助太刀?
「冷たいな。折角助けてやったのに」
その突如として聞こえてきた声に、慌てて振り返ると、馬車の上に足を放り出して座っている男の姿があった。
こいつ、どこから現れたんだ?
(どうやら、隠れて妾たちについてきたみたいだな。まさか、妾にも気取らせぬとは、中々の腕を持っている)
なずなが、感心したようにその男を誉めそやす。
なずなが欠片であることや、召喚石の中にいたことを含めても、なずなを出し抜くことは容易ではないことはなんとなくわかる。
つまりこの、ステイルとかいう男もリディアの同類ってことか。
「こんな奴ら、見捨てれば良いものを」
そう言いながら、男は馬車から跳び降りる。
こう正面から相対すると、不気味な男という印象を受けた。
奇妙なほどに真っ黒い髪と、ドス黒い瞳。その目の下にできた濃い隈に、不健康そうなその血色。
それに何より、頬にできている酷い火傷の跡。
整っている容姿と相まって、そういうゲームに攻略キャラとしてでたら、根強い人気を得そうな見た目をしている。
ステイルは、そんな俺の値踏みするような視線を不快に思いながらも、俺たちを無視してリディアに近づく。
そして今羽織っている、闇に溶けそうなほどに真っ黒なくせに、その用途に似合わないほどにゴテゴテとした装飾のついた外套を脱いで、リディアに手渡した。
「肌も出しすぎだ。傷でも負ったら、どうする」
「全く、めんどくさい」
そう言いながらも、相手が折れないことを知っているのか、渋々と嫌そうな顔をしながら受け取る。
そんな二人のやり取りを見た上で、なずなは納得がいったとばかりに、場にそぐわないことを言ってきた。
(なるほど、あの外套が目眩しの役割を担っておったのか。流石、ヒト。脆弱であるが故、面白いものを作る)
やっぱり、獣には人の心の機微はわからないか。
「あ、あの! 呑気に会話している場合じゃないっすよ! まだ、あの化け物が! ほら、こっちを狙ってるっす!」
その2人に割り込むように、パウンドは叫ぶ。が、ステイルは鬱陶しそうな顔をしただけで、その問いに答えようとしない。
完全に無視する体勢に入っていた。
その様子に、リディアは深いため息をつく。対応の酷さはお前も似たようなものだけど、ここまで冷たくもなかったな。
そう思うと、俺も段々とムカついてくる。
俺にもたれかかって、短い呼吸を繰り返しているゆりかごをパウンドに預けて、ステイルとかいう野郎に指を突きつける。
「無視しないでくれる」
「あ? 誰だ?」
想定外の答えが返ってきて、びっくりする。俺のスキルの効果が反映されていない。レジストされたのか?
それとも返答が返ってくるだけ、まだマシってことか?
だとしたら、随分とハードルが高い。今さっきの発言、ツン100%だったぞ。
「やめな、ステイル。私の同伴者だよ」
流石に俺に対する暴言は許せなかったのか、釘を刺す。
本人はつまらなさそうに鼻を鳴らすだけだったが、どう見てもさっきより三割り増しで不機嫌になっていた。
「俺の魔法は対象の精神を無力化する。直にデザームも去っていく。その答えで充分か?」
「は、はいっす」
ステイルが発するあからさまな圧に負けて、パウンドは引き下がる。どう考えても、さっきのじゃ説明不足だけどな。
「しかし、デザームに襲われるとは運が無いな」
「ああ、そうだね。それまでにも中々の数の魔獣に襲われたし、呪われでもしたのかねー」
そう言われて、ビクッと反応する。おい、呪われてるってまさか、今の事態を引き起こしたのって。
(うむ、間違いなく贈り物の小刀じゃな。ずっと禍々しい気を放っておる。速く捨てた方が良いぞ?)
煽りとも取れるなずなの発言に、気にする余裕もないくらいに顔が引き攣る。
確かに固有能力でヘイト増加みたいな項目もあったが、あれってパッシブなのか? だとしたら、マジもんの呪いなんだが?
「おい、なんとかしてくれ。なずな」
(妾にもちと難しいな。どちらかと言うと、妾の能力もその小刀と相性の良いもの。補助はできるだろうが、打ち消すとなるとな)
頼りないなずなの言葉にガックリとする。解呪なんてできる知り合い、数えるほどしかいないぞ。
と、半ば絶望しているとなずなが驚いた声を上げる。
(む? 主、何をした? 禍々しい気が、急激に収まったぞ?)
ああ、なるほどね。
なずなは不思議そうにしていたが、俺には心当たりがあった。先輩として、後輩を指導したんだろうよ。
「なんで、俺が」
「良いじゃないか。どうせ、暇なんだろ?」
俺が呪いの武器の扱いに苦心している中、どうやらステイルの野郎も同行することが決まったらしい。しかし、
「あれ、こっちが断っても着いて来る気満々っすよね?」
「言ってやんなよ」
パウンドにもバレてるぞ。そして多分リディアにも勘付かれてる。
「うー…………死にたい…………」
自己嫌悪に陥っているゆりかごの背中を摩りながら、ステイルに対して憐憫の視線を向けるのだった。
◇◇◇
「リディア」
「わかってるよ」
以心伝心とも呼べる動きで、入れ替わり立ち替わり翻弄する2人。
体躯が人の5倍ほどある、二足歩行している豚みたいな見た目の魔物は、それに対応しきれずただただHPを減らしていく。
今、2人が相手しているのは、RPGでもお馴染みのオークと呼ばれる魔物の長、オークキングであり、ガーデインへの関門のような存在だった。
ガーデインへ行くためには必ずこの、オークキングが支配するナワバリを通らねばならず、どう足掻いてもこいつを無視して先に行くことはできない。
にも関わらず、メチャクチャ強い。
そもそも繁殖力の高いオークという種族の中で、特定のナワバリの中とは言え、トップに立つ存在だ。
筋力や敏捷性などの基本スペックが、普通のオークに比べて、遥かに秀でている。
それに加えオークキングは、クリーチャー特有の位階変化を成し遂げている。
位階変化をすることでステータスの上昇は勿論のこと、スキルの獲得や耐性の強化など、様々な恩恵を受けれる。
オークなんて名前を冠しているものの、まるで別物。
30レベルもあれば、オークを一人で倒せると言われているのに対し、平均50レベルの6人パーティーでギリギリと言われるぐらいには格が違う。
だからこそ、推奨レベルなんてものが設定されているわけで。
一応、オークキングが倒された直後であれば、例え一人でも混乱に生じて駆け抜けることはできる。
ただ、オークキングが再び群れ内から生まれるまでに、10分とかからないので、オートロックのマンションに紛れて侵入するみたいなシビアさを要求されるが。
ちなみに、この仕様は勿論オークキングを倒したパーティーにも適応されるため、倒した後はナワバリ内を早足で脱出しなければならない。
油断して足を休めて、連戦する……なんて、被害者を星の数ほど生み出してきた。
そんな厄介極まりないオークキングをたった2人で。
しかも、まあまあ余裕が見て取れる。動きが洗練されているおかげか、息も上がってなければ汗の一つもかいていない。
なんか、そういうモンスターを狩るゲームで、周回しすぎて効率を極めに極めた修羅の人みたいになってるぞ。
「……凄いっすね。公式のチャンネルで、4人のプレイヤーでノーダメージ撃破する動画があがってたっすけど……。あれを、更に極めたら、こんなになっちゃうんすか」
ああ、公式がプロモーションにあげてるやつか。その中に、そんか狂気に満ちた内容のやつがあるんだな。
基本的にゲーム内ではプレイヤーはスクショや動画を撮らないので、内部の視覚的な情報を得るためには公式からの供給を待つしかない。
そのせいで多くのフルブラ乞食たちが、公式サイトの有料会員にならざるを得ない状況になっている。ボロい商売だな。
にしても、そんな苦行を成し遂げたプレイヤーについて知りたいんだが。できるやつなんて上位数%に限られるだろうし、動画に出てるとなれば更に絞られる。
それこそ、個人を特定できるぐらいには。
「この個体は、少々歯応えが無かったねぇ」
「グラトニアは個体差が激しいからな」
俺が懐かしさに浸っていると、二人は息絶えたオークキングを前にして、既に感想戦に入っていた。
正直、ドン引きだよ。ほんと。




