お祓い
身の回りで、不吉なことが相継いだ。
仕事を終えて、アパートに帰った時、玄関前で猫が死んでいた。野良猫のようだった。死ぬときは姿を消すと言われている野良猫が、俺のアパートの玄関前で死んでいたのだ。
――あの赤い目を見てしまったので、呪われたのではないか?
と思った。その思いが徐々に確信に変わって行く。
日曜日の昼下がり、近所のスーパーに買い物に行った。帰り道、住宅街を歩いていると、靴に小石が入っていることに気がついた。歩きにくい。足を止め、靴を脱いで小石を出そうとした。その時、
――ガチャン!
と音がした。前の前に物が落ちて来た。
――何だ⁉
鉢だった。道路脇に建つアパートのベランダに置いてあった鉢が落ちて来たのだ。上を見上げたが、どのフロアから落ちて来たものなのか分からなかった。危なかった。靴に小石が入っていなければ・・・そのまま歩いていたら・・・俺の頭を直撃していただろう。
ぞっとした。
そして、あの事件だ。
朝、何時も通り、会社に出社する為に駅に向かった。
ホームを歩いていると、前から携帯を見ながら歩いて来た若者と肩が触れた。避けたつもりだったが、ガツンと衝撃があった。
そして、俺はよろけた。ふらついた。
――まずい!
と思った時には、線路に転落しようとしていた。
咄嗟にホームにいた中年の男性が俺の背広を掴んでくれた。俺は転落を免れた。男性がぐいっとホームに引き戻してくれた、その時、列車がホームに滑り込んで来た。
九死に一生を得た。
男性には感謝してもしきれなかった。
――呪われている。
俺は怖くなった。
占い師に見てもらった。
「さあ、そういったことは私には・・・」と迷惑がられた。
確かに占いの範疇ではないかもしれない。
友人に相談すると、近所に霊媒師が住んでいると言う。霊媒師を紹介してもらった。
「私が悪霊を祓ってさしあげましょう」
霊媒師は自信満々だった。一万円取られた。お祓いの儀式をやった。
「これで大丈夫ですよ~」と軽い調子で言われた。
その夜から悪夢にうなされるようになった。
あの赤い目だ。赤い目が俺のことを見つめている。恐ろしい。赤い目に見つめられているだけで、体が燃えるようだった。
夜、眠ることが出来なくなり、日中、ぼうっとしている時間が多くなった。
俺の席はビルの七階、窓際にある。結構、眺めの良い席だ。睡魔と戦いながら仕事をしていると、ビルの隙間を縫ってカラスが飛んで来るのが見えた。
――ああ、カラスだ。
と思った、次の瞬間、カラスがもの凄い音を立てて、窓ガラスにぶつかった。そして、ずるずると窓ガラスを滑り落ち、やがて地面へと落下して行った。
職場がざわざわとした。
――インチキ霊媒師め。お祓いなんか出来ていなかった。
そう思った。友人に文句を言ったら、意外な話をされた。
「あの霊媒師、死んだよ」
友人はそう言った。詳しいことは分からない。あの後、霊媒師の家にパトカーと救急車がやって来た。消防隊員や警察官が大勢いたと言う。そして、霊媒師が自宅で死んだこと。不審死のようで、警察官が来ていたこと――が近所で噂になっていたと言うのだ。
俺はぞっとした。
あの赤い目の悪霊は、邪魔者を排除し、俺を怖がらせて弄ぼうとしている。
そして極めつけは火事だ。
夜中に俺のアパートの真下の部屋から出火した。
夜中に眠ることが出来なかった俺は、部屋に充満して来た煙に気がついた。火事だ。直ぐに消防署に電話をし、部屋から逃げ出した。
眠ることが出来なかったお陰で一命をとりとめた。通報が早かったので、俺の部屋は延焼を免れた。
だが、俺は限界だった。
「どこか格式の高い神社でお祓いをしてもらったらどうだ?」
友人に言われた。
――そうだ。神社でお祓いをしてもらえば良いんだ。
俺は荷物をまとめると、部屋を飛び出した。
俺の地元には、神社がある。
地元の人間なら、誰もが知っている、町の守り神のような神社だ。名を「鬼切神社」と言う。昔々、神社のある山に巣くっていた鬼たちを源頼信という武将が退治したという伝説があった。鬼を斬るで「鬼斬り神社」と呼ばれたものが、「鬼切神社」になった。「おにぎり」という名前から「お結び」を連想し、「お結び」から縁結びを連想することから、昨今では縁結びの神様として有名だ。
鬼退治のあった神社だ。悪霊も退治してくれるかもしれない。それに、俺の地元だ。町を離れて久しいが、地元の人間を見放したりしないだろう。
久々の帰省だったが、実家には立ち寄らずに神社へ向かった。
神社に着く。
境内に足を踏み入れただけで、安堵感が広がった。
――ここにいれば安全だ。
そう思えた。
御御籤を買った。
――お主は祟られておる。かたがつくまで神社より出てはならぬ。
驚いた。ここの御御籤は当たると評判だが、運勢と言うより、まるで神様からのお告げのようだった。
――出ないぞ。ここから出ない。
俺はそう誓った。
神社の境内にあったベンチに腰を降ろして待った。ただ待った。何かが終わるのを。その内、日頃の寝不足から、俺はベンチで寝てしまった。
どれだけ眠ったのだろう。
目を覚ますと、辺りは闇に覆われていた。
神社に人気はない。
ふと気がつくと、夜空が渦巻いているように見えた。
――不届きものめ。我が聖域を犯そうと言うのか⁉
どこからか声がする。
――その若者の命をもらいに来た。
悪霊だ。あの赤い目の悪霊がやって来た。
――ならぬ。救いの手を差し伸べて来たものを、見す見す、お主のような下衆に渡すことなど出来ぬわ。
――ならば、力づくでも連れて行きます。
――笑止! 我が力を思い知るが良い。
――参りますぞ。
猛烈な風が吹き、上空を覆う雲が渦巻く。雲の中で幾筋も稲妻が光った。
俺は手を合わせて、
――どうか神様、やつを退治してください。私を守ってください。
と必死に祈り続けた。
悪霊の抵抗は長くは続かなかった。
――うがあ~!
という悲鳴を残して、吹き荒れていた風が止んだ。
やがて、上空の雲が少しずつ薄れて行った。そして、雲の向こうから太陽の光がのぞき始めた。
驚いたことに、昼間だった。
境内に誰もいなかったはずだが、辺りは何時も通り、参拝客で溢れていた。
俺は一人、ベンチに座って両手を合わせていた。
――終わったんだ。
そう思った。
鬼切神社の神様が俺を守ってくれた。
俺はゆっくりと立ち上がると、本殿に向かって歩いて行った。お礼を。きちんとお礼を言いたかった。
「鬼切神社」の伝承で鬼退治をしたと伝わる源頼信だが、鬼退治で有名なのは兄の源頼光の方だ。頼信も兄と一緒に大江山に鬼退治に行ったという話もあるようだが。
頼光四天王と呼ばれる四人の武者の一人が坂田金時であり、金太郎の童話でお馴染みの人物だ。
何故、源頼信を鬼切神社の祭神としたのかと言うと、頼信の子孫は河内源氏と呼ばれ、源頼朝に繋がって行くからだ。




