第36話「ギルドマスターの代理のお仕事」
「それで、何をしたの?」
「えーと、その…」
「うん? 何かな。よく聞こえないよ」
更に問い詰める。
笑顔を崩さず、誤魔化すことも許さない。
「…その、ここに連れてこられた日に、イキがってた奴らに、…あ、挨拶をしたのよ」
「挨拶、ねぇ?」
ミクの額に汗が滲む。
その汗を指ですくうと、指先で弄ぶ。
「…この汗は、…嘘をついている汗ね」
「ひぃっ」
ミクが小さな悲鳴を上げる。
だけど、許さない。質問はすでに尋問に変わっている。
「いつも言っていることだよね? 他の人に迷惑をかけたらダメだって。まさか、そんなことも忘れちゃったの?」
「え、えーと、その…」
「さぁ、言いなさい。何をしたの?」
「…な、生意気を言うやつらがいたから、…その、乱闘になっちゃって」
「乱闘になって?」
「…ボコボコにして、あまりにも臭かったから。…手足を縛って、海に捨てちゃった」
ミクが言いにくそうに視線を外す。
だけど、ボクが笑顔でなくなったのを感じたのか、焦りながら説明する。
「だ、だって、ここの連中、本当に臭いのよ! 海の上にあるから下水処理も十分にできてないし! それに看守用のトイレまで掃除させるなんて、ありえなくない!」
言い訳をするようにミクが両手を振る。
ボクはそんなミクの肩に手を乗せると、にっこりと笑う。
「そっか。それじゃ、しょうがないよね」
「…ユキ」
ほっ、と安堵の表情を浮かべるミク。
だけど、次の瞬間。
ミクの表情が凍りついた。
「そんなわけないでしょーがっ! あなたが全部悪いんじゃないの!」
ミクの肩を掴むと、崩れかけた壁へと引きずっていき。そのまま外に放り投げた。
「海で頭を冷やしなさいっ!!」
「ぎゃーーーーーーーーーーッ! 」
ミクは悲痛な雄叫びを上げながら、放物線に落下していった。
やがて、悲鳴は消えて、辺りは静寂に包まれた。
その光景を見ていた看守たちからは、唖然としてた視線を向けている。あれだけ大暴れしていた問題児を、一瞬で黙らせてしまったのだ。
この黒髪の少女は、一体何者なのか。
看守たちは畏敬の念を覚えながらも、自然と敬礼を送っていた。
「まったく、もうっ!」
長い黒髪をなびかせながら、忌々しく呟く。
そんなボクを見て、これまで黙っていたアーニャが口を開いた。
「え、えーと。ユキ? あなた、どうしちゃったの?」
「あぁ。アーニャには言ってなかったっけ?」
ボクは髪の先をいじりながら答えた。
「えーとね、ボクの仲間って騒がしいことが好きなんだけど、時々、調子に乗りすぎるんだよね。他のプレイヤー、…他の人に迷惑をかけたりとかね。だから、そんな人は、ボクがお仕置きしているんだよ」
「え! ユキが!?」
「うん。ボクは『十人委員会』のギルドマスターだからね」
「ギルドマスターって、確かギルドや集団の代表だよね?」
「うん。まぁ、会長が帰って来るまでの代理だけどね」
ポカンと口を開けているアーニャ。まるで信じられないというような顔をしている。
「それよりもさ。髪を縛るものとか持ってない? やっぱり、ストレートにしておくと、うっとおしいよね」
「え? あぁ、うん」
アーニャがポケットから、予備のシュシュを出す。猫の飾りがついたシンプルなシュシュだ。ボクは長い髪を結い上げるとポニーテールにまとめる。
「変じゃない?」
「んー、ちょっと待って」
確認すると、アーニャが少しだけ手直しをしてくれた。
「これで大丈夫。ユキはポニーテールも似合うね」
「うん。ありがと」
ボクは素直に笑顔で答えた。
その感覚に、とうとう違和感を感じなくなっていた。




