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6-1. 帝国軍欧州艦隊 1

 俺は、欧州艦隊司令部が実施した委託事業について、精算資料の確認を行っていた。委託先の支出が適正かどうか、これでチェックするというわけだ。正直、あまり楽しい仕事ではないが、このような地道な作業を怠っていると、あとで痛い目を見るのだ。

 以前、司令部の支出が不適切だったとして、艦隊司令官以下幹部が軒並み処分を受けたことがある。帝国欧州軍の司令長官殿下は、なかなか厳しい方だからなぁ。


「少尉、ちょっといいか」

 俺が数字とにらめっこしていると、会計課長からお呼びがかかった。

「はい。何でしょうか大佐」

 俺が出ていくと、課長から思いがけない提案があった。

「君は、任務中の空母に乗艦したことは、あるか?」

「いいえ。停泊中ならばありますが」

「ちょうどいいな。今度、欧州艦隊司令官が空母機動群を視察される。同行してはどうかな」

 航行中の空母に乗艦する機会なんて、そうあるものじゃない。それに、書類に目を落とすばかりの仕事の息抜きにもなりそうだ……

「よろしいのですか?」

「司令官の了承は得ている。よく勉強してくるといい」

「はい。ありがとうございます! ところで、日程はいつになるのですか」

「今度の9月15日だ」


 9月15日といえば、王国との同盟の調印式の日だ。

 王国が同盟受け入れを表明した後も、帝国軍は、期限までに調印がなされない限り警戒を継続するとして、空母機動部隊の展開を継続している。あからさまな威圧だった。欧州軍司令官はこの調印式に出席するのだが、欧州艦隊司令官は空母に赴き、王国に対する『勝利』を祝うとともに、警戒に当たった将兵たちをねぎらうのだという。

 王国との敵対関係の解消は、帝国にとって長年の懸案事項がようやく消えたことを意味する。軍の中に限らず、感慨深い思いをもつ者は多いようだ。第一の仮想敵国がなくなった欧州軍は、大規模な再編が行われることだろう。


 9月15日当日。俺は、司令部の随伴要員に交じって、欧州艦隊司令官ロバート・エルフィンストーン大将に同行した。といっても、空母の様子や司令官の動きを見ておけと言われただけで、俺の仕事は特にないわけだが。

「少尉。君は空母に乗艦したことは、あるかね?」

 司令は、会計課長と同じことを俺に尋ねた。

「いいえ。停泊中しか、ありません」

 なので、同じような回答をしたところ、司令は言った。

「空母はひとつの都市のようなものだ。乗組員たちの奮闘ぶりをよく見ておくといい」

 大海原に浮かぶ、巨大な鋼鉄の塊。上空のヘリから眺める空母スカンディナヴィアの威容は、やはり壮観だった。


 ヘリが着艦したのち、大将は空母機動群司令のラスキン准将から現況の報告を受け、続いて航空団司令のウェイクリング大佐から艦載機と飛行甲板・格納庫の説明、艦長のキーリー大佐から艦内の案内を受けた。

 さすが空母は船体が巨大なだけあって、士官の居住スペースも広く、それなりに快適そうだ。……詰め込まれている兵卒の居住環境はきつそうだが。

「よう、フェリックス」

 船内を歩いていて、声をかけられた方を見ると、笑顔で手を振る奴がいた。

「あれ? クライドじゃないか」

 士官学校の同期、クライド・ヘリオット少尉だった。

「お前、こんなところで何してるんだ?」

「何してるんだ、じゃねーよ。ここの乗組員だぞ、俺」

「そうだったのか。久しぶりだな。空母勤務はどうだ?」

「……きつい」

 奴はあからさまに疲れた顔をした。ここはかなり人口密度の高い空間だから、気苦労も多いことだろう。

「まあ、察してやるよ」

「仕方ないさ。同じ水上艦勤務でも、最新鋭の駆逐艦とかは、成績が優秀でいらっしゃる奴らが取っていくからな」

 士官学校でも、勤務先の希望は出せるが、やはり成績によるところが大きい。

「お前の方はどうだ? 確か会計担当だったか」

「ああ。毎日数字ばかり眺めていると気が滅入るけどな」

「ここよりはマシさ。ま、お前は俺のことなんか気にせずに、出世してくれよ。期待してるからな」

 クライドは何度も俺の肩をたたくと、こう付け加えた。

「ところで、俺が言ったとおり、ちゃんとマンガは読んでるだろうな?」

「……ああ、もちろん」

 そうだ、こいつはオタクだった。俺もこいつによって、その道に引き込まれた一人だ。

「ワカミチ・アイっていう日本人のマンガ家がいるんだがな。この人の描く作品がとても良くて…… と、いま語らってるヒマはなかったんだった」

 彼は、話を途中で止めると、急ぎ足で去っていった。

「じゃあ、またどっかで話そうぜ」

「ああ、また」

 奴は相変わらずだった。みんな、自分なりに、自分の仕事をがんばっているんだな…… と、彼の後ろ姿を見ながら、俺は当たり前のことを思ったのだった。


 9月15日正午が、帝国が王国に示した期限だった。調印式は、それまでに双方が署名し、その後それぞれの代表がそろって会見する運びになっているという。エルフィンストーン司令以下、空母機動群の幹部たちが、会議室で中継映像を見守る。


「それでは、定刻になりましたので、ただ今から帝国・ベルジカ王国の同盟協約調印式を開会いたします」

 11時30分、帝国軍の事務局による司会で、調印式が始まった。まず出席者の紹介があり、次に事務局から、これまでの協議についての説明がなされた。説明をするのは、事務局長を務める帝国欧州軍司令部政策局長ルートヴィヒ・クラインベック中将である。

「このたびの帝国とベルジカ王国との同盟締結協議に関する結果報告をいたします。両国は長く対立関係にあったわけですが、このたび、きわめて有意義な、歴史的合意に至ったのであります。そもそも両国は……」

 ここから中将は、両国の成立と対立の歴史、乗り越えなければならなかった数々の困難などなどを、力をこめ、とうとうと語ったのであった。

「あいつ、自分の手柄にずいぶんと満足したようだな」

 大将がこうつぶやくのを聞いて、ラスキン准将は苦笑した。

 中将の説明がようやく終わると、いよいよ両国の署名である。

「それでは早速ではございますが、協約に調印をお願いします。あらかじめ調印の手順について、説明を申し上げます」

 事務局の説明によると、批准書は2部あり、まず王国の首相と帝国欧州軍司令長官が署名し、次に女王と皇帝が署名。批准書を交換したのち、同様に署名を行うのだという。


 署名を行うメンバーが登場した。

 欧州軍司令長官のマルティナ・K・シュテルンリヒト上級大将。マルティナ殿下は皇帝の従妹にあたる。彼女は髪を短めに切り、深紅の口紅をしていた。相変わらず振る舞いは凛としているが、表情を見ると、やっぱりキツそうな性格に見える。

 皇帝カールハインツ陛下のほうは、どこにでもいそうな初老の紳士といった穏やかな風情だ。マルティナ殿下にもこんな雰囲気を見習ってほしいものだ。

 王国のファン・アスペレン首相は、笑みすら浮かべながら席に着いたが、カオル女王は緊張の面持ちだった。王国の前国王に隠し子がいたというのは驚いた。確かまだ18歳だったと思うが…… 俺よりひとつ下じゃないか。即位早々こんな場に駆り出されて、まったく同情するよ。


 それぞれの書面に両国の2人ずつが署名し、批准書を交換するまでは、滞りなく進んだ。

 異変が起きたのは、交換した文書への署名が終わろうかという時である。女王が、皇帝に向かって発言した。

「皇帝陛下。わたくしの署名は終わりましたので、いま署名した文書を読み上げます。どうぞお聞きください」

 女王は横にいた首相に文書を渡すと、首相がその文書を読み上げた。


「『ベルジカ王国政府は、帝国による同盟締結の求めを、拒否する。帝国及びその同盟国がわが国に与え続けている不当な軍事的脅威から、国民の生命及び財産を保護するため、政府はいまより、軍事的手段を含むあらゆる方法をとることを、ここに表明する。』

 以上です」


 ……

 これは…… どういうことだ?

 俺たちが唖然とする中、皇帝は立ち上がり、首相と女王を見つめ、ただ一言を発した。

「残念です」

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