表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/62

3-2. 女王様になる前に 2

 では、真っ当(であるはず)な、国政政党の意見はどうか。


 現在の与党・統合国民党は、政治路線としては中道右派であり、表向きは『帝国の不当な要求に毅然と対応する』として、外交交渉を継続している。しかし実際は、帝国との戦争を回避するため、政府と党の首脳は、同盟国となることを受け入れる方針を密かに決めている…… というのは、最初に私が在日本大使館の参事官から聞いた通りである。

 私が王国に到着してすぐに、首相のヨス・ファン・アスペレン党首とは、首相官邸で会っている。

 首相は50代前半だとのことだが、それよりもだいぶ若く見えた。彼は私を見るなり、言った。

「初めまして、カオル・アイカワさん。本来であれば私が王宮に参上すべきでしょうが、呼びつけるような形になり申し訳ない」

 このとき私が王族であるということは秘密だったので、首相の側が動くわけにはいかなかったのだろう。私はメディアの目を逃れ、王室の関係者に混じり、関係者のフリをして官邸に入らなければならなかった。

 私は、この国の責任ある人物にやっと文句を言える機会が訪れたと思い、にこやかに言ってやった。

「初めまして、首相閣下。もっとも、私があなたを知っている以上に、あなたは私のことをご存知でしょう。官邸に呼び出されたことを詫びていただく必要はありません。すでに私は、地球の反対側から呼びつけられておりますので」

「ははは。これは手厳しい」

 首相は、私の不躾な言葉にも、不快な表情は見せなかった。

「カオルさん。ご不満はいろいろとおありでしょうが、まずは私の話を聴いていただきたいのですが」

「ええ、ぜひとも」


 首相は人払いをし、私と2人だけで話すことになった。

「カオルさん、あなたも多少はご存知のことと思いますが、わが国の政情は、言語や文化の違いもあり、必ずしも安定しておりません。そんな中、王室の方々は国民統合の象徴として、務めを果たされてきたわけですが、あなたのお父様、現国王のユベール陛下は、残念ながらご病気のため職務を果たせず、ここ最近は意識もない状態が続いています。ほかの王族など、適任の方がいませんので、やむを得ず国王の職務の一部を首相である私が代行していますが、あまり適切な状態とは言えません」

「なぜです?」

「首相はこの国の行政府の長ではありますが、私自身が与党の党員ですからね。党派を超えて全国民統合の象徴となるような役割は、どうしても果たせないのです」

 確かに、それはそうかもしれない。

「早急に新しい国王をお迎えし、現在のような状態は是正する必要があります」

「首相閣下。関心がおありなのは、帝国に下った時のことでしょう。その話をしませんか」

 私は先を急いだ。

「実際のところ、どのようにお考えなのですか」

「話が早くて助かります」

 首相はそう前置きして、話し始めた。

「我々は、粘り強く帝国との交渉に取り組んできましたが、帝国も今回ばかりは本気でわが国を従えようとしているようです。帝国の要求に従わず、戦争になったとすれば、多くの国民の命が失われ、インフラは破壊され、国土は蹂躙されるでしょう。国民は耐えられません。戦争を回避するには、交渉により務めて帝国から良い条件を引き出したのち、帝国の同盟国となるのが、わが国にとっても国民にとっても、やむを得ない中で最良の選択肢です。これが、我々が出した結論です」

 やはり、もう方向性は決まっているのか。

「しかし、あなた方の党の公約と、異なっているのではありませんか。国民を裏切ることになるのでは?」

「右派や左派の政権が同じことをするより、反発が少なくて済むと思われるので、国民にとってはこの方が良いと思っています」

 そういうものだろうか。

「我々は、この国のかじ取りをする者として、国民の生命・財産を守るという使命があります。それこそが、国家の役割であり、政府の主要ポストという重責にある私たちの使命です。私たちは、自分の意見を勝手に言っていればいいだけの存在ではありません。国を動かす者として、現実的な解決策を見出していく必要があるのです。政治の責任とは、そういうものです」

 首相の言うことは、もっともだと思った。……でもなぁ。

「ところで……」

 首相は、顔をぐっと近づけてきた。

「あなたが女王になられたら、政府と議会が帝国との同盟を決めた場合、確実にご署名いただけると、考えてよいのですね?」

 やはり、そこが最大の関心か。

「我々は、そのために…… そのためだけに、と言ってもいい。あなたをお呼びしたのですから」

 私はムッとした。

「随分な言われようで。女王など名ばかり。私の人生など、あなた方にとってはどうでもよいのですね」

「私は率直にお話ししているだけです。あなたは女王になられるお方、我々内閣との信頼関係は何より大事だと思っております。政府として、あなたに対して隠し立てすることは何もありません。お約束しましょう」

 そういうことか。

「ならば、私も言いたいことを言わせていただきます。わざわざ私を日本から呼びつけるなどということをしなくても、帝国との問題は、あなた方が自らの責任において処理すればよかったではありませんか。先ほどの国王の職務代行とか、いっそのこと王制を廃止するという手もあるでしょう。現実的でないと言われるかもしれませんが、あなた方の力が足りないだけです」

「そう言われてしまっては、返す言葉もありませんね」

 首相は苦笑いした。

「では、私も与党党首としての考えを、率直に述べることにします」

 与党党首として…… それは、首相としての考えとは、異なるのだろうか。

「民主主義の政治体制下で、政治家が常に考えていること。それは、選挙で勝つことです。どんなに崇高な理念を掲げても、選挙で勝たなければ、政策を実現することはできませんから。我々も考えました。選挙で勝つためには、帝国にどう対応すべきか、と。帝国と戦争しますか? とんでもない。必ず負けます。戦争に負けるというのは、もちろん国家にとっては一大事です。戦争に負けた政権を、誰が支持するでしょうか」

 首相はさらに続けた。

「我々は、国民の尊い命を守るために、やむなく帝国に下ります。通常通りの手続きなら、軍の指揮権は帝国に移りますが、帝国は同盟国の内政には干渉せず、これまでと同じ体制が維持されるでしょう。その後に行われる選挙で我々が勝つには、どうすればよいか。帝国との同盟は、国王も支持して文書に署名した、という事実が欲しい。こう考えるわけです」

 フーン…… なるほどね。ずいぶんとぶっちゃけてくれるじゃん。政治家というのは、こういうことを考えているのか。

「つまり、私はあなた方の選挙対策のために、こんな所まで連れてこられたのですね。なめられたものです」

 だが同時に驚いた。そこまで考えているのかと。

「さらに申し上げれば、現国王は帝国との同盟には反対しておられました。代わりにあなたが署名してくださるなら、我々にとってはまことに都合が良いのです」

 やっぱりだ。皆が欲しているのは国王の立場に就いてくれる人間であり、私ではないのだろう。

 私の厳しい視線を察したのか、首相が弁解した。

「汚い世界だと思われるかもしれませんが、これが現実です。我々もこの国と国民のことを第一に考えていますが、そのための政策は、選挙で勝たなけければ実施できませんので」

 いろいろと言いたいこともあったが…… 仮にも王族の人間が、これ以上政治に口出しするのはよくないだろうと思い、やめておいた。

「なぜそんな事情を私におっしゃるんです。私を不機嫌にして、楽しんでおられるのですか?」

「楽しむなど滅相もない。なぜかと問われれば、それはあなたには選挙権がないから…… というのは冗談でして、先ほど申し上げた通り、内閣との信頼関係のためです。このような事情もあることを知ったうえで、我々に向き合っていただきたい。幻滅されるかもしれませんが、仕方がありません。後で落胆なさって信頼を損ねるよりも、最初の方がましでしょうから」

 これが、この人なりの筋の通し方なのだろうか。私も、釘を刺さなければならない。

「信頼関係、というのでしたら、あなた方に申し上げたいことがあります。帝国との間の文書に署名が必要なのでしょうが、署名は私自身の意思で行います。政府や議会で決まったことだからと強制したり、勝手に私が署名したことにするのは、やめていただきたい」

 これは、日本でも言ったことだ。

「承知していますとも。強制はしないとお約束しましょう。王は操り人形ではありません。国王が自らの意思で署名したという事実がなければ意味がありませんから、当然ですが」

「とはいえ、どうせ私は自由のないお飾りに過ぎないのでしょう。どうぞ好きになさってください」

 首相は肩をすくめた。

「そんなに卑下なさらなくても。我々にできることなら、ご要望は承ります」

「そうですか。では……」


 この場で、せめて高校を卒業させてくれとか、国政についてレクを受けたいとか、ダメもとで言ってみたところ、首相が快く(?)善処してくれた結果が、即位までのモラトリアム期間、というわけだった。

 私は首相についてはあまり良い評価を持っているわけではないけれど…… 今後のことを考えれば、変に対立しても仕方ないと思う。それに、私が、

「こんなうっとうしい小娘を王位に据えようなんて、失敗したとお考えではありませんか」

と皮肉を言ったところ、

「いいえ。お願いできる相手があなたで、良かったと思っているところです」

なんて、即答されたし。本心かどうかはわからないけれど。


 与党以外の主要政党はどうか。

 右派の王国自由党は、皇帝の支配下に入らず独立を維持すべきだとして、帝国との同盟に反対している。帝国とは戦争も辞さないとの強硬な立場だ。

 中道左派の社会労働党は、帝国の支配下に入れば現在の手厚い社会保障制度が損なわれるおそれがある、反帝国の労働運動などが抑圧される、などとして、帝国との同盟に基本的には反対しているが、これらの権利が保障される場合については、同盟受け入れも示唆している。戦争には反対の立場である。

 与党はもちろん、どちらからも批判されている。与党が帝国との同盟の方針を明らかにした場合、左派が何と言ってくるかは、同盟の条件次第だろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ