呪い?
「正直、僕も昨日は何が起きたのかは覚えていないんだ」
酷く残念そうに、ミハエルは呟く。その声音には、魚の骨が喉奥に引っかかったような不快感が混じっている。
「何かに殺されたと言う実感はある。が、それが何だったのかがすっぽりと抜け落ちているんだ。まるで記憶をいじられたみたいに。良い気分では無いね」
記憶をいじる。おそらくそれは、なずなの力によるものだろう。俺がそうあたりをつけると、強く頷く声が脳内に響いてくる。
(うむ! 妾には記憶には残らんという特性があるからな!)
SCPかよ。
「君は、何か知らない?」
「いや、何も。俺も多分、そいつにやられたんだろうな」
自然と嘘をつく。正直に話す、メリットもないしな。
「うーん……残念だ。まあ当初の目的の、花鳥風月を消すことには成功したし、良いんだけどさ」
「言い方、物騒だな」
「僕も反省してるんだ、君に頼ってしまったことにね」
急に始まった懺悔パート。文脈が繋がっていない。
「本当なら、僕が解決すべき問題だった。不干渉を徹底しすぎたのかもしれない。もっと強引に行くべきだったよ」
「気にすんな。そういうのは、俺たちがやるから」
「いきなり俺を巻き込むな」
俺たちを追い出すのを諦めたのか、壁にもたりかかりダラーっとした体勢で、口を突っ込んでくる。お前は、黙っとけや!
「まあとは言え、俺はもうすぐここを出てくんだけどよ」
「言うだけ言って逃げるのか。無責任な野郎だ」
「うるせぇ! テメーは外に出て、呼び込みでもしてろや!」
俺と頭取が取っ組み合いの喧嘩を始める横で、ミハエルは残念そうな顔を浮かべる。
「そうか……少し寂しいね。行き先は決まってるのかい?」
「『ガーデイン』」
「「は?」」
余程衝撃的だったのか、二人の声がハモる。頭取の野郎は、正気の沙汰じゃないとばかりに大袈裟に首を振った。
「知ってるだろ? あそこの近辺には、ヤバい魔獣がうじゃうじゃしている。近づくだけでも不可能だ」
「推定レベル、60はいると言われてるしね」
ミハエルも、頭取の意見に近いみたいで。二人して、考え直せと説得してくる。
「心配性が過ぎんだろ。あてはあるから、安心しろ」
「そもそも、なんでガーデインに行きたいんだい?」
「それは、色々だよ」
悪いが、その理由に関してはこいつらにも話せない。
「せんぱーい! そろそろ、出発するっすよー!」
「………悪い。ってことで、もう行くわ」
俺はそう断って、席を立つ。
なぜだか知らないが、いつの間にかあの二人も一緒に着いて来ることになっていた。本当に不思議なことに。
「フクロウ」
「あ? なんだよ」
「風邪、ひくなよ」
「?? お、おう?」
急にミハエルに呼び止められたかと思ったら、柄にも無い忠告をされた。お前、そんなキャラだったっけ?
いや、何かのネタなのか?
無駄に物知りなせいで、話していると偶に、ジェネレーション以上の噛み合わなさを感じるんだよな。
「遅かったでありんすね」
「………お前、凄いな」
素直にそう、感嘆の声を述べてしまう。
さっきの声はパウンドのものだったはずだが、外には着物姿の天網の姿しか見えなかった。
「さっきのはスキルか?」
「リアルスキルでありんす。声真似は得意なもので」
そういうレベルじゃなかったけどな。もはや、声帯模写としてお金をとれるくらいには似てた。
「それで? わざわざ声真似までして俺を呼びつけた理由は?」
「主はんが、ここを出るって聞いたでありんすから。その前に、聞いておかないといけないことがありんす」
いつ聞いたんだ? 相変わらず耳が早い……いや、外からさっきの会話を立ち聞きしてたのか。
だとしたら、なんでそんなことを……と、思考が及びそうになるものの、答えは明白だった。
そういやこいつ、ストーカーだったな、と。
「純愛でありんす」
俺の引いた反応を見て何を考えているのかを察し、その上で開き直ってきた。通報されたら、その理論は通らないぞ。
「で、何だよ。聞きたいことって」
「主はんが手懐けた、あの狐の化け物について」
瞬間、とでもいうべき短い間に。
俺の保有している召喚石から勝手に飛び出たなずなは、九つの金色の尻尾を膨らませて、天網を手にかけようとする。
なずなの能力を抵抗したのか? それかなずなは記憶に残らないって言ったが、その前提としてなずなが手をかける必要があるのか?
『どいて、主!! そいつ、殺せない!!』
「殺すな。余計ややこしくなるだけだ」
「ほー、それが噂の。確かに『九尾』でありんすねー」
殺されそうになったのに、能天気に天網は言う。こいつの心臓は、毛むくじゃらなんだろうな。
『でも、主………』
「良いって。それより、ほら」
俺が腕を広げると、その誘惑に抗えなかったのか、渋々ながらも小さくなって飛びついて来る。
「随分と懐いているみたいでありんすね。それもそのスキルが?」
「ああ。まず、関係してるだろうな」
あけすけに情報を公開する俺を不審がったのか、天網の俺を見る目が少し厳しくなる。職業病だな。
「別に、何か企んでるわけじゃねーよ。ただ、隠したところで無駄だろうからな。それに、俺もこいつのことは気になってんだよ」
「……つまり、わっちに調べろと?」
「好きにすれば?」
ま、俺からこいつについて提供できる情報は無いし、なずなについて知りたいなら、自分で探すしか方法はないんだけどな。
「わっちの性格を知った上で、わっちを使いっぱなしにするでありんすか………ふふふふっ」
急に笑い出した。気持ち悪い。
俺のそんな感想は気にも留めずどこまでも上機嫌な天網は、知らない人が見れば惚れ惚れするような、恍惚とした笑みを浮かべる。
「ああ……謎。とても甘美ですね……。まずは手に入れた経緯から、確かリュージのアホが保有していたんでしたか。だとしたら、拷問してでも聞き出して……ああ、ゲームに二度とログインできないんでしたっけ? まあ、大丈夫でしょう。あの程度なら簡単に特定できる。そこから逆算していけば……うふふ。どこまでも、夢が広がる」
『あ、主? こいつ、怖い……』
「ああ、そうだな」
演じているキャラも忘れて犯罪予告ををつらつらと述べる天網に、怯えた様子のなずなに強く同意する。
どこまでも、漫画のキャラみたいな奴だな。
◇◇◇
「あ、あのフクロウさん!」
馬車停へ向かうため街の往来を歩いていると、背後から俺を呼び止める声が聞こえてくる。
「お久しぶりです……お、覚えてますか?」
「ああ、うんうん。覚えてる覚えてる」
…………??
なんだこのガキ……? あ、いや……確か、武器屋で働いていたあのショタか。ピジョンだとか、ポッポだとかいう名前の。
「で、何の用だよ。言っとくが、あのプロポーズなら」
「いえ、良いんです……脈が無いのは、最初からわかってました」
お、おう。脈が無いか。なんかマセてるな。
「今日はその、フクロウさんがこの街を出て行かれると聞いたので。その、コレを……」
そう言って、もじもじと小さな脇差みたいな小刀を渡してくる。
選抜の品ってやつか? 俺、一応魔法職なんだがな。
「銘は『遙勢』。その、これは知り合いの鍛治師さんに頂いたもので、僕の保有する限り最高級の一品です」
「え、ああ……うん?」
正直、それを俺に渡されても困る。
「その、向こうでもこれを見て、偶には僕のことを思い出してくださいね……それじゃ!!」
言いたいことだけ言って、さっと走り去っていくガキ。
《遙勢》 ランク:カースド
STR +100 DEF −100 AGI +100
・装備解除不可
・被ダメージ増加
・ヘイト増加
[スキル]
《不倶戴天》 new!
・ダメージを与えた相手に《怨み》を付与する。
《責任転嫁》 new!
・自らのヘイトを他ユニットに移す。
愛とは呪いであるとは、よく言ったものだ。




