ミミズ?
ガタンガタンと、舗装が不完全な道を馬車は進んでいく。
さっきから揺れるたびに尻が痛いんだが、道を治すか馬車の技術革新を推し進めるか、どっちが速いのか。
スプリングくらいは、つけといて欲しかった。
「どうだい、乗り心地は? 酷いもんだろ」
いや、ハッキリ言うわ。乗り心地自体は我慢できる。
それよりも、さっきからちょくちょく上から降ってくる魔獣の死体の方が気になってしょうがない。
処理している本人は軽くあしらっているんだろうが、ここ数分で30は超えてるぞ。どんだけ、襲われるんだよ。
「そ、そんなことないっすよ? 快適すぎて、なんなら寝れそうなくらいっね」
「それはまた、豪胆なことだね」
俺と同じ所感を抱いているであろうに、馬車の真上から、全開にされた窓を通じて聞こえて来る声に、パウンドは辛うじてお世辞を言ってみせる。
用意したのが向こうなだけに、ハッキリと文句を言うこともできないか。日本人の悪い癖だな。
というか、大丈夫なのかゆりかごは? さっきから、お前の隣で真っ白な灰になってるぞ。
「しかし、結構凸凹した道っすね。馬を御すだけでも、一苦労じゃないっすか?」
「まあ、このくらいは経験さ。それより、嬢ちゃん。危ないから、中に入っときな。狙われても、知らねーぞ?」
わざわざ、自分の座っている席と向かい合っている俺の隣に来て、膝立ちまでして、御者側の窓から身を乗り出す。そして、持ち前のコミュ力で気さくに御者へと話しかけるパウンド。
普通に凄いよな、こいつ。
20代らしき見た目の、ラフな格好をした軽薄そうな御者席に座っている男は、パウンドをそう軽くあしらって席に座らせる。
こっちもこっちで、違う意味で凄い。その対応はどこまでも自然体で、とても演技しているようには見えなかった。
「ま、演技じゃないですからね。御者のスキルは取っていますし、免許だってちゃんと持ってますから。変装するにあたって、御者ってとても都合が良いんですよ」
パウンドが離れた途端、さっきとは打って変わった口調でベラベラと窓穴越しに喋り出す。
運転しながら、器用なもんだな。
「しかし、なんでわざわざ」
「花鳥風月に構いすぎて他の依頼をできていませんでしたから。太客がガーデインにいますので、埋め合わせも兼ねてですね」
「お前も色々と大変なんだな」
俺としては変装している理由を聞きたかったんだが。桔梗にとって、姿を隠すといのは自然なことらしい。
「えー? 先輩もそう思うっすよねー?」
「ああ、そうかもな」
なんだかわからないが、パウンドから投げかけられた問いに、適当に肯定しておく。肯定されて、嫌な気分になる奴はいないから。
「っすよね、すよね! 御者さんもそう思うっすよね!」
「いや、サンマ缶にパインの缶詰は合わねんじゃねーか?」
俺がよくわからずに答えたのに対し、桔梗は的確な返答を寄越してみせた。ここら辺でも、基本スペックの差を感じてしまう。
つか、なんだよその質問。余裕で俺も否定派なんだが? え? 答え直して良いか?
ガクンッ
「キャッ!!??」
「うわっ!?」
「おー、揺れた」
「揺れましたね」
そうこう下で騒がしく会話していると、急な横揺れに遭う。
勿論風なんかじゃない。今日は無風だし、そもそも風が馬車の側面をこんなに凹ませられるとは思えない。
というか、よく横転しなかったな今。完全に傾き的に、体勢を立て直せるそれじゃなかったと思うんだが。
「大丈夫かい!? 怪我は!?」
「ああ、大丈夫だ。心配するな」
この状態でも焦っていないのは、このお方が馬車に、文字通りの意味で乗っているからだ。
攻撃を受けたのは初めてだが、これまで何回もの魔獣やらモンスターの襲撃をその身一人でどうにかしてみせている。安心感が、段違いだった。
「また来るっすよ!?」
そうパウンドが声を上げたと同時に、石飛礫が風切り音を出しながらこちらに飛来してくるのを捉えれた。
遠距離からの魔法による攻撃、ウィッチか。更に言えばここまでの長距離かつ正確な一撃はウィザードによるものだろう。
ということはつまり、ガーデインの近辺に入ったってことだ。
「『テンサウンド』」
そうリディアが馬車の上から唱えると、いきなり地面が迫り上がって馬車の側面に、壁として立ちはだかる。
勿論脆い石礫が勝てる道理もなく。当たるや否や、ガラス細工みたいにバラバラに砕けてゆく。
それも意に介さず、リディアは続いて詠唱を紡ぐ。
「『バルハウンド』」
モグラが通った跡のように、ボコボコと一人でに隆起していく。その跡は、石礫が飛んできた方向へと続いていく。
「速く馬車を進めな! このままじゃ、囲まれる!」
「はいよっ!」
そう指示すると同時に、隠れることなんてできないはずの大きさの茂みから、猿の見た目をした魔獣が飛び出てくる。
油断したら、すぐこれだよ。
「散りなっ!!!」
悪態をつく俺とは反対に、その事態にすぐに対応するリディアは、手にした鞭を振り回していとも簡単に蹴散らしてしまう。
「バケモンだな、マジで」
ここら辺のレベル帯の魔獣を歯牙にもかけないとか。
どちらかと言えば、ゴリゴリの肉弾戦を得意としているはずなのに、さっきみたいに魔法も手足のように扱うこともできる。
冒険者として一流というのは、誇張でもなんでもない。
何度目になるかわからない賞賛の声を上げながら、リディアの話に乗った自分自身を思わず褒め称えてしまう。
私に任せなと言われたときは、不安しか感じなかったけどな。
「しかし、この魔物の量は異常だね。逃げたくなってくるよ」
なんて人間らしい泣き言を言っているように見えるが、今のリディアの体勢は、動き続けている馬車の外で、窓枠の部分に片手をかけた状態である。
それでメイルを着たままで汗一つかいていないのを見ると、やっぱり人間離れしてるんだなと、強く感じるよな。
「こ、これ大丈夫なんっすか!?」
「うぷ……もう……限界」
「うるさいね。静かにしな」
苛立ちを隠すこともなく、パウンドたちに剣呑な視線を向ける。冒険者だけあって、気性が荒い。
「全く、ただでさえ魔物が多いってのに、子守りまでしないといけないなんて……」
そう言って、はーっと深くため息を吐いたかと思うと、俺の顔を見て、その整った顔を赤らめさせる。
「……これも、あんたのためだからね」
俺はそう言われて、どう反応すれば良いんだろうな。
ここまであからさまに好意を向けられると、ドキッとしないこともないが、これが俺のスキルによるものだって知っている。
それで喜ぶのって、メチャクチャ虚しいな。
「な、なんすか? いきなり地面が……地震っすか!?」
「ま、待って。追い討ちは……おえっ」
俺がリディアへの対応に苦慮している間に、気づけば馬車の中でも外でも大惨事になっていた。
これどうすんだよ。追加料金とかいるのか?
と、馬車の中のことについて憂慮していたのは俺だけだったらしい。桔梗を含め、全員が冷や汗を浮かべている。
「な、なんすか? 何かが地面の下に」
「こいつは……『デザーム』っ!!」
そう叫んだかと思うと、リディアは馬車を持ち上げて担ぎ上げ、真上へと跳躍する。
「はっ、ちょっ!?」
「おいおい」
「ま、待って。揺れ、また」
俺らがパニクっている間に、跳躍した真下の地面からでかいミミズみたいな生き物が急浮上してくる。
それはあたかも、海底から獲物を狙うマッコウクジラのように恐ろしいほどの迫力を伴っていた。
「もう無理! 終わった!!」
パウンドが独り、全てを諦めている中、リディアは空中でデザームとかいうミミズの頭を踏んで攻撃を避けるとかいう神業を見せる。
「っ!! きっついね!!」
とか言いながら、馬車を担ぎながら華麗に地面に着地しているところを見ると、その言葉の全てが信じられなくなる。
が、その言葉に関しては嘘はないみたいで。
流石に俺らを守りながらあのデカブツの相手をするのは不可能なのか、逃げ道を確保する動きを見せる。
「……………ん?」
も、途端にミミズの動きが目に見えて鈍くなる。
それで何かを勘付いたのか、リディアは呆れたようにその名前を呼んだ。
「ステイル。また、あんたかい」




