第35話「…それは、放課後と生徒会室と、大量のエロ本の話」
「「看守長ーーーーーーッ!」」
男たちの泣きそうな声が響く。
「しっかりしてください、看守長!」
「どうしたんだ、これはっ!」
「それが…、突然、壁をブチ破って飛んできた鉄格子が、顔面に激突して…」
「何だと! …あぁ、そんな! トイレの壁に穴が空いてる!」
「看守長、安心してください! 傷は深いです! 前歯が全部折れているだけですから」
「そうですよ! 鼻の骨も折れているけど、前よりも男前になってますって!」
「おい、見ろよ! あそこの牢獄、鉄格子がなくなっているぞ!」
「本当だ! しかもあそこは、ミクの姉御の牢獄だ!」
ギャーギャー、と男達が泣き叫ぶ。
「た、大変だ! 姉御が牢屋から出たことを知った囚人が、次々に泡を吹いて倒れたぞ!」
「なんだとっ!」
「も、もう、…おしまいだ」
看守達が次々と地面に膝をつく。
もう、泣くことも逃げることもせず、ただこの世が終わるのを待っているようだった。
一触即発だったミクとアーニャも、ポカンとした顔で外を眺めている。その光景を呆然と見ていたボクは、静かにミクに問いかけた。
「…ねぇ、ミク。…ここで何をしたの?」
「え、えーと。まぁ、いろいろね」
「ふーん。いろいろねぇ…」
ボクの問いに、ミクは曖昧に答えた。
何かを誤魔化すように、目を合わせようとしない。明らかに嘘をついている。
…ピキッ。
そんなミクを見て、ボクの中で何かが崩れた。
怒りや苛立ちを抑え込みながら、もう一度だけ同じことを質問する。
とびっきりの笑顔で。
――◇――◇――◇――◇――◇――◇――
「それで? 言い争いの原因は何なの?」
それはいつも放課後のこと。
ボクはげんなりとした口調で、目の前の二人に問う。
一人は陸上部の男子。まだ部活の最中なのか、体操服のジャージを着ている。
もう一人は、がっしりとした体格の柔道部の男子。こっちは下校前なのか、制服姿で面倒そうにあくびをしている。
事の発端は、些細なことらしい。
生徒会室で書記の仕事をしていたボクに、生徒会役員の下級生が、この二人を連れてきたのだ。肩がぶつかったとかで言い争いになり、二人が服を掴み出したところで、生徒会役員が仲裁に入ったものの、お互い一歩も引かず。困った挙句、この生徒会室にまで連れてきてしまったのだ。
こんなことは、生徒指導の先生の仕事じゃないかな。などと思いながらも、ボクは連れてこられた二人の話を聞く。
しかし、二人とも折れる気配はなく。お前からぶつかってきたんだろう! いや、そっちから当たってきたんだから謝れよ! などと、まったく内容のない言い争いに、ボクは呆れ果てていた。こんな話を聞いて、何の意味があるのだろうか。
そんな時だ。
親友のジンが、ノックもなく生徒会室に入ってくきたのだ。そして、部屋の空気をまったく読むこともなく、満面の笑みでボクに言った。
「よう、ユキ! この前、大量のエロ本を生徒室の本棚に隠しておいたんだけど、勝手に持っていってもいいか?」
うきうきと楽しそうな親友。
そして、呆気に取られている二人の男子生徒。「むひょっ、最高だぜ」と笑いながら、本棚の奥を漁っているジンのことを、彼らはじっと見ていた。
…あぁ、本当に。
ピキッ。
ボクの中で、何かが音を立てて崩れた。
それまで言い争いをしていた男子生徒たちを前にして、ボクはゆっくりと立ち上がる。そして、本棚の奥の方へと手を伸ばしている親友を見下ろしながら。
その本棚に手をかけて、思いっきり床に叩き落とした。
凄まじい騒音を立てて、山ほどの本が床に散らばる。その本棚の下敷きになっている何かが、ピクピクと手足を痙攣させていた。
「それで? そこの二人は何が言いたいんだっけ?」
目の前の惨劇に、男子生徒たちは顔を青くさせている。
部長会議や『十人委員会』のメンバーたちの争いに比べたら、男子生徒の言い争いなど、実に可愛いものだった。
「用がなければ帰ってくれないかな。ボクはこれから、この部屋の掃除があるんだから」
ボクは、にこやかに笑う。
とびっきりの笑顔で。
――◇――◇――◇――◇――◇――◇――




