4-1. 帝国の犬 1
あの野郎、なんであたしの端末の番号を知ってやがるんだ?
「おーいラトカ、元気かーい?」
ライン川の対岸を双眼鏡で見ると、奴は通話しながら、呑気にこっちへ向かって手を振っていた。
「テメーふざけんな! かけてくんじゃねーよ!」
あたしが言い返すと、あいつは軽口をたたいた。
「えー? いいじゃないか。俺もたまにはいたいけな少女と直接話もしたいし」
「ああうっせー、チクショー……」
いらついたあたしは、自分の頭をグシャグシャともみくちゃにした。それを見ていたのか、あいつが言う。
「おいおい、せっかくのキレイな銀髪が台無しじゃないか」
うわぁ、キモいわ。
「まあ、いつでも来ていいからな~」
「誰が行くかバカヤロー!」
あたしは電話を切った。
マンハイムで活動していた仲間が、帝国軍の連中に逮捕された。それを知って状況を確認しようと、王国領から帝国側に潜入したんだが、情報をつかむどころか、さらに拘束される者が出る始末。こうして何とか王国側に逃げてくるのが精一杯だった。帝国軍の奴らは、さすがに越境してまで追っては来ない。
「クソッ、帝国の奴ら、ヘラヘラしやがって」
あたしが足元に落ちていた枝を踏みつけると、隣にいたミロシュ・ルニャーチェクが言った。
「お嬢。今日はもう戻りましょう。これ以上は難しいかと」
「はぁ…… しょうがねえな」
ミロシュの運転する車で、拠点に戻ることにした。
「我々は、帝国に泳がされているようですね」
「ムカつくことにな。少佐の奴、こっちの番号まで知ってやがった」
帝国欧州軍のクルト・ブロイティガム少佐。あいつに何度も煮え湯を飲まされている。
「お父様は、ラエティア民族解放同盟の今後について、武装闘争や非合法活動は放棄し、政治勢力として支持を広げるべきだと、お考えのようですが……」
「ああ…… そうだな。でも、あたしは……」
確かに、帝国とまともにやりあっても、いい結果が出ないのは目に見えてるよ。でも……
死ぬまで武装闘争路線を信じていた、母さんの気持ちはどうなるのか。
それを考えると、簡単に父さんの方針に従おうとは、思えない。
ラエティア民族解放同盟のリーダーは、もともと母さんだった。
その頃の血気盛んな解放同盟は、帝国軍を相手にゲリラ攻撃をたびたび行っては、帝国の装備を奪うようなことをしていたらしい。それで、重火器や戦車のようなものも持っていたというから、今から考えれば驚きだ。
ベルジカ王国は、自国の領内に解放同盟の拠点があることを知りながら、知らんぷりをしていたようだが、さすがに帝国の非難と圧力に負けて、解放同盟を討伐することに決め、軍を差し向けてきた。母さん率いる解放同盟は、そんな中でも善戦して、王国軍の指揮官を戦死させたりもしたみたいだが、結局は戦いに負けて、母さんはそのときに死んだ。あたしが8歳の頃の話だ。
反帝国活動をしてきた母さんは、同じ反帝国の王国に殺されたのだった。
それから8年、組織が武装闘争路線を放棄する方向に、徐々に切り替えてきたのは父さんだ。父さんを腰抜けだとか言ってけなす奴もいるが、誰も批判なんてできないと思う。父さんは一番大切な人を失って、それでもこうするのが正しいと決めたのだから。
でも、母さんはどんな気持ちだったのか。それを考えると、あたし自身はどうするべきか、迷ってしまうのだった。
拠点に戻ったが、様子がいつもと違った。静かだ。
中に入ると、父さんの下にいたスタッフたちが縛られ、口にはテープが貼られていた。
「おい! 一体何があった?」
あたしがスタッフの一人の口のテープをはがしてやると、彼は言った。
「大変です! 代表が拉致されました」
「誰にだ?」
「武装闘争派の連中です」
「なんだと?」
すると、噂をすれば、奴らから通信が入った。
「代表のズデニェク・スピルカはこちらで預かった。ラトカはいるか」
武装闘争派のリーダー、ヴォイチェフ・スヴィーチルだった。
「ああ、いるとも。お前ら、ナメた真似してくれたな」
あたしがブチ切れそうなのを抑えて答えると、奴は意に介さず言った。
「お前の父親は強情でね。武装闘争の継続を認めるよう説得しているんだが、応じようとしない」
父さんの様子が映像で映し出されたが…… 明らかに殴られた跡がある。
「てめぇ……」
「48時間以内に意見を改めてもらいたい。お前が来て説得しろ」
すると、父さんが言った。
「ラトカ! お前は来るな。こんな奴の言うことを聞かなくていい!」
スヴィーチルはさえぎった。
「お父上はこうおっしゃっているが…… まあ、どうでもよい。どちらにしろ48時間後には答えが出る」
「それまでに父さんが考えを変えなかったら?」
「そうだな…… お前の父さんにはいなくなってもらい、俺が代わりに解放同盟の代表になることにしよう。俺の下に来れば、お前のことはその後も便利に使ってやるぞ」
奴はそう言って笑った。
「ふざけんな! お前のところには行ってやるよ。お前の血を見るために!」
「ラトカ。お前に戦いを教えたのが誰だったか、忘れたわけではなかろう。お前は俺に従う運命なのだ」
「誰がテメーみたいな人殺しのクソ野郎に従うかよ。寝言は寝て言いやがれ!」
通信が終わった。
まさか、こんなことになるとは……
確かに、武装闘争派の連中に対して、父さんのコントロールがきかなくなっている様子は、今までにも感じられた。でも、まさかこんな手に出るとは。
「奴らに従うつもりは?」
ミロシュが言ったが、あたしは迷わず答えた。
「ねぇよ」
もともと武装闘争は、帝国の施設を対象にやっていたはずだったんだが、スヴィーチルたちは、帝国とは直接関係ない一般人も巻き込む破壊活動をしていた。明らかにやりすぎだ。帝国はあたしらをテロ組織と断じている。あいつらの下に入るわけにはいかない。
「あいつらを倒す。父さんを取り返す!」
頭に血が上ったあたしは言った。
「しかし、今、戦闘要員として我々が自由に使えるのは10人ほどしかいません。対して向こうは約50人。勝ち目はなさそうですが」
「ああ、わかってる、クソッ!」
どうすればいい? このままでは父さんが殺される。そうならないように、奴らの言う通りにするか? そんなことはできない。だいたい、奴らがあたしや父さんを助ける保証なんてないんだ。
このとき、あたしの頭におぞましい考えが浮かんだ。
「なあミロシュ、思いついたことがあるんだ。でも、今からあたしが言うことを聞いた後、あたしを軽蔑して、この組織をやめてもいい」
彼は答えた。
「どんな案でも、俺たちはついていきますから」
本当にいい仲間に恵まれたと思う。
「ありがとう」
あたしは同時に、心の中で彼らに謝った。