はまず無理ですね」
は? そんなもの付けられてんの? 身体張りすぎじゃね?
「この元となった人物に成り代わる上で、一番の鬼門でしたね。その分、騙せ通したときは爽快でしたけど」
本人に悲壮感がないのが一番怖い。むしろ、喜んでるまであるぞ。
「ただ、この仕組み自体はオリジナル含め、この盗賊団全員にかけられてる呪紋と似たものなので、自分で自分の首を締める結果に。少しは抜け穴を作っておくべきでした」
「もう俺はお前が怖いよ」
変装することに、命かけすぎだろ。
「それを解呪? するのは無理なのか?」
「ここではできませんね。厄介なことにかけるのは簡単ですが、解くのは少々、手間を要するので」
「じゃあ、無理矢理逃げ出すのは?」
「それは…………私の流儀に反します」
「ああ。まあ、そうだよな。言ってみただけだ」
相変わらず、面倒くさい流儀をしている。
変装して、スパイが紛れ込んだいたとバレることは、そこまで悪いことじゃない。
再び、スパイとして忍び込むことは難しくなるというデメリットはあるが、勝手に疑心暗鬼に陥ってくれるというメリットもある。
それにスパイがいたと気づかせることで、情報を盗まれたという心理的ダメージを与える、アドバンテージもできる。
気づかれること上等で脱出を図るのも悪い手じゃないが、本人が気づかれることもなくスマートに、を信条にしているからな。
怪盗が主役のアニメに毒されてやがる。
「まあ、逃げ出すのは無理ってことはわかった。それで、俺がここにきた理由はわかってるよな?」
「はい、それは勿論。こちらを」
そう言ってインベントリから取り出し、手渡してきたのは分厚い資料。ご丁寧なことに、全部手書きで書かれていた。
こいつ、現実世界のことを蔑ろにしすぎてないか?
その資料にはこの盗賊団の構成員や総資金、はてには過去に犯した罪の遍歴まで事細かに何から何まで記載されている。
侵入して、一週間やそこらで作れるようなものじゃ決してない。
どう考えても調べすぎだった。こいつに中に入られる恐怖を、マジマジと実感する。
「それで……どうでしたか?」
「どうって、良く書けてんじゃない? 知らんけど」
俺に内容のどうこうを聞かれても困る。頼まれただけだからな。
今の資料をさらっと見て俺にわかったことなんて、頭って呼ばれてた奴はこの盗賊団の頭じゃなく、他に大頭と呼ばれる奴がいるってことぐらい。言うなれば幹部って奴か。
後は、カレイヌにでも任せればなんとかなるだろ。どう見ても俺より賢いし、対策ぐらいポンポンと立ててくれる気がする。
「いや、見て欲しいのは最後のページなんです」
「最後のページ?」
見て欲しいなら最初に書いとけよ、と理不尽なことを思いながら最後の方へ目を通す。
「……………は?」
その信じ難い一文に、俺は思わず声を上げてしまった。だってその報告書には、見知った名前が書かれてあったから。
「『NOIL』って、あのNOILか?」
「はい、そのNOILですね」
「……NOILが裏にって……なんで?」
俺は純粋な疑問を真っ直ぐにぶつける。俺の知る限り、あの人殺しの集団は人殺しにしか興味が無かったはずだ。
それを、こんなちんけな盗賊団に裏から支援って……何もかもが合致しない。
「宗旨替えでもしたのか?」
「さあ、そこまでは……色々と怖くて、あそこには忍び込んだことがありませんので」
まあ、怖いよな。
ただその変化も時間の流れってやつのせいなら、どこか変わってしまった旧友を見てるようで寂しい気持ちになってしまう。
「ただ、NOILはここ最近まで活動をパッタリとやめてたんです」
「マジで? それって、どれくらい?」
「丁度、半年ぐらいでしょうか。全く音沙汰のない時期がずっと続いていましてから……何かあったと、考えるべきでしょうね」
不思議な話だが、まあ俺には関係のないことだな。わざわざ心配するほど、仲が良かったわけでもないし。
むしろ、どっちかっていうと商売敵だしな。俺も何度も、奴らに獲物を横取りにされたことがあるし。
頭取なんてもっと酷い。金を貸し付けていたNPCを殺され、その借金の取り立てが不可能になったんだから。
やけ酒に付き合ったのを覚えている。
ほんと、碌な奴らじゃなかったな。




