第12話 スザンナとエレノア(前編)
ジャンの指示で全員同時にバリアーを展開すると、みんなの属性が混ざり合って全属性のバリアーができあがった。
だが、それとほぼ同時に敵の魔法が殺到する。
あらゆる属性の攻撃魔法がバリアーに叩きつけられると、エルたちのバリアーが砕け散るのと引き換えにその全てがはじき返された。
間一髪で助かったエルたちだったが、間髪入れずに再びジャンの指示が飛ぶ。
「もう一度バリアーだ!」
戦闘経験のないエレノアやアニー巫女隊は、突然の敵の総攻撃とバリアー粉砕の衝撃波に悲鳴を上げてその場にしゃがみこんだが、ジャンの指示に即座に反応すると死に物狂いでバリアーを再展開した。
一方バリアーに跳ね返されて飛散した魔法が壁や天井に当たって炸裂すると、その破壊力で洞窟が脆くも崩れ始める。
すると女の取り合いどころではなくなった海賊たちが、叫び声を上げて逃げ惑った。
「うわああ! あ、アジトが崩れる!」
「ひーっ! た、助けてくれ!」
「ぎゃーーーーっ!」
それはまさにこの世の生き地獄だった。
海賊たちの頭上に岩石が降り注ぐと、自力でバリアーを展開できない彼らは次々と岩石に押しつぶされ、血や内蔵をまき散らしながら土砂に埋もれていく。
そんな中で元貴族たちはバリアーに守られ、平然とした表情で海賊たちが死んでいくのを眺めていた。
彼らは仲間であるはずの海賊を最初から犠牲にするつもりで、無茶な魔法攻撃を仕掛けてきたのだった。
「・・・なんて酷いことをしやがる」
エルは海賊に同情する気など全くなかったが、人を人とも思わない元貴族たちにも激しい怒りを感じた。
「海賊とは言え同じ釜の飯を食って来た仲間だろ? ナーシスたちデルン領の貴族もそうだったが、平民というだけでなんでそんな扱いができるんだ」
だがそんな地獄絵図も、エルの周りが土砂で埋まると視界が真っ暗になる。
【光属性魔法ライトニング】
アニーが気を利かせて照らし出したのは、バリアーの周りに密着した土砂だった。
それを見たエルがため息をつく。
「俺たち完全に埋もれちまったな。この後どうするつもりだよジャン。すぐに空気がなくなるぞ」
「さてどうするかな。・・・じゃあこの前シェリアがやったみたいにトンネルを掘り進めようか」
「それしかないか・・・よし地上まで歩くぞ」
エルが同意しジャンがみんなにやり方を説明しようとすると、だがエレノアがそれを拒否する。
「お待ちくださいヒューバート伯爵。地上に出てしまうと女騎士たちを助け出せないのではないですか」
「だがこうなってしまっては探しようがない。彼女たちには気の毒だが、今は我々自身の命が最優先だ」
「・・・ではこの状況を何とかすれば、彼女たちの捜索を続けていただけるのですね」
「そりゃまあ・・・だがどうするつもりだ」
「いいから見ていて下さい」
それだけ言うとエレノアは魔法の詠唱を始めた。
詠唱が進むほどに膨大な魔力がエレノアから溢れ出し、狭い空間のマナ濃度が桁違いに上昇していく。
その魔力があまりに強すぎて、頭痛と吐き気をもよおすエルたちだったが、
【土属性魔法ゴーレム】
「え?」
全員がエレノアの使った魔法に首を傾げると、だが膨大な魔力を伴った土砂がもの凄いスピードで遠ざかって行き、あっという間に地下空洞ができあがってしまった。
「何じゃこりゃーっ!」
エルが思わず叫び声を上げたのも無理はない。
ドーム球場と見紛うような巨大な半球型の空間の先には、すでに地上に逃げ始めていた元貴族たちが落下して、空洞の地面に叩きつけられていた。
何がどうなったのか理解できないエルがエレノアに尋ねると、
「土属性魔法ゴーレムは、土でできた魔物を作り出す魔法ですが、その姿形は術者の思いのまま。ですのでわたくしは巨大な地下空洞の形をしたゴーレムを召還したのです」
「ええっ?! つまり俺たちは全員、エレノア様の作り出したゴーレムの中にいるということか」
「その通りですわ。そしてこのゴーレムは多少のことでは壊れませんので、全力で戦っていただいて結構。わたくしはこの空間の維持でここを動けませんので、エル様があそこに転がっている貴族にあるまじき不信心者どもを倒して来なさい!」
そうエルに命じると、冷たい目で元貴族たちを侮蔑するエレノア。
エルは、クリストフ枢機卿が言っていたように貴族はその魔法で平民に奉仕すべきだと考えている。
そしてこの公爵令嬢もアイツらと違って自分と同じ考えなのだと分かり、嬉しくなったエルは彼女の肩に手を置いてニヤリと笑った。
「あのクズどもはこの俺が始末してやる。だから早く女騎士たちを助けに行こうぜ」
エレノアがコクりと頷くと、エルは肩をグルグルと回しながらゆっくりと前に歩き出した。
そんなエルの後ろをジャン、カサンドラ、キャティー、エミリーの4人が臨戦態勢を整えて続くが、周囲に突然バリアーが展開されると、先頭のエルが鼻先を思いっきりぶつけた。
「痛ってえ! 誰だよ今バリアーを展開した奴は!」
赤くなった鼻を押さえながら涙目のエルが振り返ると、すぐ後ろにバリアーの犯人がいた。
アニーと巫女たちだ。
そして彼女たちがバリアーを展開する後ろで、スザンナの身体から青いオーラが溢れ出している。
「何やってんだよお前ら・・・」
文字通り出鼻をくじかれたエルが不服そうに文句を言うが、スザンナは何も答えず詠唱を続けている。
一方アニーたちのバリアーが巨大化して地下空洞の天井まで届くと、まだ落下の衝撃から立ち直っていない元貴族たちを狭い空間に押しやっていった。
「何をする気だ?」
そして詠唱が終わると、強大な魔力を解き放ったスザンナがその魔法を発動した。
【水属性魔法タイダルウェーブ】
その魔法は周囲の水分を大量に集めて津波を作り出す上級魔法だが、属性の違いこそあれ本質はメテオやワープ、ワームホールと同種の転移魔法である。
特に水分が大量に存在する地下では地上よりも強力な魔法が発動されるため、アニーたちのバリアーと相まってあっという間に元貴族たちを水没させた。
自分たちがなぜ地下空洞にいるのかも理解できていない彼らは、今度は水中で苦しそうにもがいている。
目が点になったエルがスザンナを見つめる。
「先制攻撃は見事だったが、えげつねえ魔法だな」
だが彼らも元は手練れの騎士だったのか【風属性魔法ウインド】を発動させて巧みに空気を確保する。
この魔法は周りの空気を集めて風を起こすもので、空を飛ぶために用いられることが多いが、ジャンによると水魔法に対するカウンターとして騎士団ではよく知られた使い方らしい。
「えっ?! スザンナの戦法とその対処方法の両方を騎士団で訓練するのかよ。だからアイツらすぐに風魔法を使ったのか。えらい高度な魔法戦だな」
スザンナは実戦経験はないとは言っていたが、帝都の貴族学校では学生同士の模擬戦が授業としてあったと聞く。
その時に学んだことをとっさに使えたのなら、彼女はかなり優秀な生徒だっただろうし、即座に対応する元貴族たちもかなり研鑽を積んだ騎士なのだろう。
それでもスザンナの攻撃に全員が対処できた訳ではなく、結果として約3割の者たちが溺死した。
魔法が解けて水が消え去ったが、酸欠ですぐには立ち上がれない元貴族たち。
そんな彼らはスザンナを憎しみの目で睨み付けるが息があがって上手く魔法の詠唱が始められない。
そんな敵をいつもの穏やかな笑みで見つめるスザンナに、エルは思わず尋ねてしまった。
「確認だが、お前本当に実戦経験ないのかよ。本当は女騎士として訓練を受けていたんじゃ・・・」
だがスザンナはエルに微笑んでみせると、
「いいえ、わたくしは貴族学校の卒業と同時にデルン子爵家に嫁ぎました」
「でも明らかに戦闘慣れしてるというか、もしかしてウィルと一緒にデルン騎士団で・・・」
「エル様、わたくしは幼い頃から良き妻、良き母となるように躾られ、わたくし自身もそうなりたいと思って生きてきました。ですのでデルン子爵家に嫁いだ後はずっと子を授かることだけを考えていました」
「そういう話だったが・・・本当に?」
「ですが結局離縁され、母にすらなれなかったわたくしの25年間って一体何だったのでしょうね・・・」
そう呟いたスザンナの目から光が失われると、真っ黒な瞳でエルをじっと見つめる。
「すっ、すまん! この話はもう終わりだ。今のうちに敵を始末するぞ」
慌てて会話を終わらせたエルだったが時既に遅く、スザンナの地雷を完全に踏み抜いた後だった。
ゾゾゾゾゾゾゾゾゾ・・・
その瞬間エルの全身に悪寒が走り、スザンナから放たれるオーラのあまりの不気味さに、思わず後ずさりしてしまった。
「こ、怖ええ。おいジャン、何とかしてくれ・・・」
だがエルと同じペースでスザンナが歩み寄ると、底無し沼のような真っ黒な瞳を大きく見開いて、ニンマリと笑った。
「わたくしの夢は潰えましたが、その代わりにもっと大切なものを手に入れました」
「夢より大切なもの・・・そ、それは何だ」
「エル様ですわ」
「お、俺だとっ!」
「・・・ええそうですとも。砂を噛むような長く不毛な夫婦生活の果てに、夫から指一本触れられず純潔を守り通してしまったこの惨めなわたくし」
「もうやめろ! みんな話を聞いているぞ!」
「領主夫人はおろか妻にも母にもなれず、そのプライドまでもズタズタに引き裂かれた憐れな女。それがこのわたくしスザンナ・メルヴィル」
「ひいっ!」
「ですがこれは神が与えた試練であり、祝福でした」
「そんな話はもういいから、今すぐ攻撃を・・・」
「今こうしてエル様と共に居られるのは、わたくしが純潔の乙女のまま夫から捨てられたため。この屈辱的な出来事は、わたくしとエル様が運命の赤い糸で結ばれていたことで全て説明がつきます!」
「そんなアホなっ!」
「ああ、わたくしの大切なエル様! こんな可愛いらしい皇女殿下にお仕えできた今、わたくしの屈辱の人生は完全に報われたのです。・・・そう、このエル様こそスザンナ・メルヴィルの一番の宝物。その宝物を害そうとする外道は全員殺してやるっ!」
「いやいやいや、ちょっと待てスザンナさん」
だがエルの声が届かなくなったスザンナは、その大きく見開かれた目を敵に向けて不気味に笑い始めた。
「ウフ、ウフ、ウフフフフ・・・ええそうですとも。わたくしのエル様に手を出すなど、たとえ神であっても許されない・・・それをたかが貴族ごときがっ!」
そしてスザンナはほとんど聞き取れない速さでその呪文を唱えきると、頭上に数えきれないほど大量の氷を槍を出現させた。
「アイスジャベリンかっ! しかもこの量っ!」
そしてスザンナがその魔法を発動した。
【死ねっ!】
次回もお楽しみに。
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