第11話 海賊団のアジトへの潜入
拉致された巫女と女騎士を救い出すため、海賊団のアジトへの潜入を決意したエルとジャン。
カサンドラとキャティーの二人は、もちろんそれに志願する。
「私に恨みを晴らす機会をお与えください、エル殿」
「エルお嬢様、さっきの男以外にも悪い奴らはたくさんいます。みんなの仇を是非この手で・・・」
真剣なまなざしの二人に、コクリと頷くエル。
「わかった。だが海賊団のアジトから無事帰れる保証はない。それでも覚悟はあるか!」
「「ありますっ!」」
即答する二人の目には憎しみの炎がメラメラと燃え上がり、そんな二人以外にもエルについて行こうとする者がいた。
「エル君、私たちを置いていくつもり?」
「やはりエミリーさんも・・・」
だがエルが振り向いたそこには、エミリー以外にもスザンナやエレノア、そしてアニーの姿まであった。
「エミリーさんはともかく、他の3人はさすがに」
だがスザンナはキャティーの隣に立って「ナーシス戦の時よりきっとお役に立てますわよ」と微笑むと、エレノアは悲痛な顔でエルにすがりついた。
「拉致された女騎士たちは、わたくしを助けるために犠牲になったのです! 魔力が枯渇していたとは言え海賊ごときに遅れを取った自分が腹立たしいし、今度はわたくしが彼女たちを助ける番です。さあ、このわたくしを一緒に連れていきなさいっ!」
「そういうことなら・・・だがアニーは」
戸惑うエルに、今度はアニーが詰め寄った。
「巫女たちはみんな私の娘みたいなもんだし、私やサラみたいな悲惨な思いは絶対にさせたくないんだよ。だから私も連れてっておくれ」
「悲惨な思い・・・そういえばサラはどうした」
「あの子は置いて来たよ。口では勇ましいことを言っていたけど足はガタガタ震えてた。きっとあの時のことが今も頭にこびりついているんだろうね。だからサラには患者の治療に専念してもらって、私があの子の気持ちを持っていくことにしたのさ」
元農婦のアニーに戦闘経験など皆無だし、サラ同様アニーもあの時のことがトラウマになっているはず。
だがそんな気持ちを完全に隠したアニーは、今や巫女のリーダーとしてトップクラスの魔力を誇り、仲間を取り返そうと凄まじいまでの気迫でエルに迫った。
だからアニーだけをここに残していくなど、エルには到底できなかった。
「わかった、なら全員で行くぞ! ジャン、転移魔法の準備はできたか」
「ああ。それじゃあ行こうか」
ジャンが合図を送ると、ヒューバート騎士団の魔導師が【闇属性上級魔法ワームホール】を発動させた。するとエルたちの身体を闇のオーラが包み込み、まさに戦場から離脱していく最後の海賊船に跳躍させた。
◇
一刻ほど時が過ぎ、海賊船がアジトに到着した。
その間ずっと船倉に身を隠していたエルたちが海賊たちに紛れて船を降りると、そこは洞窟の中に作られた大きな港だった。
エルたちが乗った海賊船は一番最後に入港したため、先にアジトに連れ込まれたはずの巫女たちを早く探し出さなければならない。
そのためエルたちの取った作戦は、自ら虜囚となり巫女たちと同じ場所に監禁されることだった。
海賊の頭に変装したジャンが縄に縛られたエルたちを連行すると、港で働く海賊どもに大声で命じた。
「おい、そこの野郎ども! この俺様が女を拉致してきてやったぞ」
疲れ果てた様子で入港作業をしていた下っ端たちは、エルたちに気づくと途端はしゃぎ始める。
「また女だ。しかも凄い上物がこんなにたくさん! いよいよ俺たちにも女が回って来そうだぜ」
「ああ、今回はお前たちも期待していいぞ。だから、さっきの修道女と同じ牢屋にぶち込んでおけ」
「ひゃっほう! 了解しやしたぜ、アニキ」
エルの全身を舐め回すようにじっくり見ていた海賊の男は、下品な笑みを浮かべてジャンから縄を受けとると、洞穴の一つにエルたちを連行して行った。
◇
地下牢に放り込まれたエルたちは、そこで泣きじゃくる巫女たちとの合流を果たした。
幸いにも巫女たちは全員無事だったが、そこに女騎士の姿は一人もなかった。
巫女たちによると、みんなは見せしめとして自分たちの目の前で凌辱され、今も別の場所に監禁されていると泣きながら話してくれた。
「盗賊といい海賊といい奴らは女を一体何だと思ってるんだ。人として、真の男として、絶対に許せん!」
エルが床に拳を叩きつけて怒りをぶつけると、他のみんなも唇を噛み締めて怒りに震えていた。
だが生粋の公爵令嬢でまだエルと同じ16歳のエレノアは、その話を聞いて顔色が真っ青になった。
女騎士たちは自分と同じ貴族階級の娘であり、神の代理人として魔法を行使する高貴な血筋だ。
にもかかわらず下賎な海賊にその純潔が奪われてしまった事実に、死より恐怖を感じてしまった。
そんな彼女に気づいたエルは、
「エレノア様、怖かったら俺の後ろに隠れていろ。お前のことは絶対に守ってやるからな」
だがエレノアは首を横に振ると、
「いいえ、これで覚悟ができました。わたくしの全力を奴らにぶつけるのに、もう何の躊躇もありません。エル様こそわたくしの後ろに隠れてなさい」
「そうか・・・その意気だエレノア様。お前の土魔法は本当に心強いが、油断は禁物。危険を感じたらすぐ俺の背中に隠れるんだぞ」
「あなたの背中になど絶対に隠れるものですかっ! そう言うエル様こそ油断なさらないことね。ふん!」
「俺は百戦錬磨のケンカ番長、桜井正義だ。どんな汚いやり口も全部跳ね返して見せるぜ」
その後、全員の武器を抱えたジャンが牢屋に入って来ると、エルたち全員牢屋から脱出して、女騎士たちを救出すべくアジトの奥へと進んでいった。
◇
海賊団レッドオーシャン。
その頭目のボスワーフは小柄なドワーフ族にしては身長180cm超の巨体を持ち、筋肉質でずんぐりとした体躯が生み出すパワーは、オークやオーガといった鬼人族にも決して引けを取るものではなかった。
その上ボスワーフには妖精族特有の強力な魔力があり、さらに世界最高の工業国を支える明晰な頭脳まで兼ね備えていた。
世が世ならドワーフ国王の目もあったその怪物は、だが祖国から追放されるとその持ち前の力量で自分の王国を作り上げて見せた。
それが海賊団レッドオーシャンだったが、ボスワーフを突き動かしたものは復讐心だった。
彼の父親はドワーフ王国の元国王ギムール。
突如起こったクーデターで王家は国を追われたが、その反動勢力の背後にうごめいていたのが当時帝国軍の若き工作員だった、ブリュンヒルデ・メア・ブロマイン大尉なのだ。
そんな憎んでも飽きたらない女が自分と相対する。
この千載一遇のチャンスを神に感謝したボスワーフは、帝国艦隊を壊滅させるべくその智謀を十二分に発揮していた。
テーブルに広げたスプラルタル諸島の海図とそこに配置された両艦隊を示す赤と青の駒。それを巧みに動かし寝食を忘れて海賊団の指揮を執り続ける。
そんな彼の元に手下が緊急の報を告げた。
「帝国艦隊から略取した修道女たちが逃げました! おそらく帝国騎士が紛れ込んでいた模様!」
すると怒るどころか楽しそうな笑顔を見せるボスワーフが、
「いよいよ面白くなってきたじゃないか。では修道女の確保は没落貴族どもにやらせろ。帝国人同士を醜く殺し合いさせて、存分に嘲笑ってやろう」
「へい。ではそのように」
手下が去っていくと、ボスワーフは別の手下に指示を出す。
「奴らの病院船にもう一度総攻撃をかけろ! あれを撃沈すれば帝国軍の士気は必ず落ち、やがて撤退を開始する。そこを挟撃して一気に罠に引きずり込む」
◇
エルたちの脱走に気づいた海賊どもは、自分が先に女を手に入れようと目を血走らせて殺到してきた。
ヘル・スケルトンのアジトでもそうだったが、狭い洞窟での戦いは大規模魔法による殲滅作戦が使えず、個と個がぶつかる肉弾戦が展開される。
そうなるとエルやジャン、カサンドラ、キャティーの4人が最前線で剣を振るって、その背後からエミリー、スザンナ、エレノアの3人が初級魔法を連射し、アニーや巫女たちが回復やバリアーを担う。
魔力を持たず身体も貧相な海賊どもが一対一でエルたちに敵うはずもないが、それでも死に物狂いで襲いかかってくるのには訳がある。
もちろん彼らも死を恐れるが、人数に圧倒的な差があるためエルたちの魔力が尽きたその時こそ自分たちの勝利であることを理解していたのだ。
つまりどの女を手に入れるかは早い者勝ちになる。
そんな血気盛んな海賊たちの中に、騎士装束を身にまとった大柄の男たちが現れた。
帝国騎士と見紛うような立派な身体つきの彼らは、海賊にはない強力な魔力まで持ち合わせていた。
それも一度に何十人も姿を現すと、洞窟内の戦いでは禁忌である大規模魔法を一斉に放ってきたのだ。
それを見たジャンが慌てて叫ぶ。
「奴らは元帝国貴族だ! 総員バリアー最大展開!」
次回もお楽しみに。
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