第27話 男のプライドか、女の涙か
「いらっしゃいエル! さあみんなも中に入って!」
ラヴィたちを連れてシェリアの宿を訪れたエルは、早速部屋の中に招き入れられたものの、床には脱ぎ散らかした着替えとか色々な物が散乱して足の踏み場のない状態だった。
エルはため息をつくと、
「シェリア、たった一日来なかっただけで、よくこれだけ部屋を散らかせるな」
「ごめんなさいエル・・・。てへっ」
「仕方がない。すぐに片付けてやるからお前はベッドの上で座ってろ。みんなすまないが手伝ってくれ」
「承知いたしました、エルお嬢様」
「承知した、エル殿」
「うん! ラヴィも頑張るね、エルお姉ちゃん」
「ワイは力仕事は無理やから、その辺に浮いてます」
◇
4人がかりで掃除を始めると、みるみるうちに部屋が綺麗に片付いていき、風呂の準備もしてシェリアを先に入らせる。
そしてその後は、カサンドラとラヴィの3人で納屋に入り、3人分の装備を綺麗に磨き上げて不具合がないか丹念に確認。キャティーは食材の入ったお手製の大袋を持って夕食を作りに宿の炊事場へ向かった。
そうしているうちにシェリアが長風呂から上がり、ゆるふわワンピースの水色ルームウェアに着替えて、ベッドの上に大の字になって寝転がった。
「はあ・・・いいお湯だった! みんなもお風呂に入って来なさいよ」
ちょうど3人の装備の整備が終わって納屋から出て来たエルたちは、順番に風呂に入ることにした。
「ではエル殿から先に入ってくれ。私はキャティーを待って後で入ることにしよう」
「わかった。じゃあラヴィは俺と一緒に入るか?」
「うん! エルお姉ちゃんと一緒に入るっ!」
「じゃあ、俺たちの後はカサンドラとキャティーで、インテリは一番最後だ」
「へい、アニキ」
浴室の真ん中には白いバスタブが置かれていて、中にお湯が満たされている。
本来はこのバスタブの中で身体の汚れを洗い落とすのだが、6人も入るとお湯が汚れてしまうため、日本の風呂のようにバスタブの外で身体を洗って、その後お湯につかって身体を温めることにする。
冒険者用のインナーを無造作に脱ぎすてたエルは、ラヴィの服も脱がせて自分の前に座らせると、石鹸をつけて背中を流し始めた。
「ラヴィは何年も奴隷小屋にいたから、こうやって風呂に入るのは久しぶりだろう」
「うん。でもエルフの里にいた時はこんな風にママに身体を洗ってもらってたの」
「そうか。昔俺も妹とこうやって風呂に入ってたな」
エルは前世で桜井正義だった頃、年の離れた妹と一緒に風呂に入っていたことを思い出しながらラヴィの身体を丹念に洗い、全身にこびりついた汚れを綺麗に洗い流していった。
「よし、綺麗になったぞラヴィ!」
「じゃあ今度は、ラヴィが洗ってあげるね」
「おっ、すまんな。よろしく頼む」
今度はラヴィが手慣れた手つきでエルの全身を洗い始めるが、奴隷の身体を毎日の洗い続けていたラヴィの技はまさに職人芸で、手桶のお湯はクエストの汚れで真っ黒になっていった。
「はい。エルお姉ちゃんも綺麗になったよ!」
「ありがとうなラヴィ。気持ちよすぎてうっかり眠ってしまいそうになったが、こんなにさっぱりしたのは生まれて初めてだ。さあ湯船に入るか」
エルはゆっくりバスタブに横になると、ラヴィを抱き上げて自分の腹の上に横たわらせて、肩までお湯に浸からせた。
「風呂はやっぱり気持ちいいなあ、極楽極楽」
「ラヴィもエルフの里に帰ったみたいで懐かしいな。ママ元気かな・・・」
「きっと元気にしてるさ。お金が貯まったらエルフの里に行ってみような」
「うん、ありがとうエルお姉ちゃん・・・」
エルは自分の胸の谷間に挟まったラヴィの頭を撫でながら、うとうと眠り始めてしまった。
存分に風呂を満喫したエルはカサンドラたちに交代するため、ざっと水洗いした冒険者インナーを再び着用しようとした。
だがちょうどその時、キャティーがお手製の大袋を持って浴室に入ってきた。
「俺たちも風呂から上がるところだ。次はキャティーたちの番だから、ゆっくり入るといいぞ」
「はい、久しぶりのお風呂ですのでそうさせて頂きます。でもその前にお嬢様のお着替えをお手伝いいたしますので、これをご着用下さい」
そう言ってキャティーが大袋から取り出したのは、真っ白な木綿の下着だった。
生まれながらの奴隷だったエルは、実はちゃんとした下着を身に付けたことが一度もない。
それはエルの家族も同様で、唯一マーヤだけがデニーロ商会の奥様から支給された物を身につけていた。それもこんな新品ではなく古びたものだったが。
そんな下着を手にしたエルは、怪訝な表情でキャティーに尋ねた。
「こんな高級品を一体どうしたんだ」
するとキャティーは得意気な顔で、
「わたしが作りました。実は町の衣料品店で縫子の仕事を見つけたんですが、裁縫の腕を見せるために作ったのがこれなんです。もちろん即採用されました」
「ええっ! これキャティーが作ったのか!」
「はい! お嬢様のお身体のサイズに合わせて作りましたので着心地はいいはずです。もし気になるところがあればすぐ直しますので是非着てみてください」
「え・・・本当に俺がこれを着るのか?」
そう言って下着を広げてまじまじと見つめるエル。
それは紛うことなき女性用の下着であり、真の男を目指すエルにとっては、決して身に付けてはならない代物だった。
「いや、これを着るのはさすがにまずいだろ。男物の下着に作り直してもらえないだろうか」
たがキャティーは首を横にふると、
「お嬢様に男性用下着など、とんでもありません! これはお嬢様の身体のラインに合わせて丹精を込めて作りましたので、是非こちらをご着用下さい」
「え? いつ俺の身体のサイズを測ったんだ」
「昨夜お嬢様が熟睡されている時にマーヤ奥様と」
「ひーーっ!」
久しぶりにベッドで眠ったからか、夜中にそんなことをされていたことに全く気がつかなかったエルだったが、いくら自分の身体に合わせて作られたとは言え女性用の下着など絶対に着れない。
「せっかく作ってくれたのに悪いが、この下着を着ることはできない。・・・すまんな」
エルが申し訳なさそうに断ると、キャティーの目から大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちた。
そしてガックリと肩を落とすと、お辞儀をして浴室から静かに立ち去ろうとした。
そんなキャティーの寂しげな後ろ姿に胸が締め付けられたエルは思わず、
「ま、待ってくれキャティー! こっ、この下着は、ありがたく着させてもらうよ・・・」
すると扉の前で立ち止まったキャティーは、エルの方を向き直って不安そうに尋ねた。
「・・・本当ですか?」
「本当だ! いっ、今から着てみるから似合うかどうか見てくれ」
男のプライドか女の涙か。
突然エルに突きつけられた究極の選択に、だがエルは心の中で血の涙を流しながらも、キャティーのために男のプライドを捨て去る覚悟を決めた。
女を泣かせるなどもっての他。
男は女を守るもの。
それが真の男の心意気なのだ。
ガタガタと震える足を片方ずつ下着に通して行く。覚悟を決めて一気に上に引き上げ、とうとう穿いてしまったその女性用の下着は、エルのサイズに合わせて作られたという通り下半身にジャストフィットした。
「ぐむーっ! こ、これはいかん・・・」
エルは、下半身が優しく包み込まれるような至高の履き心地に、自分が男であることを忘れてしまうほどの安らぎが押し寄せてしまい、しばらく言葉を発することができなくなるほど悶絶した。
「・・・いかがですか、エルお嬢様?」
半べそのキャティーが涙を拭きながら恐る恐る尋ねると、エルはやっとのことで言葉を口にする。
「と、とても履き心地がよくて・・・悔しいが気に入ってしまった。ありがとうキャティー・・・」
男のプライドと下半身の安らぎがせめぎ会って、複雑な表情で何とか答えたエルに対し、涙を拭いて満面の笑みをたたえたキャティーが嬉しそうにもう一つの下着を袋から取り出した。
「お嬢様っ! こちらもお作りしましたので是非お試しください!」
そう言って次に渡されたのはブラジャーだった。
「これは乳バンドじゃねえかっ!」
ブラジャーを持ったエルの手がわなわな震えるが、キャティーはとても楽しそうに、
「お嬢様は随分と古風な言い方をされるのですねっ。これはブラジャーと言ってお嬢様のような大きな胸の女の子には必須アイテムなのですよ。うふふ!」
キャティーお手製のブラジャーは、それはもう見事な出来映えではあったが、これをつけてしまったらもう後戻りはできない。
エルはガタガタ震えながら、なんとか上手い言い訳をしてこのピンチを逃げ切ろうとする。
「こっ、こんな素敵なものを、あ、ありがとう。だがつけかたが分からんし後でゆっくり試してみるよ」
問題先送り戦術。
キャティーの涙を回避して、なおかつ、男としての最後の牙城を死守する。
エルに残された道はもうこれしかなかったのだが、今度は伏兵のラヴィがエルの退路を塞いだ。
「ラヴィは奴隷の世話係だったからブラジャーの付け方も知ってるよ。エルお姉ちゃんに教えてあげるね」
ラヴィが得意気にエルからブラジャーを奪い取ると、背中に回ってエルの胸につけ始めた。
そのあまりの手際のよさに、エルが抵抗する間もなくブラジャーがしっかりとつけられてしまった。
しかもその着け心地のよさに、何とも言えない快感と背徳感が同時に押し寄せてきた。
「がはっ! ・・・不覚」
キャティーは、呆然と立ち尽くすエルの頭からシェリアから借りたピンクのゆるふわワンピースを被せると、満足そうにエルを浴室から出したのだった。
次回も日常回が続きます。お楽しみに。
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