第12話 スザンナとエレノア(後編)
お待たせしました。
しばらく不定期になりますが、お待ちいただけると幸いです。
騎士団御用達魔法アイスジャベリン。
その氷の槍がたった一人の女性によって無数に生み出されると、猛烈な速度で元貴族たちに殺到した。
だが彼らはそれを待っていたかのように、巨大な火球を出現させる。
「火属性魔法フレアーだ」
ジャンが叫ぶと、氷の槍はその火球に飲み込まれてあっという間に蒸発した。
「ジャン、今何が起きたのか説明してくれ!」
「アイスジャベリンは騎士団で最もよく使われる攻撃魔法で、その攻撃方法も防御方法も研究し尽くされている。今彼らが取った防御方法は攻撃準備が整っていた火属性魔法を防御に転用するパターンだ」
「つまりあの火属性魔法はいつでも発射できる状態だったと」
「ああ。この方法だとバリアーを使わない分、味方の攻撃の妨げにならずスムーズに反撃に出られる利点がある。奴らは既に魔法詠唱を終えており、すぐに反撃が飛んで来るぞっ!」
ジャンが大声で仲間に警戒するよう呼び掛けたが、次の攻撃を行ったのもまたスザンナだった。
【水属性魔法ウォーターカッター】
「何っ!」
驚いたジャンが慌てて振り返ると、今アイスジャベリンを放ったばかりのスザンナがもう次の魔法を発動したのだ。
一人の術者が再び魔法を発動させるには呪文詠唱の時間を含めて最低でも30秒~1分程度の時間がかかってしまうが、スザンナはほんの10秒足らずで2発目の魔法を放ったことになる。
それだけでも異常なことだが、ジャンはスザンナの容姿の変化にゾッとした。
スザンナはさすがメルヴィル伯爵家の末娘らしく、とても容姿の整った美女なのだが、そんな彼女の瞳が大きく開け放たれると、開ききった瞳孔から青いオーラが濁流のように流れ出し、人間業とは思えないほどの早口でさらに次の魔法の詠唱を始めたのだ。
「おいジャン、あれを見ろ!」
エルの声で我に返ったジャンは、再び眼前の敵に目を戻す。
すると今スザンナが放ったウォーターカッターが、彼我の距離を超越して既に敵を蹂躙していたのだ。
「アイスジャベリンですら防がれたのにそんなはずは・・・いや、そうかっ!」
ウォーターカッターは水流を刃のように変化させる攻撃魔法だが、アイスジャベリンに比べて射程距離が短く速度も遅いため、長距離攻撃用には使われない。
だがスザンナの攻撃が瞬時に敵に到達して、彼らの身体を無惨に切り裂いているのは、ここから水の刃を飛ばしたのではなく、水蒸気に変化した氷の槍を再利用したからだった。
元貴族たちの周りの水蒸気が再び水へと還り、ゼロ距離からの水の斬撃に変化させたスザンナのウォーターカッター。
彼女は最初からこれを狙って最初のアイスジャベリンを発射したのだった。
元貴族たちは慌ててバリアーを展開したが、
【水属性魔法タイダルウェーブ】
さらに次の展開を読み切っていたスザンナがその魔法を発動させると、彼らがたった今展開したバリアーの中心座標に大量の水を召還させた。
自らのバリアーが仇となってあっという間に水没してしまった彼らはすぐにバリアーを解除するが、今度はゼロ距離からのアイスジャベリンの餌食となった。
それを見たジャンとエルは、互いの顔を見合わせて震え上がる。
「・・・完全に常軌を逸している。どれだけ訓練を積んだ魔導騎士部隊でもここまで完璧な攻撃は無理だ」
「スザンナが俺たちの味方で本当によかった。敵ながらアイツらがかわいそうになってきたな・・・」
その後しばらくスザンナの攻撃が繰り返され、元貴族たちはその数をどんどん減らしていく。
だがスザンナの魔力も無限ではなく、やがて力尽きた彼女は壊れた操り人形のように地面に崩れ落ちるとそのまま意識を失ってしまった。
ジャンが慌てて彼女に駆け寄る。
「あーあ・・・こりゃ完全にマナ欠乏症だな。放っておくと死んじまうし、アニー、悪いがスザンナの手当てを頼めるか」
「了解したよ。この子の治療なら任せておくれ」
◇
長い長いスザンナのターンが終わって、落ち着きを取り戻した戦場。
予想外の先制攻撃を受けていきなり半数以下にまで討ち減らされた元貴族は、仲間の水魔導師たちに周囲の水分を完全に除去させると、強固なバリアーを展開したままこちらにゆっくりと近づいてきた。
「やけに慎重な動きだが、奴ら何をするつもりだ」
エルが警戒を強めると、ジャンがこちらもバリアーを展開するよう指示を出した。
「スクラムを組んで俺たちを潰す気らしい」
「スクラムだと?」
「バリアー同士をぶつけて、パワーで相手を押しつぶす騎士団の基本戦術だ。こちらの人数が少なく女ばかりなのに付け込まれたな」
「真正面から力任せで来るということか。こっちは俺とジャンの二人しか男がいないのに、なんて卑怯な」
「アホか! お前も女だろうがエル」
「・・・そうだった。だが策はあるのかジャン」
「ない。奴らは俺たちのことを相当警戒しているし、もう奇襲なんか通用しないだろう。こうなったら真正面から受けて立つしかない」
「つまり小細工抜きの男同士の勝負だな。面白い! ケンカ上等、受けて立つぜ!」
◇
いよいよ目前まで迫ってきた元貴族たちが、自分達のバリアーをエルたちのバリアーにぶつけてきた。
できる限り小さく、そして硬く作り上げたバリアーの表面が互いにぶつかり合うと、接触面が光を放ってマナが空中に消えていく。
集団でのバリアー強度は、そこに投じられる魔力の総量に比例する。
敵は今だ人数で勝っている一方、こちらはスザンナが気絶したままで、エレノアは地下空洞の維持に魔力の多くを投じている。
まともな戦力はエルとジャン、エミリーの3人と、スザンナの治療に当たっているアニー巫女隊ぐらい。カサンドラとキャティーの魔力にそこまで期待することはできない。
「ジャン、俺たちのバリアーが消滅したらどうなる」
そんなエルの問いかけに、だがジャンより先に答えたのはエレノアだった。
「エル様、わたくしいい作戦を思いつきました」
「本当かエレノア様! よしその作戦で行こう」
すっかりエレノアを信頼しているエルは、彼女の説明を聞くことなく即座にOKを出した。
そんなエルに苦笑いをしつつも、特に作戦がなかったジャンもエレノアにゴーサインを出す。
するとエレノアの魔力が再び膨れ上がり、土属性のオーラが目前の元貴族たちに襲いかかった。
そして彼らの足元が鋭い針山に変化し、その身体を深々と貫いた。
「ぐぎゃー!」
「一体何が起きた・・・ぐはっ!」
自分達に加えられた魔法攻撃の正体も分からず、次々と息絶えていく元貴族たち。
阿鼻叫喚地獄に放り込まれた彼らが集団バリアーを維持することは不可能であり、すぐに個人バリアーに切り替えた彼らは、針山に全身を貫かれて風前の灯となった味方を見捨て、その場から逃げ出した。
そんな地獄を作り出したエレノアに、何をやったのか尋ねるエル。すると、
「この地下空洞の全てがわたくしのゴーレム。つまり彼らが歩く地面もまたゴーレムなのです」
「地面だと・・・」
「スザンナ様が気絶されているため、わたくしたちは足元も含めて全てバリアーで取り囲んで、じっとこの場から動きませんでした。一方彼らは、スクラム作戦を行うため足元をバリアーで覆わず、ここまで歩いて来ました」
「あっ・・・なるほどそういうことか!」
「つまりゴーレムに接している彼らの足下をハリネズミの様に変化させればあのようになります。でもこれでわたくしの魔力に余力はなくなりました。早く敵を倒して来なさい、エル様」
相変わらずエルに対しては命令口調のエレノアだったが、プイっと横を向く彼女にエルは答えた。
「今度こそ俺の出番が来たな。みんな、ここで一気に畳み掛けるぞ!」
カサンドラたち一人一人の顔を見て気合いを入れるエルだったが、
「お前は少し入れ込みすぎだ。もっと冷静になれ」
そんなエルの頭を軽く叩いて緊張をほぐすジャン、それを微笑ましく見つめるカサンドラ、キャティー、エミリーの3人。
そしてアニーがエルの前に跪くと、
「まさかエルちゃんが皇女殿下だったなんて全然知らなかったよ。今までの失礼な態度を許しておくれ」
「皇女殿下はやめてくれ、アニー。俺たちは仲間だし今まで通りに接して欲しい」
「そうかい、じゃあ遠慮なくエルちゃんって呼ばせて貰うね。そのかわり私たちアニー巫女隊からの貢ぎ物を受け取っておくれ」
「貢ぎ物って、一体何をする気だ」
「じゃあエルちゃん、行くよ!」
アニーがそう言うと、巫女たちがエルたち5人に向けて一斉にキュアやヒールの重ねがけした。
するとキャティーがそうであったように、エルの細胞が隅々まで活性化されると、身体の奥底からどんどん力が湧いてきた。
さらにアニー自身も特別な魔法をかけてくれた。
【光属性魔法マナチャージ】
アニーは地下空洞内に漂うマナを集めると、それをエルたち5人に注ぎ込んだのだ。
オオオオオオオオオオオオッ!
光のオーラで全身が輝き出したエルは、それぞれのオーラ色で輝く4人を引き連れると、一瞬で元貴族たちとの間合いをゼロにして剣で叩き斬った。
◇
ちょうどその頃、家臣を引き連れて病院船に移乗して来たブリュンヒルデは、船の艦橋に司令部を移すとここを旗艦として艦隊指揮を執り始めた。
「海賊団レッドオーシャンの首領ボスワーフは、この病院船が我が艦隊の要衝と気づいて必ず狙ってくるはず。だからあえて奴らを誘い出して、一気に勝負を決めます」
「はっ!」
「全艦に通達。旗艦を移したことがばれないように、艦隊行動を偽装せよ!」
次回もお楽しみに。
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