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あれから数日、マリウスとイザベルはデートの名目で王都のとあるケーキ屋にいた。
イザベルが見た夢について纏め終わったので、二人は話を詰める為に最近評判となっている店に来たのだった。
流石に両家で「悪夢が気になったので殿下に進言する為に色々と話し合う」何てことはそうそう出来ない。
大勢の人で賑わう場所だからこそ、余り話題にしたくないことも多少は話せる。
ちなみに、少々強権を使ってこの場を設けた事は、マリウスの胸中にだけ留めておいたが。
そして現在の二人は、揃ってこの店には余り似つかわしくない苦い顔をしていた。
「……私が言うのは違うかもしれませんが、色々考えてみると可笑しいところが多いですわね…」
「それは夢であるのと、君が見たのはアルハンブラ嬢の視点から見た、重要な場面をつなぎ合わせたものだからな。あちこちに矛盾が出るのも仕方がない」
それぞれケーキとグラスを前に、イザベルが執筆した紙束を確認していたのだが、改めて目に通すと小言を入れたくなるものであったり、気になるものが多数あるのだ。
「記憶だけを頼りに新しい道具などを開発して、しかもそれが軌道に乗るなんて凄いな」
「今から3年くらい経つと腐敗が横行するというのも余り信じられないですわね…。もう帝国は間者を入れているのかしら?」
「向こうはまだ次期皇帝が決まっていないから、直属の間者がいる可能性は低いが、布石は打っているだろう」
イザベルとマリウスはカトラリーではなくペンを持った手を動かしながら、新たな紙に気になった箇所を書き出していた。
夢の中の人物たちに言いたいことは山ほどあるが、調べ事を疎かにして重要な点を見逃してしまっては自分達どころか国が消えてしまう。
だから些細な違和感であっても見逃すわけにはいかない。
そんな熱心な二人の姿が、周囲からは『課題か何かを二人で行っているお熱い恋人達』と見られていた。
そんなことを知る由もない二人は特に気になる箇所は口に出し、時々軽口を叩きあう。
一番口にすることが多いのは、現実のミカエルとレオナルドの両殿下の関係性について。
現在の両殿下は仲が良いわけではないが、継承権を巡って争いが起きる程不仲というわけでもない。
式典等があれば揃って出席し、ただし公務としての会話をしているところしか目撃されていなかった。
だからこそ、夢では『水面下で争いが起きていた』と言われていたし、今も行われているのかもしれないが。
暫く後、話題もひと段落した所でマリウスが提案してきた。
「夢を実現させない為に必要な点を挙げてみようか。まずはレオナルド殿下を出奔させないこと」
「暗殺未遂を防ぐのが最重要ですね」
彼に合わせてイザベルがすぐに補足事項を述べる。
「ミカエル殿下の婚約破棄を阻止すること」
「場合によってはベアトリーチェ様とではない方との結婚をお勧めするべきです」
「それもそうだ。だが、それでは別の誰かがアルハンブラ嬢の立場に代わるだけだ」
「…ですね。それにベアトリーチェ様が別の記憶を思い出すことはなくとも、ヒロインが新しい婚約者から同じ様にミカエル殿下を寝取るかもしれないですし」
「ヒロイン女の横暴のせいで王宮は腐敗し、弱体化の隙を突いて帝国が侵略しに来て、どさくさに紛れてアルハンブラ嬢をものにする…。流れはちょっと違うが結末は変わらないな」
その結末を想像したのか、二人はそろって苦い顔をした。
「ミカエル殿下にはヒロインのみならず、悪意を持った方に惑わされないようなっていただく必要がありますわ」
「その類の事を進言するのは、適任の者がいるんだが…」
「あら、どなた?」
「レオナルド殿下だよ」
「まあそうでしたの?もしかして、あの噂は本当に…?」
意外な人物の名前が出たことに驚く彼女。
マリウスも彼女の疑問を否定せず、首を縦に振る。
レオナルド殿下の噂とは数年前の事。
当時、ある国の間者が女官に扮して王宮に紛れたことがあった。
しかし、レオナルドが何故か逸早く正体を見抜き、何事も起こらぬうちに捉えることができたという。
一連の騒動については社交界にあがる噂に留まっていたが、それ以来レオナルドに娘を紹介する貴族が減っていった。
マリウスがレオナルドの名前を出したという事は、噂は実際にあったことであり、彼は噂通りそういった審美眼に長けるということだ。
「では、両殿下の仲を取り持てば…」
「どちらが王位を継ぐにせよ、良い方向へ転がる可能性は高い」
「ならば直ぐにマリウス様がレオナルド殿下に謁見を、」
「いや、残念ながら俺はレオナルド殿下と面談できる立場にはないんだ」
「あっ、そういえば…」
マリウスはミカエルの近衛騎士であるため、彼からレオナルドに接触する理由はほぼない。
本当に争いが起きているのであれば、不審に思われて事態が悪化する恐れがあった。
「だから、まずはある男にこの話を信じてもらい、レオナルド殿下との繋ぎになってもらう必要がある」
「ある男…?」
「君の夢にも出てきた、シルヴィオ・マリーノだ」
「現宰相子息の…!」
イザベルの脳裏に、先日の夢がよぎる。
ミカエルの傍らにいて、ベアトリーチェの罪状を淡々と読み上げていたのが眼鏡を掛けた彼、シルヴィオだ。
その末路ははっきりとは覚えていないが、ロクなものじゃなかったはず。
余談だが、夢の中でのベアトリーチェ曰く『典型的なヒロインにだけ笑みを見せる腹黒眼鏡』とか何とか。
「マリーノ家は現状、表向きは中立の立場にある。彼自身、次期宰相として後を継ぐべく現在でも宰相の仕事の一部を担っていて、両殿下と交流がある数少ない一人だ」
「それに彼に夢を信じてもらえれば、ヒロインの取り巻きを減らすことが出来ますし、後ろ盾になる家が一つ減りますわね」
「……どうやら、やることが見えたな」
「ええ」
明確な目標を得て、二人の眼は輝きだす。
「そうは言ったものの、俺はシルヴィオとは顔見知りだが世間話をするほうではないからな…」
「それならば、彼の親しい女性の方に私達の話に興味を持ってもらうのはどうでしょうか?」
「ふむ……可能性はある。シルヴィオには婚約者は今もいないんだよな?」
「いませんわね。ただ、マリウス様もご存じだとは思いますが、舞踏会に参加されるときにはいつもエスコートしている方がいらっしゃるでしょう?」
シルヴィオは次期宰相や中立派という立場上様々なパーティー等に出席しており、交流関係も幅広い。
基本的には男女一組での参加となるが、彼の傍らにはずっと同じ女性がいた。
その女性の名前はクロエ・リシャール。
中立派のひとつである侯爵家の娘である。
デビュタント前はベアトリーチェと同じく、両殿下の婚約者の候補とみなされていた。
「彼女はシルヴィオ様と婚約こそされておりませんが、彼に一番近しい方です。もし、彼女に夢の事を信じてもらえるまではいかなくとも、シルヴィオ様とご一緒か、彼女だけでも私たちとお会いする機会を頂れば…」
「なるほど。君はその方と接触することは出来るか?」
「出来ますわ。次の舞踏会の時にお話することも可能です」
クロエは彼に劣らず交流が活発で、いつもパーティーに参加した女性達全員に自分から挨拶に回っている。
外見こそ百合の花に例えられるほど気高い印象を与えるが、挨拶の時のちょっとした会話でも、話題が豊富であり話し上手なことがわかるくらい話術に長けていた。
「ならば俺はシルヴィオにそれとなく話題を振ってみるから、君はクロエ嬢を頼む」
「わかりました。マリウス様も宜しくお願い致しますね」
打合せが終了したところで、漸く二人はケーキに手を付ける。
「流石、評判になるだけありますわ。美味しいです」
「イザベル、こっちのもどうだ?口を開けて?」
「!!!!」
「…イザベル?どうしたんだ?顔が赤くなってるが」
「ま、マリウス様、だって、それ…」
「うん…??………………………っ!!」
「…………」
その後、彼女の家の従者に声を掛けられるまで、二人とも赤面して固まっていた。
美味しかったはずのケーキの味は思い出せなかった。
◇◆◇◆
「皆さま、ごきげんよう」
「ごきげんよう、クロエ様」
数日後の舞踏会、エスコート役の父親と別れたイザベルは、いつもの様に友人達と会話に花を咲かせている時、いつもの様にクロエが挨拶をしてきた。
イザベルは友人達共々挨拶を返したが、クロエは何故かイザベルをじっと見つめている。
「……貴女、雰囲気変わったわね」
「えっ、お分かりになるのですか!?」
「ええ。だってわかりやすいくらいに生き生きとしているんですもの」
「流石クロエ様です!私達は少し変化した程としかわからなくて…」
友人の言葉に思わず真っ赤になるイザベル。
「何があったの?」
「じ、実は少し前に怖い夢を見てしまって…。お恥ずかしながらマリウス様…婚約者様に泣きついてしまったのです…」
そんなに駄々洩れだったのかと、恥ずかしくてしどろもどろになるが、これはチャンスだとクロエにあの夢について説明する。
勿論大部分は省いて、ただやけに現実めいた、彼とすれ違ってしまい双方不幸になる夢を見てしまった…程度であるが。
「それでそんなに輝いているのね」
納得がいった、というように頷いたクロエ。
「それで私達も、彼女に倣って将来の旦那様になる方と、お互いに思いを伝え合おうとお話ししていたのです」
令嬢の一人が補足する。
実際の所イザベルは皆で最近の出来事を話している時に自分から話題を出したのだが、クロエに先に気付かれるとは思わなかった。
暫しの間再び歓談していたが、不意にクロエがポツリと零す。
「私も貴女方に倣って正直に言うと、貴女が羨ましいわ、イザベル」
「え…?どうしてですか?」
「私は、あのお方と結ばれることはないもの」
クロエの言葉に引っ掛かりを感じたのか、令嬢の一人が訪ねた。
「不躾で申し訳ございませんが、クロエ様がお慕いされている殿方は…」
「彼は今日も私をエスコートしてくれたの。ただ、昔からの知り合いで気心が知れているからという理由でね」
その言葉で、イザベルと令嬢達はシルヴィオとクロエの実際の関係を察してしまった。
「申し訳ございません!!言葉が過ぎてしまって…!」
頭を下げる令嬢にクロエは大丈夫と優しく笑いかける。
「噂は私も耳に入っているけれど、現実はきっと、私は彼の妻にも婚約者にもなることはないでしょうね。でも、私は彼の様な素敵な方の幼馴染というだけでいいの」
微笑むクロエはとても美しい。しかし、イザベルにはあるはずのない涙がクロエの頬を伝っているのが見えた。




