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第28話 屈辱の光属性魔法

「似合ってるじゃないエル。カワイイわよ!」


 ベッドに寝転がっていたシェリアは、自分のお気に入りのルームウェアを着たエルが浴室から出て来るのを見て笑顔で手招きした。


 エルはシェリアの隣にちょこんと座ったが、その顔が真っ赤なのは風呂にのぼせたからではなく、ただただ恥ずかしかったからだ。


 キャティーお手製の女性用下着を上下に身につけてしまった上にシェリアとお揃いのゆるふわワンピースが無駄にかわいく、シェリアよりも高身長のせいでスカート丈が短く足下がスースーして落ち着かない。




 女に生まれ変わって15年。


 エルは女であることを周りに隠すためずっと男装をして過ごしており、ちゃんとした女性の服装をするのはこれが初めてだった。


 しかも今の自分の姿は、エルの目指す「バンカラ」とは正反対の概念「カワイイ」である。


 隣でシェリアが「カワイイ」を連発するごとにエルの心には屈辱と羞恥心がどっと押し寄せ、今すぐ服を脱ぎ捨てて全裸になりたい気持ちで一杯になった。


 エルにとって女の身体は変更がきかないし15年間の付き合いもあるためまだ受け入れることはできる。だが服装は自由に変えられるし、できることなら男の格好がしたい。


 逆に、女の格好をするぐらいならむしろ全裸の方が「バンカラ」だとさえ考えている。


 だがここで全裸になると、男のプライドはギリギリ保たれるがキャティーの真心を踏みにじってしまうことになる。


 エルは、屈辱に耐えるのも真の男の務めだと自分の心に言い聞かせ、必死に我慢していたのだった。




 そんなエルの膝の上に、お嬢様風の服を着たラヴィがちょこんと座った。


 エルをはた目から見れば、大きな人形を大切そうに抱えたあどけない美少女に見えることだろうし、バンカラとは真逆の状態に拍車がかかり、エルとしては容認できなかったに違いない。


 だがスカートの裾から女物の下着が見えてしまわないか不安で仕方がなかったエルにとっては、ラヴィはちょうどいい重しになってくれていたのだった。


 そんなラヴィにシェリアが話しかける。


「バタバタしてて挨拶がまだだったけど、初めましてラヴィ。私はシェリア、炎の魔法使いよ」


 するとラヴィもニッコリと笑って、


「初めましてシェリアお姉ちゃん。ラヴィです」


「ところで今日からエルに魔法を教えることになったんだけど、ハーフエルフのあなたにも強い魔力が備わっているし、よかったら一緒に勉強してみる?」


 シェリアのそんな提案にラヴィは少し戸惑ったが、


「それって、エルお姉ちゃんの役に立てること?」


「もちろん役に立てるわよ。じゃあ、カサンドラさんとキャティーさんがお風呂に入っている間は、魔法の勉強時間ということにしよっか」


「うん!」


 こうしてシェリアの魔法教室がスタートした。




            ◇




「ラヴィの属性は闇ね。私には適性がないから魔法を使って見せることはできないけど、知っている呪文は教えてあげる。暗闇を作り出す【ダーク】と瞬間移動ができる【ワープ】の2つだけど、ラヴィって教会の洗礼は受けたかしら」


「エルフの里で受けたよ。魔法の勉強をする前に盗賊にさらわれちゃったけど」


「だったら洗礼はもう受けなくていいから、後は魔法の基礎からしっかり勉強していくだけね」


 そう言ってシェリアは2つの魔法の呪文を紙に全て書き出していくが、そのあまりの長さに思わずエルは顔を青ざめた。


 だがシェリアは笑いながら、


「ラヴィは私と同じフル仕様の魔法を覚えてもらうことになるけど、エルには光の魔石の加護があるから、呪文も短くて簡単に覚えられるわよ」


「そ、そうなのか。助かった・・・」


 エルは勉強が苦手で特に暗記が大嫌いだったので、シェリアの言葉にほっと胸をなでおろした。




 シェリアはラヴィに呪文を丸暗記するように伝えた後、エルには口頭で呪文を教え始める。


「私には光属性の適性がないから、魔法を使うことはできないけれど、この簡易バージョンは詠唱の仕方に特徴があるから、光の魔法使いがやるのと同じように実演してあげるわね」


「おう! サンキューなシェリア」


「じゃあまずは【ライト】からよ」


「どんと来い!」


 そしてシェリアはベッドの上に立つと、まるでダンスのステップを踏むかのような軽やかな所作で、光魔法の簡易呪文を詠唱した。


【パプリカ ポプリカ ピカルンルン ミラクルライトデ キラメキ トキメキ チャームアップ! 光属性初級魔法・ライト・・・キラッ!】



 変な決めポーズで詠唱を終えた笑顔のシェリアに、だが猛烈な勢いでエルが嚙みついた。


「アホかっ!! 真の男を目指す俺がそんな恥ずかしい呪文を唱えられるわけないだろ!」


 そんなエルの猛抗議に、だがシェリアは不思議そうな顔をして、


「別に恥ずかしくなんかないでしょ。呪文の意味は分からないけど、光の魔法使いはみんなこんな風に魔法を使うんだから」


「そんなバカな。それに何なんだよその変な決めポーズは! それも必要なのかよ!」


「カワイイでしょ! 光魔法はこうすると威力が格段に増すらしいんだけど、カワイイ魔法が多くて本当に羨ましいのよね」


「マジかよ・・・」


 果てしなく広がっていた光魔法に対する期待がガラガラと崩れたエルは、最早嫌な予感しかなかった。





「・・・よし、【ライト】は封印する。俺は死んでも使わねえし、次の呪文を教えてくれ」


「もう仕方がないわね。じゃあ次は【ヒール】よ」


「おうよ!」



【フワフワ・フワリン ヒラヒラ・ヒーリン イヤシノパワーデ、アナタノハート ニ ズッキュン、キュン! 光属性初級魔法・ヒール・・・はーと!】



 妙なダンスを躍りながら歌うように詠唱し、最後に両手でハートマークを作ってニッコリ笑ったシェリアの頭を、エルは思い切りぶっ叩いた。


「ふざけてるのかシェリア!」


「痛いわねっ! 別にふざけてなんかないし、これで魔法が発動するんだから仕方ないでしょ!」


「ウソつけ! それにズッキュンキュンって何だよ。そんな訳の分からん呪文で魔法が発動するとはとても思えん!」


「知り合いのみんなはこうしてるんだもんっ! そもそも魔法の呪文なんて訳が分からなくて当然だしイチイチ意味なんか考えても仕方ないでしょ!」


「それはそうかもしれんが、そんな男らしくない呪文は断じて受け入れられん」


「呪文に男も女もないしそもそもエルは女でしょ! じゃあ次は【キュア】ね」


「・・・今度はまともな呪文なんだろうな」


 疑心暗鬼の目を向けるエルに、シェリアはニッコリ表情を作ると、身体を大きく回転させながら呪文を唱えた。



【キュア キュア キュアリン メディ メディ メディシン プリティーパワーデ ナイチンゲールニナアレ 光属性初級魔法・キュア・・・シャラ~ん】



 新体操のフィニッシュのような態勢で詠唱を終えたシェリアに、エルは今日一番の怒りをぶつけた。


「いい加減にしろ! 今までで一番最低なアホ呪文じゃねえかよ!」


「だからそんなの知らないわよ! だいたいエルは魔法を覚える気があるの?!」


「ねえよ! さっきまではメチャクチャあったけど、今はこれっぽっちもなくなったわ!」


「あっそ! じゃあエルになんかもう教えてあげないんだから!」


 売り言葉に買い言葉。


 シェリアがカンカンに怒り出してしまい、さすがに言い過ぎたと思ったエルは、


「悪かったよシェリア。どうやら俺に魔法は向いていなかったようだ。だが念のために4つ目の魔法も一応聞いておきたい。・・・ダメかな」


 すると頬をパンパンに膨らませていたシェリアも、


「もう仕方がないわね。今回だけ特別なんだからね」


 そう言って今度は仁王立ちに突っ立ったまま【エンパワー】という魔法の詠唱を始めた。



不動明王ふどうみょうおう伐折羅神将ばさらしんしょう 虚空刹那破魔煉獄こくうせつなはまれんごく 帝王羅漢之男魂ていおうらかんこれおとこだま 光属性初級魔法・エンパワー】



 応援団長の如く両拳を固く握りしめて両脇を絞り、腹の奥底から絞り出すように「押忍!」と掛け声を出したシェリアを見て、エルの眼が輝きを取り戻した。


「おいおいおい、随分いい魔法じゃないかシェリア」


「・・・え? そうかしら」


 最初は仕方なく詠唱していたシェリアも、エルのリアクションに気を良くして、


「なぜかこの魔法だけ全然可愛くないんだけど、エルが気に入ったのならちゃんと覚えてみる?」


「覚えたい! 是非もう一度やって見せてくれ!」


「全くもう! エルは本当に仕方のない子ね。じゃあシェリアお姉さんと一緒にやってみましょうねっ!」


「押忍っ!」


 こうしてエルとシェリアは、キャティーとカサンドラが風呂から上がって来るまで応援団のような魔法詠唱の練習を続けたのだった。

 次回もお楽しみに。


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