3-3. 女王様になる前に 3
では、肝心の外交交渉の場では、どんなことが話し合われているのか。
私は、無理を承知で出席したいと申し出たところ、これも何とか許可された。外務省の担当者に紛れて、メモ取り係という体で臨席できることになったのである。当然、交渉の内容は極秘事項となる。
ここ最近、帝国との間では局長級協議を重ねてきたとのことで、今回も王国側は外務省欧州局長、帝国側は欧州軍司令部政策局長が出席する。帝国には外交の専門部門がなく、外交交渉についても軍が行っている。
交渉は…… ほぼ平行線に終始した。というか、帝国側はまったく譲歩しようとしない。そのため次第に語気も熱を帯びてくるのだが、ここで帝国側から思いもよらない言葉が出た。
「我々は、いつでもあなた方のを国を火の海にすることができる」
当然ながら当方の外交官たちは猛反発である。
「なんという言いぐさだ!」
「取り消せ!」
しかし帝国側は腕組みしたままダンマリである。さらに驚くべきは、帝国側の次のような発言だった。
「我々が核兵器を保有していることを、お忘れなきよう」
これにはさすがの私もキレそうだった。核兵器の非保有国を核で威嚇するなど、あってはならないのではないか。
交渉が中断したところで、休憩室でコーヒーを持っていきつつ、外務省の担当者に聞いてみた。
「いつもこんな感じなのですか?」
「ああ、きみは新人だったかな」
彼の説明によれば、帝国はめったに譲歩せず、特に政策局長のルートヴィヒ・クラインベック中将は敵対的で、くせ者だという。
私はここでも幻滅を禁じえなかった。
反帝国を叫ぶ人たちが『帝国は横暴』と主張するのも、理由がないわけではないのかもしれない。
帝国との戦争などありえないと考えていた私だが、これは、話だけでも真面目に聴いておかなければならないか、と思い直した。
私は、国防省や軍の担当者からも話を聴いた。彼らに私は同じ質問をする。
「帝国と戦争をした場合、わが国は最終的に勝てるでしょうか?」
彼らは口をそろえるのだった。
「無理ですね」
まあ、聞くまでもないのかもしれない。だいたい、戦力が違いすぎる。帝国は、その気になれば世界中から兵力と物資をかき集めることができるのだから。
「勝つ方法があるとすれば、森林地帯や市街地でゲリラ戦を繰り返し、小さな勝利を積み重ねることによって、帝国軍を撤退に追い込むこと、ぐらいでしょうか。もしくは、世界各地の帝国同盟国に工作員を送り込んで破壊活動を繰り返し、同盟国の厭戦世論を喚起するとか」
参謀本部の士官が説明する。しかし、そのように自国や相手国の国民に多大な犠牲を強いる戦いは受け入れがたいし、テロリストと同じだと非難されるだろうから、政治的にも無理だろう。
「現実的には、そのような方法は無理でしょうが」
軍としても同じ認識のようだ。
「真っ当な戦いだと、期間としてはどのくらいが限度でしょうか」
「『真っ当な戦い』だけをするなら、食料や弾薬などを考えると、2年くらいが限界でしょう」
彼は、戦争が避けられないとすれば、帝国を打ち負かすことではなく、帝国を相手に粘って、なるべく良い条件で停戦に持ち込むことを考えるべきだと言った。
「他の反帝国勢力と協力して、帝国に戦いを挑むことは、想定していないのですか」
「そうした勢力の多くは、非合法の武装勢力やテロ組織です。表立って協力するのは無理でしょう。政権が協力を打ち出せば考えなければなりませんが、帝国の反撃はより苛烈なものとなり、我々を完全に壊滅させようとするに違いありません」
まあ、そりゃそうか。
「犠牲者は、どのくらいになるでしようか」
国防省の担当者は、さまざまな条件の下での試算を私に見せた。やはり、軍人・民間人ともに多数の死傷者が出ることは避けがたい。
「この、死傷者が一番多いのは?」
「帝国が大都市で核兵器を使用した場合の想定です」
仮に戦争になったとしても、そのようなことは起こらないと信じたいが…… 帝国側の物言いを考えれば、そうも言っていられないのだろうか。
しかし、考えてみれば不思議な話だ。すべての核保有国が帝国の同盟国となってから、ずいぶん経つ。敵対的国家から核攻撃や大規模な侵攻を受ける恐れはなくなったというのに、なぜ帝国は核兵器を保有し続けているのだろうか。大量破壊兵器によるテロを恐れてのことだとしても、テロ組織相手に過剰な装備のような気がしてならない。
この点について国防総省の担当者に見解を聞いてみた。
「もともと帝国は、核兵器の先制不使用を宣言していません。帝国が戦争を実行する際、戦闘を行う帝国軍は同盟国の国民で構成されていますから、戦闘で多くの死傷者を出すのは好ましくありません。それよりも、核兵器を使用した方が効率的だと考え、わが国を含めた敵対的勢力に対し、核兵器の使用を現実に想定している可能性があります」
ふむ…… 帝国と戦争するとすれば、そんなことまで想定しなければならないのか。何とも恐ろしい話だ。
そう、私はもうひとつ聞いてみたいことがあった。
「例えばの話ですが、万が一わが国が帝国に勝利し、帝国による支配構造が消え去ったとします。その場合わが国はどうするのですか?」
国防省の担当者は笑って言った。
「そんなバカな……」
「例えばの話です」
私が真面目な顔で問うので、彼は答えた。
「そのような状況は、想定したことがありませんので、回答できかねます」
ホテルの庭から夜空を見上げながら、私は彩香に漏らした。
「王国は、反帝国をうたっているくせに、帝国を倒した後のことを考えていないんだって。笑っちゃうよね」
「まあ、現実的には無理だって、みんなわかってるんだよ」
彩香も苦笑した。
「ねえ、郁は、王国や帝国について、どう思ってる?」
帝国の同盟国である日本で暮らしながら、私は帝国に対して悪い印象をあまり持っていなかったし、帝国の役割についてはむしろそれなりの評価をしていた。帝国が同盟の範囲と軍の活動を拡大してから、危険なテロ組織や武装勢力の跳梁跋扈はなくなったし、各地で行っているインフラ整備や教育支援は地域の安定と生活向上に大いに貢献している。かく言う私自身も、帝国が整備した奨学金のおかげで、高校に支障なく通えたのである。帝国の恩恵を受けていたひとりだったわけだ。
しかし、今回帝国軍の幹部たちによる恫喝を目の当たりにして、幻滅した。一方ではこのようなことが行われていたとは。帝国は、覇権を打ち立てたからには、ちゃんと世界の平和に責任を持たなければならない。
私を捨てておきながら呼び戻した王国の方も、大概だと思う。政府や与党の内実は、思っていた以上にさまざまな思惑が渦巻いている。
「ああ、いろんな人に、いろんな話を聞いて…… いろいろ、幻滅した」
これが率直な感想だ。私はまだ18歳だというのに、圧倒的な世界の現実を突きつけられてしまったのだ。理想など吹き飛んでどこかへ行ってしまった。このままでは夢も希望もない厭世的で寂しい人間になってしまいそうだ。
「郁はお疲れのようだね」
夜風が、私たちの顔をなでていく。もう、それほど寒くない季節だ。
「郁は、この世界のこと、嫌いになった? やっぱり、女王なんて、なりたくないと思う?」
彩香が問う。
「ま、現実なんて、こんなもんでしょ。仕方ないよ」
正直、私なんかには荷が重いという気持ちはまだ強い。でも……
「そういえば、高校のセリアっていう子が言ってたんだけどね。国の役目は、国民ひとりひとりの安全・安心な暮らしを守ることだから、そのことを第一に考えるべきだって。確かに、国っていうのは、そのために個人でできないことをするわけだからね。やっぱり結局はそこじゃないかな」
「なるほど」
「結局、また他人の受け売りだけどね」
彩香は笑った。
「大丈夫。人間なんて誰でも、他人の受け売りを支えにして生きてるんだから。そうして歴史はつながってきたのです」
「また大それたことを……」
2人で笑った後、彩香が思いついたように言った。
「ねえ、郁は、お父さんに会う気は、ないの?」
私の父…… と言っても、いまだにピンとこないのだが、ユベール・グランシャリオ現国王は、病気のため、首都の病院に入院している。王国に来てから随分経ったが、今まで私は、多忙を理由に国王の見舞いは避けてきた。しかし、正直なところ、国王に会った時、私がどんな感情を持つのか、なかなか想像ができない。
「うん…… 今はいいや」
私の生返事に、彩香は答えた。
「郁が決めることだから、別にいいけど。でも国王陛下ももう長くないかもしれないから…… ま、後悔のないようにね」
私の女王就任が発表された。
モラトリアムは終わった。
正確に言えば、王国の国籍すら持たない部外者がいきなり女王になることはできないので、まずは王女という形で王国の国籍を得て王室のメンバーとなり、王位継承順位が設定された後で女王に就任する、という手順らしい。まあ、名ばかり女王の前の、一瞬プリンセスというのも、悪くないかもしれない。
そう、このときに私は、日本国籍を離れた。日本の国籍法では、他国の国籍を取得した場合、自動的に日本国籍を失うことになっているからである。そうでなくても、国家元首が他国の国籍を持っていることはさまざまな問題を引き起こしうるので、いずれにしても日本国籍を離脱するのは決まっていたわけだが。
さようなら日本。わたしはまた、故郷を失った。




